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魔石が欲しかっただけなのに  作者: かに
SFはファンタジーに含まれますか?
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アルケインステラ

僕の名前は久慈桐寿玄くじきりしゅげん


この春から、とある地方の公立大学に通うことになった、平凡な大学生だ。


今は、生活費のためにホームセンター「アベルズ」でアルバイトをしている。


「何かお困りでしょうか?」


「あの、アクリル板が綺麗に切れなくて」


「10㎜のアクリルですね。このレーザーカッターでは、断面を綺麗にするのは難しいですよ。綺麗に出るのは7㎜くらいまでです」


「そうなんですね!」


僕の担当は、いわゆるDIYのコーナーだ。木やプラスチックの板をカットしたり、穴をあけたりするような電動工具を、お客さんが自分で使うことができる。


ただこの店舗には、昔からある工具だけではなく、3Dプリンターやレーザーカッターといった、新しい工作機械が置かれている。それが、この店舗の売りでもあった。


「店員さん、ちょっと!」


「少々お待ちください・・・はい、何でしょうか?」


「このモデルを3Dプリンタで出力したいんだけど、積層と光造形、どっちのプリンタがいいですかね?」


「3Dデータのモデルを見せていただいてもよろしいでしょうか・・・ええと、オーバーハングが結構ありますね。サポートを付ければ積層でも出せなくはないですが、出力に失敗する可能性も高いです。光造形なら、綺麗にでると思いますよ」


「わかりました。ありがとうございます」


ふう。


質問ラッシュをなんとか乗り切り、僕は一息ついた。


「お疲れさま。今日はさかってて大変だね」


僕に声をかけてきたのは、同じコーナーを担当している、同僚の麻利不動あさりふどう。彼女は僕と同じ大学に通っている同じ学年の大学生、つまり同級生だ。そして、僕と彼女の三代前の先祖が同じでもある。いわゆる「はとこ」だ。


「盛ってる?」


「ごめんごめん、方言だよ。お客さん、たくさんって意味」


彼女は地元の出身で、しゃべり方に少しなまりがある。僕は小さいころからずっと関東圏で育ったので、時々彼女の言葉が分からない。


「バイト終わったら、何か食べる?」


「うん」


「何がいいの?」


「なんでも」


「希望ないなら、ピザになるよ」


「いいよ」


すると、彼女はぐっと僕を見上げた。


「ちょっと、シュウちゃん、食べたいものないのかや?」


「特に」


「えー。じゃあ、ピザにワサビ塗るからね!」


「それはやだ」


こんな年齢になっても、彼女は僕のことをちゃん付けで呼ぶ。小さい頃は、僕のほうがずっと背が低かったので、年下だと思っていたらしい。その名残か、今でも弟扱いが抜けていない。


「ったく、相変わらずよねえ」


「何が?」


「シュウちゃん、お客さんには愛想よくしゃべるのに、私やお母さんと話すときはものすごくそっけないよね」


「そうかな」


「その答え方が、そっけないって言うの!」


そんなつもりはないのだけど。


でも、そう言われてみれば、家族や身内相手には、可能な限り最小限の単語だけで答えようしているかもしれない。


多分、僕が面倒なことはできるだけ手を抜きたいと考える性格のせいだ。


お客さん相手にしゃべるときは、可及的すみやかに対応が終わることを重視している。つまり、相手が理解できる内容で、なおかつ簡潔に、そして相手の神経を逆なでしてトラブルになるようなことを防ぐように話す。すると、結果的に最短の時間で会話を終了させることができる。


つまり、最適化というわけだ。


「私、昔はシュウちゃんに嫌われてるって、ずっと思ってたんだよ?」


「不動のことは好きだよ」


「・・・え?」


ぽかんと口を開けた彼女の表情を見て、僕は言い方がまずかったことに気が付いた。


「好ましい人という意味だよ」


「そ、そう」


「深い意味はないから」


「うん、わかってる」


彼女はそのまま、どこかへと走り去っていった。


・・・微妙に気まずい。


彼女と話していると、たまにこういうことがある。感情表現は、最適化すれば良いってものではないことは、頭では分かっているのだけど。


僕はひとり、頭をかいた。


その後の休憩時間は、フードコーナーでピザを食べることになった。不動は戻ってきたものの、食事中にほとんどしゃべらなかった。何となく、マルゲリータピザからワサビの香りがしてた気がするけど、きっと気のせいだろう。


