嘘を言ってませんか?
街はすっかり暗闇に包まれていた。
「・・・」
少し歩いたところで、僕はミニマップを確認する。
「1.2・・5人か」
僕は、月明かりが届かない裏路地へとわざと入り込んだ。同時に、周囲に展開している遠隔監視魔法のカメラ映像を確認する。
「おい、兄ちゃん」
突然、前方から男の声がした。
「ずいぶんと景気がいいじゃねえか。俺たちにも一杯、奢ってくれや」
ヒッヒッヒという下品な笑い声が、背後の闇の中から複数聞こえる。
「他をあたってください」
僕はくるりと振り返った。
「おっと、逃がさんぞ」
だけど、背後はすでにふさがれていた。
「痛い目にあいたくなけりゃ、有り金全部おいていけ」
前後から足音が近寄ってくる。それも一人や二人ではない。
逃げ道はないようだ。
僕は観念した。
「分かりました」
懐から布の袋を取り出すと、暗闇に向かってそれを振って見せた。
チャリンチャリンと、金属がぶつかりあう音がする。
「ほう、聞き分けがいいじゃねえか。そいつをこっちへ投げろ」
「金はあげます。その代わり、ひとつ教えてもらえませんか?」
「なんだ?」
「火属性の魔獣の居場所を知りませんか」
「火属性だと?」
闇の中で、人影が動く気配がした。
「ああ、知ってるぜ」
奥のほうから、別の男の声で返答があった。
「本当ですか。是非、教えてください」
「教えてやってもいい。だが、先にそいつを投げろ」
袋を目の前へと放り投げる。
どさっと音がした。
駆け寄る足音が聞こえる。
「投げましたよ。火属性の魔獣の居場所、教えてください」
「どれどれ・・・おう、金貨だぜ!」
連中がどよめくのが分かった。
「おい、こいつ、もっと持ってるんじゃねえのか?」
「そういや、妙にいい装備もってやがったな。身ぐるみはがしてやるか」
「そいつはいい!」
再び、下品な笑い声が響く。
「あの、火属性の魔獣の居場所、教えてもらう約束ですけど」
「そんな約束はしてねえな」
「とかいって、本当は知らないんじゃないですか?」
「いや、知ってるぜ。だが、てめえなんぞには教えてやらん」
闇の中から、じりじりと何かが近づいてくる気配を感じた。
「どうしてもですか?」
「うるせえ、装備も全部置いていけ!」
「はあ」
残念だ。
交渉は決裂したようだ。
「装備はあげません」
「そうか、それは残念だったな!」
僕の顔を狙って、大きな拳が突き出された。
それを僕は、わずかな動きでかわす。
次に、背後から僕をめがけて、何かが振り下ろされた。これも、体を少しだけ引いて完全に避ける。
「こいつ、意外とできるぞ!」
その声で、連中が少し距離を取ったのが分かった。
「もう一度だけ聞くんですけど、火属性の魔獣がどこにいるのか、教えてくれませんかね」
「黙れ!」
やれやれ。
「解放」
僕はパチンと指を鳴らす。
「今さら何を・・・ん?」
どさどさっと、何かが倒れる音がした。
「う、動けねえ・・・」
「こいつ・・・何をしやがった」
倒れている人影の中から、僕はさっき僕に返答した声の主を探した。
「さっき、知ってるって言ったのは、あなたですよね?」
「な、何のことだ!」
「火属性の魔獣の居場所ですよ」
僕はしゃがみこむと、男の顔を覗き込む。
「誰が、てめえなんかに・・・」
「そうですか」
再び、パチンと指をならす。
暗い路地に、魔法の光源が出現する。
「な、なんだ!」
突然、眩しいほどの明かりに照らし出されたことで、襲撃者たちは反射的に目を閉じた。
・・・3,4、5、これで全部かな。
僕は人数を確認すると、彼らの中央付近にゲートをひとつ設置する。
「解放」
空中から禍々しい紫色の液体が溢れだす。
びちゃっ、びちゃっと音をたて、それは石畳の通路の上へと積もっていく。
そして積もった液体の山は、彼らの見ている目の前で、いくつもの触手とバカでかい口だけをもつ怪物の姿へと変化していった。
見た目は、巨大なイソギンチャクといったところだ。
