君たちへの課題ってことで
さっきまで立っていたはずのリンが、いつのまにか跪いている。
ヒョウに至っては、全力で土下座しているようにしか見えない。
「どうしたの?」
「ご、ご無礼をお許しください、シュゲン様。安易にアイテムの入手先など、お伺い致しましたわたしたちが間違っておりました。どのような罰でも王家する所存にございます」
「師匠、ごめんなさい!二度と生意気なことは申しません!!」
二人はそう言うと、深々と頭を下げた。
ヒョウの長い耳がプルプルと震えているのが見える。
「えーと」
もしかして僕、無意識のうちに変なこと口走ってたかな?
赤魔石を効率よく集められない、自分の不甲斐なさを嘆いただけで、彼女たちを咎めたつもりはないのだけど・・・
誤解を与えたなら、悪いことをしたな。
僕は頭を掻いた。
「君たちは何も悪くないよ」
「・・・シュゲン様の寛大なお言葉、まことに感謝の極みです」
「ははーっ!お許しいただき、ありがとうございます!!」
二人は再び頭を下げた。長い水色の髪が床に垂れる。金髪のほうは・・・髪どころか、額ごと床に押し付けられていた。
うーん。
僕は腕を組む。
また彼女たちに、妙な気を使わせてしまった。
以前から、こういうことは度々あった。リンなんて、弟子になった直後は、僕が何か言うたびに平伏していた。あまりに頭を下げるので、頭をさげるのは一日一回まで・・・なんておかしな命令をする羽目になったくらいだ。
彼女たちが、そこまで畏まる理由がよくわからない。
僕の中身は、ただの大学生だよ?
ちょっとゲームができるとは思ってるけど、取り柄と呼べるものはそれくらいしかない。平和な日本で暮らしてきた僕なんかより、彼女たちのほうがずっと大人に思える。
彼女たちは、それぞれに辛い思いをしてきた。それが、どれほど辛いものだったのか。平和ボケしている僕が、安易に「分かる」と言えるようなもんじゃない。
そんな二人が、僕のことを師匠として敬意を示してくれることは、少なからず嬉しいと思っている。
ただ、ここまで遜った態度をとられると、僕としても少々バツが悪い。
「頭を上げてよ」
「「はっ!」」
即座に顔を上げる二人。アーティスティックスイミングに出たら、優勝できそうなほどにぴったりと息の合った動きだ。
僕は思わず目を伏せた。
偽物の隷属の首輪には、強制力はないはずなんだけど・・・逆らえないという自己暗示が、彼女たちに強くかかりすぎているのかもしれない。
・・・そうだ
そこで僕は、ふとあることを思いついた。
「火属性の魔獣、探してみてよ」
「・・・はい?」
僕の言葉を聞いたリンが、珍しく驚いた表情を見せた。
「君たちへの課題ってことで」
「課題、ですか」
「見つけたら報告してくれるかな」
彼女たちが僕の言うこと聞いてくれるなら、いっそ二人に火属性の魔獣を探させたらどうだろうか。少なくとも僕一人で探すより、ずっと効率がよくなることは間違いない。魔獣が見つかれば、彼女たちも赤魔石が手に入るのだから、彼女たちにもメリットはある。
それに、少し実行の難しいことを僕が言ったら、彼女たちがどうするのかについても興味がある。無理だと悟って拒否するのか、無理と分かっていても暗示の効果で実行しようとするのか、はたまた・・・、
「・・・!」
僕がそんなことを考えていると、リンの背筋がすっと伸びた。
「ありがとうございます!シュゲン様から頂きました、初めての試練、全力でこなして見せます!」
「師匠からの試練、気合入るッス!」
二人は猛然と立ち上がる。まったくの予想外の反応に、僕は思わず目を見開いた。
「これより、わたしたちは赤魔石を捜索する任務へと赴きます。そして、空間跳躍なる技術を『開発』し、シュゲン様がおられる高みへと近づく努力をして参ります!」
・・・今、なんて?
「あたいも空間跳躍、全力でやるッスよ!」
「行きましょう、ヒョウ」
「押忍、先輩!」
・・・ちょ、ちょっとまって!
火属性の魔獣を見つけても、先走らないでほしいのだけけど!
「えっと、その、無理はしないように・・・」
二人の気迫に押され、僕は妙なことを口走る。
「心得ております!」
「あ、強敵は深追いしないで」
一度戻って報告を・・・
そしたら、僕が・・・いや、僕も倒しに行くから。
・・・ってか、是非行きたい!
