悪意の後始末と、事の顛末の記憶
「ミャォ――――ン!!(たのもーう!!)」
母さんと共に、背後にジャイとアオグロを引き連れて、チャラオ達のいる巣の中央に行った先にあったものは……
「キュン!(あら、遅かったわね!)」
「グルル?(おれ達でほとんどやっちまったぜ?)」
「グルゥ(……黒いの、ケガは無いか?)」
蹂躙でした。見張りとは何だったのか。
俺の出番……無し? じゃない。
俺の目の前に転がっているのは、ボロ雑巾のようになった巣立ち組の連中と、同じくボコボコにされたチャラオ。
いつの間にか、巣立ち組全員がこの場に集められている。母さんがやったのは1頭だけって話だったが、この場にいるのは3頭。残りの2頭をボコった&連れて来たのはチャイロ達だろう。別行動だったのはその為か。
よく見れば現在進行形で懲罰が加えられているようで、ハイシロの足が巣立ち組のKO・KA・Nにめり込んでいる。えぐい。
っつか、そいつらまだ生きてる?
じゃあ、もうちょっと念入りに踏みにじっとこうか。爪も使うと良いよ。
軽くアドバイスをしてみたらハイシロが早速実践してた。グッジョブ。
ハイシロの容赦無い行動に母狼達がドン引きしてるように見えるけど気にしない。やれる時にやるってのは、野性の世界では当然だもの。
だが、流血だけはしていない辺り手加減はバッチリなようだ。手加減してコレか……と思わないでも無いけど、チャイロ達が本気を出したらチャラオはともかく、巣立ち組は瞬殺だから手加減した事に間違いは無いのだろう。
それにしてもチャラオが大人しくここまでされるってのは違和感があるんだけどな……。
狩りの腕はともかく、喧嘩ならそれなりにやれる筈だ。
「ガゥッ!(これがこいつらの『本性』だ!)」
「ワフ(強くて良いじゃない)」
……はい?
「グル、ウォフッ(あの子達、まだ小さいのよね。それなのにこの強さ……良い教育だわ)」
「ウォゥ、ウフッ(狩りの腕も良いのよね。教え方も上手で、うちの子の狩りの腕も上がったのよ)」
「ワフワフッ(それに謙虚だし、礼儀正しいし)」
「グゥ……(は、何、言って……)」
「「「「「ウォフン(ボス交代で良いんじゃないかしら)」」」」」
「キャイン!?(ちょっと待って!? おれ頑張ってたよ!?)」
あ、チャラオが復活した。
っつか、ボス交代……って誰に? あ? うちの母さん? メスだけど良いの??
「グルゥ、クフン……(強いし、狩りも上手いし。それに躾もキチンとしてるでしょう?)」
「ワフッ(うちのは、躾は私達に任せっ放しだもの)」
「グルルゥ(それに、狩りもへt……成功率が良くないのよね)」
母狼達が意見を言う毎に、再び地面に倒れ込んだチャラオの体がビクンビクンと跳ねる。
チャイロ達はすでにチャラオに攻撃を加えてはいないんだけど、身内の言葉のナイフがざくざくと刺さりまくっているようだ。イイゾ、モットヤレー。
そして、考えてもいなかった自分の母親を含む母狼達の反応に巣立ち組はポカーンだ。もはやどういう流れに持って行こうとしていたのか分からない。
「……ウォフッ!(……お黙り!)」
ビシッ!