食事の後は、次々とお客さんがやってきたので、気まずさもずいぶんと紛れた。それは良かったのだけど、あまりにお客さんが押し寄せるので、仕事が終わる頃には僕は精神的なエネルギーを使い果たしてしまった。


「はぁ」


僕は、わかばマークのついた彼女の軽自動車の助手席でぐったりしていた。たまたま今日は仕事終わりの時間が同じだったので、彼女に送ってもらえることになった。


ただ、こういうときに、いつもは無限にしゃべりかけてくる彼女も、今日は言葉少なだ。ま、今日は特に疲れた気がするので、話しに応じなくて済むのはありがたいのだけど。


「ありがとう」


僕は車から降りると、力なく手を振った。


今日は疲れたから、このまま寝るかなぁ・・・


「そういえば、納屋は大丈夫?」


すると、彼女が突然思い出したかのように、運転席の窓越しにそう言った。


・・・納屋?


何かあったっけな。


僕は、ぼんやりした頭で記憶を探る。


たしか、数日前に見たときは・・・


「納屋は健在だよ」


「えーと、そうじゃなくてね」


額に手を当てる不動。


「どういうこと?」


「ごめん、わたしの聞き方が悪かったわ」


そう言うと、彼女は再びハンドルを握った。


「あなたが大丈夫じゃないのは分かったから、さっさと寝なさい。はあ、私まで疲れてきた。また明日ね」


「あ、はい」


車が丘の向こう側へ消えていくのを見送ると、僕は自宅にしている平屋の古民家へと向かった。


「ただいま」


建付けの悪い引き戸を開けて家に入る。


湿気を含んだ木の香りが僕を包む。


さきほどまで感じていた精神的な疲れが、その香りの中に少しずつ溶けていく気がした。


ここは、僕の曾祖父母が大正時代から住んでいた家だ。建てられてから100年近く経っている。10年ほど前に曾祖母が亡くなってからは、誰も住んでおらず空き家になっていた。そんなこともあり、家はあちこち痛んでいる。


虫も入り込むし、隙間風も入る。


正直、欠点だらけだ。


でも、僕は結構気に入っている。


数か月前のことだ。僕が下宿先を探しているという話が、どういうわけか不動の両親に伝わった。すると、ここならタダ同然の値段で住んでもいいと言ってくれた。


話によると、家というのは空き家にしておくと、痛みがどんどん進むのだそうだ。維持する手間もバカにならないし、親戚の僕が住んでくれるのはむしろありがたい。そう彼女の母親が言っていた。


ほぼ無料かつ、信頼できる大家さんのいる下宿先を確保したことで、両親も僕の一人暮らしを認めてくれた。


両親は、僕が関東圏を離れて進学することに反対していた。


「大学なら関東圏にいくらでもあるのに、わざわざ地方の大学に進学する意味がわからない」


彼らはそういった。


分からないのも無理はない。僕が一人暮らしをしたかった最大の理由は、両親の元を離れたかったからだ。


関東圏の大学なら、少し無理をすれば自宅から電車で通えてしまう。それでは一人暮らしはできない。


電車や地下鉄に乗ればどこにでも行けて、夜中でも歩いて10分以内に営業しているコンビニがある。遊びに行く場所もたくさんあるし、僕の好きなゲームやアニメのイベントもたくさんある。都会の便利さは、僕もよく知っているつもりだ。


