勇者の誓約
物価の上昇がエグい。
ちょっと食料品を買いに行くと4,5千円が飛ぶ。
特に国産品の割高感がすごいと思う今日この頃。
優男な風貌のリハルトと剛健な風貌のガラント。
だが、今の両者が纏う空気は全く逆だった。
為政者特有の凄みとでもいうのか、ガラントが小さく見える錯覚すら起こしそうだ。
「何故です。何故そこまでしなければならないのですか?」
「悪いが少年。その理由は言えぬ。誓約に触れる」
誓約。
バレッタは聖国との繋がりや情報を口にすることで命が奪われる契約を結ばされていた。
一方的な契約ではあるが、弱者に不利な契約を押し付けるのは何時の時代でもあることだ。
しかし、誓約は契約とは全く別物である。
誓約の場合、どちらかと言えば下位の者から上位の者に対して誓いを立てる事で結ばれるのが一般的だ。
そして、皇帝が下位の者として誓いを立てる様な上位の存在は1つしか思い浮かばない。
「陛下の仰る誓約とは双頭竜帝国章を賜る際に、初代皇帝リヒャルド・ハーヴィー陛下が竜王陛下と結んだ誓約ですね?」
双頭竜帝国章の起源についての推測をミシェルはまだ話していなかった。
帝国の根幹となる機密を言い当てられ、リハルト達は言葉が出ない。
だが、それ以上に驚く話をミシェルは続けていく。
「先皇陛下が兜竜を喚べた事や、代償としてその命を失った事。
皇族の方々が国名であるデュランの性を一様に名乗らぬ事。
竜王陛下の後ろ盾がありながら、世界に覇を唱えなかった事。
何よりも、竜王陛下自らが国境を管理している事。
これら全てが竜王陛下と結ばれた誓約に含まれるのではないですか?」
「バカな!」
思わずリハルトが叫ぶ。
その反応は、ミシェルの語った内容が事実であると言っている様なものだ。
「デュラン帝国の成り立ち。初代皇帝の誓約。
そもそも帝国がこの地に建国されたのは、霊峰ブレスト山を守護するという誓約によるものでしょう。
実際は守護というよりは封鎖だと思っています。
古より霊峰ブレスト山は信仰の対象として巡礼者が後を絶たなかったと記録にありました。
毎年多くの者が霊峰に立ち入り、帰ってこなかったともあります。
きっと竜王陛下はお優しい方なのでしょうね。
信仰の為に多くの者が命を落とす姿に御心を痛めた。
まぁ、足元で勝手に死なれて鬱陶しかったといいう可能性も捨てきれませんが。
リヒャルド皇帝と竜王陛下。どちらから申し出たのかは分かりませんが、ブレスト山の入り口に国を造り、封鎖してしまえば止められると踏んだのでしょう」
リハルトとガラントは、まるで化け物でもみているかのような顔でミシェルを見ている。
「ここから本題です」
その言葉にリハルトはハッとする。
まだこれ以上があるのかと。
「もはや竜王陛下の存在は揺るぎない事実。
であれば、皇族の方々がデュランの性を名乗らぬ理由も自ずと分かります。
デュラン帝国を真に統べる者。それが…」
「駄目だ!少年!」
リハルトが止めようとしたが遅かった。
「竜王『デュラン・アルテミラ』」
その瞬間。ミシェルの身体から青白い光が揺らめく。
それを見たリハルトは急いで言葉を繋いだ。
「竜王デュラン・アルテミラに誓約する!
この少年を血縁に関わらず族とし誓いを共有する!」
ミシェルを包んでいた青白い光は金色に変わり、一瞬強く光って消えた。
ガラントがミシェルの胸ぐらを掴み引き寄せる。
「どういうつもりだ小僧!死にたいのか!」
怒りの形相で詰め寄るガラントに対し、ミシェルの表情は変わらない。
むしろ、笑みさえ浮かべている。
(コイツは何だ!?俺の前で何故こんな表情が出できる!?演技などではない。本当に頭にきて出た感情と言葉だぞ!?
マチルダ・ブライブラン。お前は何を寄越した?
ダレス・ブライブランと双璧?