母さんの威圧に反射のようにハイイロがお座りをする中、ざわついていた母狼達が静まり返る。
全員の視線が自分に向いた事を確認してから、何故こうなっているのかを母さんが話し始めた。
まずは、ついさっき黒いのが襲撃された事。
それの犯人がジャイ……アルファの子で巣立ち組の弟であった事。だが、それはジャイの本心では無く、アオグロ……オメガの子の身の安全を盾に巣立ち組に強要された事だった事。
アオグロを母さんが助け出した時には骨こそ折れていないものの、折れていてもおかしくない程の暴力を受けていた事。その怪我は、自然治癒では治るかどうか分からない事を。
ここまで話したところで、ざわついていた母狼が一斉に巣立ち組へと殺気を放った。巣立ち組の実の母親であるアルファもだ。
一応アルファ(α牝)、オメガ(Ω牝)と言ってはいるが、実際のところこの群れのメスに順位は存在していないようなもので、母親同士の仲も良好だ。
群れに加わった順番でα、Ωと分けたに過ぎない……というか、区別しないと誰が誰だか分からなくなるからそうしただけだ。
ちなみに、この群れでの呼び方はもっと酷い。1番目のメス、2番目のメス……だった。やっぱり安直過ぎる。人(狼)の事言えないけど。
俺が少し思考を飛ばしている間にも母さんの説明は続いており、そうする内に俺の知らなかった巣立ち組の魂胆も明らかとなった。ジャイとアオグロが補足してくれたからだ。
あいつらの目的はやはり俺。猫又を食う事だった。
それだけなら弱肉強食って事で納得出来る。俺も遠慮無く抵抗するし、俺だけじゃ敵わない時は母さんやチャイロ達にも助けを求めるだろう。
あいつらも普通に仲間に助けを求めたならまだ許せた。例え、俺を殺す手助けを求めるものだとしても。だがあいつらの選んだ方法は、腹違いとはいえ自分の弟を傷付けてそれを脅しに使い、自分の同腹の弟を脅して俺を殺させようとした事だ。
そこまで判明したところで、地面に倒れたままだったチャラオが起き上がる。
……あれだけボコボコにされたように見える割には動きがスムーズだ。今の様子を見る限り、チャイロ達に――実際誰がボコったのかは現時点では不明だが――大人しくボコられたのは演技だったのかもしれない。
起き上がったチャラオの目には、殺意が宿っていた。
それの向けられた先は母さんや俺達では無い。卑怯な手段を使った自分の息子達へだ。
グルグルと低い声で唸り声を上げながら、キッと巣立ち組を見据えるその姿は、群れのボスと言って差し支えない姿だった。
とはいえ、普段との落差が酷すぎていまいち格好が付かないのがアレだが。
恐らく、そんな目を向けられた事は今までに1度も無いのだろう。母狼達の話ではチャラオは放任主義で子供の躾には一切関わっていなかったようだし、悪い意味で子供達に甘い父親だったようだから。チャラオなど大した実力は無いと高をくくっていたのかもしれない。
初めて見るだろう父親の厳しい態度に、巣立ち組が今更ながらに震え出す。
「……グ、グルゥ(……お、親父)」
「グルルル、ガルゥ……(俺はお前らに言ったはずだ。誇りある行いをしろと……)」
「グゥ……(それは……)」
「ガウゥッ、グルァアッ!(これがお前らの誇りか。これがお前らの選択かっ!)」
「ギャンッ!(親父! おれは!)」「グァウッ!!(黙れ!!)」
「グルルゥ……(お前達には謝罪のしようが無い……)」
巣立ち組に言い捨てた後奴らに背を向けると、チャラオは母さんに向かい合うと……ガバッ! と勢い良く腹を見せた。
待って。いや、ちょっと待って。
いやいや! 俺も理解はしてるぞ! してるよ!? 腹見せは最大の土下座ポーズだって!
ここに来たばかりの時にも見たしな。つか、洞穴にいた時はよくハイイロがやってたし!
だからこそチャラオも最大の謝罪として腹を見せてるんだろうけど……子狼ならともかく、大人の狼がやるって迫力……迫、力? は、人間の感覚の残ってる俺にはポカーンとなるしか無い光景なんだぜ……。
呆然としながら周囲を見回せばチャラオだけじゃない。アルファだけじゃなく、ベータも……それを見て自分も、我もと次々と腹を見せる母狼達の姿があった。
俺の視界が、仰向けになった狼で埋まりそう。
同時に、うろたえながらも腹を見せる年少組と、痛む足を庇いながら腹を見せようとするアオグロと、そんなアオグロを庇いながら腹を見せているジャイ……ってちょっと待て! 特にアオグロ! お前は怪我してるんだから、無理するなってば!?