それでも、僕は一人になりたかった。


だから、高校二年生の時には、すでに今の大学に進学する計画を立てていた。


「ん?」


玄関の鍵を閉めようとしたとき、ふと視界の端に納屋が入った。


その納屋は母屋から少し離れた場所にある。昔は鶏を飼う鳥小屋として使われていたそうだけど、今は使われていない。


「そういえば」


ここを借りる前に、彼女が言っていたことを、唐突に思い出したのだ。


「納屋が、夜中に光ってたのよ」


それは、下宿先であるこの家のことを、彼女が案内してくれた時のことだ。


「たしか、高二の夏だったと思う。学校の授業で使う道具があって、どうしても次の日に必要だったの。それで夜遅くに、お母さんとこの家まで来たのよ。その時、この納屋が光っているのを見たのよね」


彼女は、納屋の扉を開けながら、僕にそう話した。


「調べようと思って、靴を履き替えに戻って出たら、もう光は消えただ。恐る恐るお母さんと一緒に納屋を開けたんだけど、何もなくてね。母さんは、お隣ちさんの家の明かりじゃないかって言ってたけど、わたしには納屋の中が光ってたとしか思えなくて」


不動のそんな言葉を思い出しながら、僕は納屋に近づいていった。


納屋は、よくあるプレハブの物置小屋だ。僕が働いているホームセンター「アベルズ」でも、同じものを売っている。


僕は、ガラリと金属の引き戸を開けた。


「何もないな」


薄暗い納屋の中には、草刈りの道具がいくつか置いてあった。しかしそれ以外には、目だったものは何も置かれていない。以前は、古い農機具が置いてあったらしい。でも、僕が引っ越してくるタイミングで、処分したり別の場所へ移動したりしたそうだ。


納屋の中には、明かりのたぐいはついていない。ということは、明かりを消し忘れて扉をしめたわけでもなさそうだ。


僕は納屋の周囲を見回す。


その建物は、母屋の台所の勝手口から何段か階段を登った上に置かれていた。納屋より向こうには、昔は畑だったけど、今は何も植わっていない荒地が続く。


彼女が言っていた「隣家」は、その荒地のさらに向こう側だ。荒地は、ざっと見て家を3,4軒は建てられる程度の広さがある。


隣家との隙間がほとんどない都内とここでは、「隣家」といってもずいぶんと距離感覚が違う。


僕は納屋の扉を閉めると、家へ入って明かりをつけた。つり下がっている紐をひっぱって付けるタイプの電灯だ。とても古いものだと思っていたら、光源自体は蛍光灯ではなくLEDなんだそうだ。


「今時の古民家貸しは、全部が古いままじゃだめ。新しい物でもいい物はうまく取り入れて、風情はしっかり残す。それが秘訣よ?」


ふと、そんな不動のしたり顔を思い出す。


・・・いやいや


僕は頭を振った。


気を取り直し、台所の窓から納屋のほうを見る。ただ、台所の窓はすりガラスなので、納屋を直接見ることはできない。


「真っ暗だな」


台所の窓は、ただ部屋のLEDの明かりが映っているだけだった。外に明かりのついている気配はない。


「見たのは二年前だけどね。それから、ちょっと怖くなってねー。あんまりこの家に来ないようにしてただ。お母さんたちは、手入れをしに来てはいたけど、光っているのをみたことはないって」


再び、彼女の言葉を思い出した。


・・・やはり、彼女の見間違えじゃないか?


僕は台所で水を一杯飲むと、明かりを消した。


二年前。二年前か。


その頃、僕は高校二年生だった。まさに、家出を計画していたころだ。


「そういえば」


ふと、あるゲームのことを思い出した。


僕は、自室として使っている四畳半の畳の部屋へ入ると、無造作に置かれた座椅子に座った。


チュイーン!


パソコンの電源が入り、ファンが回りだす。その音が、やけに大きく聞こえた。


「・・・あった」


デスクトップに置かれたアイコンをダブルクリックして、僕はあるゲームを立ち上げた。


「Arcane Stella / アルケインステラ」


起動した画面に、渦を巻いている美しい銀河が現れた。その銀河に重なるように、ゲームのタイトルロゴが表示された。


「懐かしいな」


思わず、僕は呟いた。


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