第21話 成長の壁
日曜日の午前八時。
一ノ瀬湊は、昨日と同じ探索者協会の受付に立っていた。
「……あれ? 君、昨日も来てなかった?」
受付の女性が、探索者証を確認しながら首を傾げた。
「はい。昨日は第二階層まで行きました」
「今日も?」
「もちろんです」
湊が当然のように答えると、女性は少し驚いた表情を浮かべた。
「熱心なのはいいけど、休息も大事だからね。体調に問題はない?」
「大丈夫です。昨日も帰ってからしっかり休みました」
そう答えながら、湊は自分の腕を軽く動かした。
筋肉に多少の張りはあるものの、痛みはない。昨夜は装備を点検した後、早めに就寝している。
今日も万全とは言い切れないが、探索するうえで大きな問題はなさそうだった。
「無理はしないようにね」
「はい!」
受付を済ませると、湊は迷わず《青葉洞窟》へ向かった。
昨日見つけた第二階層の狩り場。
あそこで、もっと経験を積むつもりだった。
◇
第二階層の横長の広間。
湊は入口付近の岩陰から、魔物の配置を確認していた。
岩鼠が一匹。
天井には洞窟蝙蝠が二匹。
「……今日は蝙蝠が多いな」
湊はノートを開いた。
狩り場として利用できそうな場所は見つかったが、魔物の数や位置は毎回違う。
昨日と同じ手順では、うまくいかない可能性もあった。
「……まずは一匹だけだな」
湊は岩鼠が近づくのを待ち、通路へ誘導した。
相手が突進してくる。
低く構えた槍で進路を塞ぎ、方向を変えたところへ突きを放つ。
穂先が肩口を捉えた。
岩鼠が体勢を崩す。
「……そこ!」
湊は一度距離を取り、次の接近に合わせて胴体を突いた。
魔物が動かなくなる。
「よし。一匹目」
以前は倒すだけで精いっぱいだった岩鼠。
今では、相手の動きをある程度予測しながら戦えるようになっていた。
だが、討伐までに使った時間を確認すると、湊は眉を寄せた。
「……思ったほど短縮できてないな」
攻撃そのものは以前より速くなっている。
しかし、魔物を誘導し、安全を確認し、次の敵を探す時間まで含めると、大幅な短縮にはなっていなかった。
「……なるほど。戦闘以外の時間も考えないと駄目か」
湊は記録を残し、再び広間を覗いた。
◇
二匹目に選んだのは、天井にぶら下がっていた洞窟蝙蝠だった。
湊は天井の低い通路へ移動し、相手が接近するのを待った。
黒い翼が広がる。
次の瞬間、洞窟蝙蝠が急降下した。
「……来た!」
湊は半歩だけ横へ動く。
黒い影が目の前を通過した。
すぐに槍を突き出す。
穂先が翼に当たり、洞窟蝙蝠が地面へ落ちた。
「……よし!」
湊は追撃し、胴体を貫いた。
討伐成功。
だが、ここで問題が起きた。
「……あれ?」
槍を引き戻した瞬間、右肩に鈍い重さを感じたのだ。
激しい痛みではない。
しかし、腕を持ち上げると、普段より動きが重い。
「……昨日の疲れが残ってるのか?」
湊は肩をゆっくり動かした。
昨日も何度も槍を突き出し、帰宅後には装備の手入れをしている。
そして今日は、朝から再び戦闘を繰り返していた。
筋肉への負担が蓄積していても不思議ではない。
「……【疲労回復】を使えば、多少は楽になるか」
湊は安全を確認した場所へ戻り、休憩を取った。
水分を補給し、呼吸を整えてからスキルを発動する。
体の重さが、わずかに和らいだ。
「……よし」
しかし、再び槍を持ち上げると、右肩の張りは残っていた。
「……やっぱり、全部が戻るわけじゃないな」
疲れを軽くすることと、使い続けた筋肉の状態を元に戻すことは違う。
湊はその結果をノートに記録した。
まだ戦えそうではある。
だが、普段より動きが鈍い状態で洞窟蝙蝠を相手にするのは危険だった。
「……今日は地上の敵だけにしておくか」
湊は広間から離れ、第一階層へ戻ることにした。
◇
第一階層では、スライムを二匹討伐した。
一匹ずつ安全な場所へ誘導し、跳躍後の隙を狙う。
どちらも一撃で倒すことができた。
「……四匹目」
湊は短槍を引き戻した。
腕の状態を確認する。
右肩の張りは、まだ残っていた。
「……これ以上は、効率が悪いな」
無理をすれば、あと何匹か倒せるかもしれない。
しかし、動きが悪くなった状態で戦い続ければ、怪我の危険が増える。
明日以降もダンジョンへ来るつもりなら、今日の無理が次の探索に影響する可能性もあった。
湊はステータスを確認した。
【個人情報】
名前:一ノ瀬 湊
レベル:5
保有スキル
【疲労回復】Lv.1
「……まだ5か」
昨日と今日で、合計七匹の魔物を倒している。
それでも、レベルアップには届かなかった。
湊は少し考えた。
同じ魔物を安定して倒せるようになったのはいい。
だが、成長するにつれて次のレベルまでに必要な経験も増えていくのだろう。
この先、今と同じ方法だけで効率よく強くなれるとは限らない。
「……もっと強い敵も倒せるようにならないとな」
湊は笑った。
必要なのは、戦闘技術の向上。
そして、より長く安全に戦える体づくりだ。
ただし、どちらも一日で完成するものではない。
「……まあ、だから面白いんだけどな」
湊はノートを閉じ、帰還することにした。
◇
翌日の月曜日。
学校の授業が終わると、湊は真っすぐ帰宅した。
自室へ鞄を置き、制服から着替える。
そのまま装備を取り出そうとしたところで、母親に声をかけられた。
「湊、今日もダンジョン?」
「うん。少しだけ行ってくる」
「昨日も一昨日も行ってたでしょう?」
「そうだけど?」
湊が不思議そうに答えると、母親は呆れたように笑った。
「そうだけど、じゃないわよ。学校もあるんだから、ちゃんと体を休めなさいね」
「分かってる。今日は戦闘を控えるつもりだから」
「本当に?」
「本当だよ。肩もちょっと張ってるし」
母親の表情が変わった。
「それなら今日は休んだら?」
「痛めたわけじゃないから大丈夫。様子がおかしかったらすぐ帰る」
心配そうな母親に、湊は探索時間を短くすることを約束した。
そして、再び《青葉洞窟》へ向かった。
今日は無理に経験値を稼ぐつもりはない。
第一階層を歩き、足運びと周囲の確認を中心に練習する。
そう決めていた。
だが、入口で受付を済ませたときだった。
「あれ? 君、今日も来たの?」
昨日と同じ女性職員が、驚いた顔で湊を見た。
「はい」
「……三日連続?」
「そうですね」
「疲れないの?」
「疲れますよ」
湊は首を傾げた。
「でも、毎日少しずつでも練習した方が、上達するじゃないですか」
女性職員は、一瞬言葉を失った。
そして、困ったように笑った。
「……そういう問題なのかなあ」
湊には、その反応がよく分からなかった。
強くなりたい。
ダンジョンを攻略したい。
だったら、毎日できることを積み重ねる。
それだけの話だった。
「……さて、今日は何を試そうかな」
湊は楽しそうに笑い、洞窟へ向かった。
レベル5。
目標までは、まだ途方もない距離がある。
だからこそ、一日だって無駄にはしたくなかった。
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございます!
皆さまに楽しんでいただける物語を目指して、これからも丁寧に書き続けていきます。
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