「きゅぅん……!(でも、ぼくがつかまらなければ……!)」
あー、もう!
「ミャッ!(お座り!)」
ザザッ!!
……あ、座った。何これ。この号令って全狼共通なの??
腹見せポーズで固まっていた狼達が、俺の一言で一斉にお座りポーズを取った。
その中にはもちろん、足を痛めたアオグロもいて……とはいえ、足を痛めているからよろよろしていたのを母さんがパクッとくわえる。もちろん、頭からいった訳じゃない。猫が首筋をくわえられてる感じでプラーンって状態だ。
首が苦しそうだから下ろしてやって……と目で訴えたら、すぐに下ろしてくれた。
急いでアオグロに駆け寄る。
「ミァウ?(大丈夫か?)」
「……きゅん(……うん)」
声を掛けてもションボリとしたまま俯いている。そう簡単には気持ちを切り替えられないか……。
チャイロ達もジャイに声を掛けて、何とか励まそうとしている。
正直なところ、俺達は巣立ち組がその内行動に起こすのを確信していたから、今回手を出して来た事も『やっぱりな』と思うだけなんだ。想定外だったのは、ジャイやアオグロを利用したという事だけで。
だから、俺達はこの2頭には全く怒っていない。むしろ仲間を守る為に行動したジャイの行為は、褒めて良いと思ってる。アオグロに対しても、下手に抵抗してもっと酷い怪我を負わせられる可能性もあったのだから、大人しく従ったのは悪くない判断だったと思う。
ただ、確実に対処出来そうな『母さん』という知り合いの狼がいるんだから、ジャイは相談してくれたら良かった、とは思うけど……精神的に追い込まれた状況では難しいだろう。信用しきれてないっていうのもあるかもしれないし。
だから、俺達の怒りは巣立ち組に向けられていて、他の母狼達や子狼には何の怒りも感じていない事を告げる。それと、これは今まで放置してきたチャラオ自身も原因の1つだと。
それを聞いて静かに項垂れるチャラオと、あくまでも俺への敵愾心を無くさない巣立ち組。
「グルルゥ?(この件、どう収めるつもりだね?)」
「……ヴァゥッ、グルルル(……こいつらは今すぐ群れから追い出す。二度と戻らせない)」
「……ガウッ!(……っ、外にはまだ特殊個体がいるんだろ!)」
今更ながらに群れに留まろうとするが、もうそれは不可能だ。自分の子供にもいつ危害を加えられるか分からない以上、群れに加えておく理由も無い。
すでに巣立ち組を敵と見て我が子を守ろうと威嚇する母狼達。そんな母狼に隠れながら必死に威嚇する子狼達と、牙を剥き出しにして唸り声を上げるチャラオ。もはや、巣立ち組の味方は誰もいなかった。
「ヴァゥッ!(今すぐ出て行け!)」
「ギャン!(でも吹雪が!)」
「グルァア!!(出て行かないと噛み殺すよ!!)」
「グァウッ!(恥知らず!)」
「ガウッ!(待って!)」
緊迫した雰囲気の中、1頭だけ前に出る母狼がいた。ジャイの母親であり、巣立ち組の母親であるアルファだ。
自分達の事を庇ってくれると思ったのか、巣立ち組がアルファに擦り寄る。1頭が顔を寄せたところで……
バギンッ!
鈍い音と共に地面を白く尖った物が転がり、少し遅れて血の匂いが届く。
音の元は巣立ち組の1頭の口元。牙をへし折られたのだ。
バギンッ! バギッ!!
