校庭にこだまする足音
太陽が西に傾きかけた校庭に、弾むような歓声が混ざっていた。
まだクラスメイトの誰一人、家に帰る気配を見せない。
校舎裏から吹き抜ける風は少し冷たく、夕暮れの匂いを含んでいる。
しかし、地面に描かれた長い影を踏みしめながら、僕たちは駆け回る足を止めようとしなかった。
「おれ、鬼やるよ。」
昼休みに決めたはずの鬼ごっこの役割を、なぜか再び宣言する声があった。 半ズボンの膝は土でくすんでいて、顔には汗の筋が浮いている。
「え、もう一回?」 と驚く僕の声をよそに、友達の瞳には楽しそうな光が宿っていた。
「早く逃げろよ。」
そう言われた瞬間、心臓が弾む。 鬼ごっこは何度やっても奇妙な興奮を呼び起こす。
校庭の隅にそびえる赤錆びた鉄棒の向こうを抜けて、僕は友達の背中を振り切るように走った。
風が顔を叩き、息が切れそうになる。 それでも振り返れば、鬼になった友達が全速力で追いかけてくるのが見える。
そして、全力で逃げきったと思った瞬間にタッチされるのが常だ。
「捕まえた。ほら、交代だぞ。」
友達が笑い声を上げた。
次は僕が鬼になる番だと思いながら、どこか懐かしく温かい感情に包まれる。
いつもと同じ顔ぶれ、いつもと同じ声の響き。 そこに疑問を差し挟む余地はなかった。
気づくと、同じ会話がまた始まる。
「おれ、鬼やるよ。」
さっきと同じ声、同じ土の匂い、同じ夕陽の角度。
自分はデジャビュを見ているのかと、ほんの一瞬だけ思う。
けれど、再び駆け出す足は、どこか楽しげに砂埃を巻き上げている。
時間が巻き戻ったような感触に気づきながらも、僕はその繰り返しを止めようとしない。
やがて鬼ごっこに飽きると、今度はサッカーをしようという提案があがる。
空き教室からボールを取ってきて、四角いゴールに見立てた校庭の隅へ急ぐ。
運動靴の先でボールを軽く蹴ると、友達がトラップを決めて華麗にパスを返してくれる。
「ナイスパス。」
声がそろって跳ねる。
ただそれだけで嬉しかった。
夕陽を目に受けて、枯れかけた芝生の上をボールが弾んでいく。
遠くで先生の声がした気がする。
「暗くなる前に教室へ戻るぞ。」
その呼びかけに応じるはずなのに、なぜか誰もグラウンドから去ろうとしない。
時計を見れば、すでに下校時間は過ぎている。
けれど、そこに罪悪感は生まれない。
何度でも繰り返される放課後のように感じるからだ。
かすかに不安が胸をかすめても、僕はまた仲間たちとボールを追いかけてしまう。
スパイクに踏まれた土の匂い、校庭を駆ける音、ゴールの脇をすり抜けるボール。
すべてが鮮明で、まるで舞台の上で同じシーンを演じ続けているようだった。
そして再び、鬼ごっこの声がする。
「おれ、鬼やるよ。」
少しずつ沈んでいく日差しも、薄暗くなる空の色も、さっき見た光景と何ひとつ変わらない。
僕は déjà vu の渦に巻き込まれている。
その感覚が嫌いではないのが、さらに奇妙だった。
仲間の声がこんなにも生き生きとしているのなら、ずっとこのままでかまわないとすら思う。
校舎の窓に反射する夕陽は、ずっと同じ角度にあるような気がしてならない。
自分たちだけの時間がとけ合って、時計の針が動かなくなったかのようだ。 それでも笑い声が絶えることはない。
誰かが駆けて、誰かがボールを蹴って、また鬼が誰かを追いかける。
思い出の世界が延々と伸びていく。
「もう一回、鬼ごっこしよう。」
繰り返される声を聞きながら、僕は心のどこかで、これは終わらない遊びかもしれないと感じていた。
それでも足は止まることを知らない。
校庭に落ちる影は、まるで永遠に続く坂道のように先へ伸びている。
僕もその影を追いかけながら、友達の姿を見失わないように必死に走る。
夕陽は赤黒い残像を引きずりながら、校舎の向こうへ沈もうとしている。 けれど僕たちの放課後は、まるで抜け出す出口を見つけられない迷路みたいに終わらない。
何度振り返っても、誰かの声が「おれ、鬼やるよ。」
そう告げると、はじける笑いがまた僕を駆り立てる。
「え、もう一回?」 と驚く僕の声をよそに、友達の瞳には楽しそうな光が宿っていた。