「なんだ、こいつは!」
「魔獣か!?」
「いや、悪魔だ、こいつ、悪魔を召喚しやがった!」
連中の動揺する様子が手に取るようにわかる。
しかし、彼らが言うことを完全に無視して、僕はさきほどの男の前にしゃがみこんだ。
「さて、話してくれますか」
「くそが!」
男はペッと地面に唾をはいた。
「そういう態度では、仕方ないですね。じゃ、一人食べていいよ」
「ウォォォォン!!」
僕が合図を出すと、巨大なイソギンチャクは唸り声をあげ、すぐ近くに倒れている男に触手を伸ばした。
「な、なにを・・・うわああああ!!!」
身動きがとれない男を、イソギンチャクはその触手で軽々と持ち上げた。そして、そのまま男を大きな口へと運ぶ。
「ぎゃああ!!」
バリバリと骨の砕ける音がした。びちゃびちゃと、赤い液体が通路に飛び散る。
「ひいいいいっ!」
声にならない悲鳴が、通路のそこかしこから響く。
「さて、そろろろ教えてくれる気になりましたか?」
「てめえ、いったい何者だ・・・」
「まだその気になりませんか。では、次行ってみましょう」
再び僕が合図を出すと、イソギンチャクの触手が伸びる。壮絶な悲鳴とともに、男がまたひとり、イソギンチャクの口の中へと消えていく。
グチョグチョと怪物が得物を租借する音が、周囲にこだまする。真っ赤な液体の飛沫が、僕の目の前で倒れている男にもふりかかった。
「あああ・・・」
「教えてもらえますよね?」
男の顔はすっかり青ざめていた。
「こ、国境だ・・・」
「国境・・・?のどのあたりですか?」
「ここから北東すぐの国境だ。そこで見たことがある!」
「どんな魔獣でしょう」
「俺が見たのは、ファイアリザードだ。『柴刈り』で見たことがある!」
・・・柴刈り?
なんだろう。何かの暗号だろうか。
「柴刈りって何のことですか?」
「『柴刈り』といや、あの『柴刈り』ことだ!てめえも冒険者なら知ってるだろうが!」
「・・・なるほど、教えてくれてありがとう」
いや、分からないんだけど。
でも、ここで分からないと言ったら、何かちょっと負けた気がする。まあ、冒険者ギルドにいって聞けばわかるだろう。
「では、あなたはメインディッシュということで」
僕はイソギンチャクに合図を送る。
「やめろ!教えただろ!」
「嘘を言ってませんか?」
「嘘じゃねえ、本当だ!だから止めてくれ!!」
「本当かなあ」
イソギンチャクの太い触手が男の足を掴む。男の体が空中に浮いた。
「やめろおおおっ!!」
男の頭が、ゆっくりとイソギンチャクの口の中へと入っていく。男はもがこうとするが、体がまったく言うことを聞かない、ただ痙攣するばかりで、腕も足もわずかばかりも動かない。
「ぎゃああああ!!!」
イソギンチャクの口が閉じる。鋭い牙は、男の体を真っ二つに分断した。
建物の影に、赤い液体がべったりと付く。
イソギンチャクの咀嚼音がやむころには、通路は完全に静かになっていた。
残りの襲撃者たちは完全に意識を失い、通路に伸びている。
「・・・作戦成功だな」
念のため、周囲の状況を魔法で調べる。
・・・よし
誰にも見られていない。
それを確認すると、僕は通路の真ん中に設置したゲートを閉じた。すると、かき消すようにイソギンチャクの姿が消える。
さらに、食べられたはずの男たちの姿も現れた。彼らは、イソギンチャクに掴み上げられる直前にいた場所に、そのままの恰好で倒れている。
もちろん、僕に火属性の魔獣の居場所を教えてくれた男の姿も、元の状態に戻っている。床や壁に飛び散った赤い液体も、綺麗に消えている。
すべては、僕が仕掛けた幻覚魔法の仕業だ。
「これに懲りて、強盗をやめてくれたらいいんだけど」
僕は、通路に落ちていた布袋を拾い上げる。
えーと、北東の国境ね・・・
って、すぐそこじゃん。
じゃあ、この街のギルドで聞いたらいいのかな?
「ありがとう、先輩方」
そう呟くと、僕は男たちが倒れている通路を後にした。