突然の事で棒立ちになる残り2頭。続けて2度同じ音が響き、その度に地面に転がる牙が増えた。
「グルルルル……!(よくも、あたしの友の子を傷付けたね……!)」
「グ、グルゥ……(か、かあは……)」
「グァゥッ! ガルァァァァァ!!(それどころかあたしの子も苦しめた! 二度と顔を見せるなっ!!)」
完全な縁切り宣言だ。
結果的に選んだのはあいつらとは言え、俺が此処に来たせいで起こった事だ。罪悪感が酷い。
母親からの罵声を最後に、ヨロヨロとよろめきながら吹雪の中に消えていく巣立ち組。
自分が原因の結末に落ち込む俺を母さんが舐める。次にチャイロ、ハイクロ、ハイシロ、ハイイロと順番に来て再び何故かチャイロに戻った。
俺の頭がヌットヌトになった頃、チャラオが俺達の元にやって来た。
反射的に身構える俺達に、改めてチャラオが頭を下げる。
「グルゥ、ガウ(すまなかった。全ておれの不始末だ)」
「ミャゥ……(おれがいなければ……)」
「ガウッ! グルルゥ……(それは無い! お前達が来ずとも、あいつらはお前を狙っただろう……)」
「……グルゥ?(……どういう事だね?)」
「グゥ……(実は……)」
チャラオの説明では、元々あいつらは巣立ちした後は母さんの縄張りの方へ行かせるつもりだったのだそうだ。母さんの縄張りは獲物が多い事を知っていたから、飢える事も少ないだろうとも考えて。
知らずに縄張りを荒らされれば母さんと争いになるだろうが、そこで何かしら学んだり、教えを乞えるなら良し。もしも無理に縄張りを奪おうとしたりすれば、痛い目を見て外の厳しさを知るだろう、と考えて……それもまた経験になるだろうと。
だが、そうなれば当然奴らは猫又の事を知る事になる。その場合、結果は同じだった、と。
母さんに息子達の処分を押し付ける事にもなりかねなかったのだ、と改めて謝罪をしていた。
それに最初の目的地が被っていたからこそ、特殊個体を理由に巣立ちの予定を繰り下げて巣に居残らせ、母さん達の逗留を歓迎したのだという事も。
「……ワフ(……そういう事かい)」
「……クゥ(……すまん)」
「ワゥ? グルゥ(こっちは獲物が少ないだろう? それなのに歓迎されるから、おかしいとは思ってたのさ)」
確かに……狩り勝負の時も、その前にも獲物が少ないとは感じていた。
チャラオ達の狩りの腕が悪いという訳では無く、元々の獲物が少ないからこそ、狩りの成功率が低かったんだ。
「ワフン(いや、こいつは元々狩りはドヘタクソだよ)」
「ミャ……(おい……)」
「グルゥ、ウォフッ(群れのメスが補佐をして何とかもってたんだよ)」
……つまり、元々この群れではメスの方が立場が強いと。
んで、狩りに失敗するのはチャラオのドヘタクソな腕と、巣立ち組の暴走があっての事だと。
ほうほう、つまり……? こいつは、ただの『ヒモ』か。
「クォン?(『ヒモ』って何だ?)」
「ミ、ミァウ(こいつの事。メスに生活を頼って、食わせてもらわないと生きていけない、情けないオスの事)」
「ギャインッ!?(ちょっと待て!? 説明に悪意が篭り過ぎてないか!?)」
「ニャ(事実しか言ってない)」
「クフン(そんなオスは願い下げね)」
「ワフッ!(情けないな!)」
「グルゥ(……同感だ)」
「ウォフッ(事実だろうよ)」
あ、凹んだ。
けど、それを見てジャイとアオグロが少し笑ってくれたから、良かったのだろう。多分。
流石に今回はチャラオも庇いきれませんでした。しかも、自分のやった事が裏目に出た形で。
全力土下座はヘソ天。シリアスになりきれません。
想像して下さい。十数頭の大小混じった狼が、一斉にヘソ天をかます光景を。
萌える。
そしてチャラオはチャラオ。一応、次話でちょこっとチャラオの事情が分かります。