「ご配慮、痛み入ります。では、失礼いたします!」
「失礼するッス!」
呆然とする僕をよそに、気合をみなぎらせた二人は、あっという間に談話室を後にした。
バタン
扉が閉まる。
「・・・先輩、あてはあるんスか?」
「残念ながらないわ。あなたは、何かある?」
壁ごしに二人が話す声が僅かに聞こえる。
「エルフの長老に聞いてみたらどうかと思ってるッスよ」
「長老?」
「そうッス。500年くらい生きてるッスから、きっと何か知ってるッスよ」
「それは是非、聞いてみたいところね。そんな偉そうな人、会ってもらえるの?」
「へへん、任せるッスよ、こう見えてもあたいは・・・」
二人の声が遠ざかっていく。
そうして、部屋は完全に静かになった。
僕は無音の部屋で、ひとり天井を見つめていた。
「・・・」
ティーカップを再び手にとる。
カップに注がれた紅茶の表面が、激しく波打っている。
適当な思いつきで口走っただけなのに、妙なやる気を二人に与えてたようだ。僕としては、難しいことを言ったつもりだったので、困惑するか、拒否されるかと思っていた。
まさか、喜々として受理されてしまうとは・・・
・・・いや
それは良い。
やる気をもって探してくれること自体は、何も問題はない。
だが、彼女たちは最後に、聞き捨てならないことを言っていた。
「空間跳躍ってどういうことだ??」
何故、そんな単語が出てくるんだ!
今日の話の中に、ワープの「ワ」の字もなかっただろう??
赤魔石の話をしていたはずなのに・・・
「・・・まさかっ!?」
僕は、あわててゲームのメニューを開いた。
「空間跳躍技術を開発しよう」
新ミッション追加のメッセージが表示されている。僕は画面にある「ミッション開始」のボタンを押す。
「魔石を1000個消費します。よろしいですか?」
確認のメッセージが表示される。僕は迷わずOKを押した。そして、表示された画面を見て、僕は唖然とした。
「・・・そうだったのか!」
ここにきて、ようやく二人が言っていた意味が分かった。
赤魔石は、空間跳躍技術の開発に必要なアイテムだったのだ。
てっきり僕は、彼女たちは魔法のレベルを上げるための赤魔石が欲しいのだと、勝手に勘違いしていた。でも、そうじゃなかった。彼女たちの目的は、新たに追加された「ミッションクリア」だったのだ。
まさか、赤魔石がミッションと関係しているなんて・・・
僕は膝から崩れ落ちた。
「なんてこった・・・」
そもそも、彼女たちがミッションを進められるほどに、魔石を大量に持っていたなんて。まったく想像できなかった。
だから僕は、彼女たちにミッションで先行されるなどという、恐るべき事態が発生するとは、露ほどにも思っていなかった。
あの二人の気合の入った様子からすれば、僕より先に空間跳躍の技術開発に成功する可能性は十分にある。
そういえば、エルフの長老に会って話を聞くみたいなことを言っていたような?
・・・何その、チートっぽい人脈!?
やばい、マジで先越されそうな気がしてきた。
そんなことになったら!
ゲーマーとしての矜持はズタボロ、師匠としての面子も丸つぶれだ。
ぐぬぬぬぬ!!
・・・いや、しかし、しかし、だ!
幸いにして、僕は彼女たちより多くの魔法が使える。魔法を駆使すれば、二人より効率的に探索できるはずだ。
これまでは、探査の魔法だけに頼って、誰にも情報を聞かずに探索してきた。それもこれも、この世界の人間と関わらないようにするためだけど、今回ばかりはそうも言っていられない。
僕の使える魔法を駆使すれば、人間相手の交渉も容易くできるはず!
火属性の魔獣の情報を知っていそうな連中に、片っ端からあたっていけばいいだけだ。
「そんな情報を持っている人種といえば・・・」
やっぱ、冒険者だよね?
そう相場が決まっている。
知らんけど、きっとそう!
確か、この王国にも冒険者ギルドというものがあったはず。魔獣を相手にする冒険者なら、魔獣の情報を持っているだろう。
「急がないと」
こんなところで優雅に紅茶をすすってる場合じゃない。
僕は立ち上がった。