ふざけるな。コイツの何処が竜神将と並ぶ者だ。
こんな、こんな…)
気付けばミシェルを掴んでいる手が震えていた。
マチルダのダレスと双璧を成す者という評価は正しい。
ただ少し言葉が足りなかった。
双璧を成す『得体の知れない』者。
リハルトは額からの冷や汗を拭った。
大声をあげてミシェルの胸ぐらを掴んだガラントの表情に気がついたからだ。
ガラントの顔から怒りは消え失せ、困惑と恐れが入り混じった様な表情でミシェルを見ている。
もっと驚いたのはその手が震えていた事だ。
「そう言えば少年よ。まだ名を聞いていなかったな」
リハルトの言葉を聞いてガラントはミシェルから手を離す。
未だミシェルは薄く笑みを浮かべたまま姿勢を正す。
「名はミシェル。姓に関しましては、私の一存では申し上げかねます。何卒ご理解いただけると幸いです」
劇の演者の様にミシェルは仰々しい仕草で一礼をする。
見る者が見れば不敬と捉えられかねないが、今この場では何故か相応しく思えた。
だが、もはやリハルトはミシェルの言動などどうでもよくなっていた。
「先程の光、君は誓約に飲み込まれた。
わざとか?下手をすれば死んでいたぞ」
竜王との誓約だ。軽いわけがない。
「一度目に限り、お目こぼしいただけるものと存じておりました。
先程の青白い光は警告のようなものです。
国境警戒魔法を越える際に裏技を使った時も全体が青白く光りましたから。
それに、誓約を共有しなければ陛下から聖女を討つ理由をお聞きできないとなれば尚更です。
その理由こそがアルベルト・フライアラの企みを阻止する鍵だと存じます」
そんな理由で。いやそんな理由だからこそか。
この見た目からは想像もつかない程の覚悟と胆力を見せられては、応えぬ訳にはいかないとリハルトは沈黙する事を諦めた。
「では答えよう。聖女メイリー・フライアラを討たねばならぬ理由を」
リハルトは前のめりになっていた姿勢を正す
「聖女メイリー・フライアラが、アルベルト事件で犠牲となったと思われていた我が妹である事は先程言った通りだ。
確信したのは昨年行われた大陸国家首脳会議の時。
彼女は普段から修道女の装いをしているらしく、首脳会議にも変わらぬ装いで会場に現れた。
彼女を見たのはその日が初めてであったので、普通に挨拶をした。
その顔に父の面影を感じたが、まさか妹だとは思いもしなかった。
だが、会食の際にドレスに着替えて現れた彼女の髪を見た時に気がついた。
私と同じ真紅の髪色だと」
「真紅の髪色。それは皇帝の子にのみ現れるという?」
「ああ。それもまた誓約の1つだ。皇帝と成りうる者にのみ与えられる髪色だと言われている」
リハルトは自身の髪をかき上げる。
その会食に参加していた他の者も気がついたようだ。
少なくともフリオール国王は気がついて極秘裏に会談を申し込まれた。
パトリック殿にメイリー・フライアラに関する事を話したのは、その会談の時だ。
「この髪色を持つ齢36となる女性。
あの日、奪われた妹だと私は確信した。
王国の両名も同意であると言っていた。
過去に真紅の髪色を持って生まれた女性の皇族は確認出来ていない。
だが、彼女の髪色は間違いなく皇帝と成りうる者の色だった」
「陛下。だとしても血縁の者を討たねばならぬ理由にはなりません。
むしろ、聖女メイリー・フライアラは奪われた皇族であると公表し、両国の関係を良好にする事もできるのではないですか?」
リハルトは首を振る。
「確かにそれだけでは理由にはならない。
理由は双頭竜帝国章だよ。
立太子されていなかった私が皇帝の座に就いた経緯を知っているかね?」
「はい。学校で習いました。双頭竜帝国章に触れられたのが陛下のみであったと」
「そうだ。双頭竜帝国章は皇帝の証ではなく、竜王陛下に認められた皇帝と成りうる者の証なのだ。」
「まさかとは思いますが、聖女も?」
「彼女は過去に例を見ない真紅の髪色を持つ女性であり、しかも、双頭竜帝国章に触れる事が出来た。
ミラ教の信者として竜王陛下に祈りを捧げたいので触れさせてほしいとな。
皇帝以外の者は触れる事が出来ぬと伝えたが、1度だけと押し切られた。
仕方ないと様子を見ていたが、弾かれると思われたその指は何事もなく双頭竜帝国章に触れていた。
あり得ない事態が立て続けに起こって混乱したよ。
同時に、非常に危機的状況下であると私は思った。
彼女が双頭竜帝国章を持てば、その力を行使出来るかもしれないと」
「例えば、先代皇帝が行使された龍種を喚ぶ力等ですか?」
リハルト頷いた。
そこにガラントが続ける。
「実は俺も双頭竜帝国章に触れる事が出来たのだ。
兄上が皇帝と宣言する前に、赤子だった俺に触れさせてみたそうだが、叔父上のように拒絶されることは無かった。
公表していないのは国が混乱する可能性があるからだな。
その事実から、触れられるのは皇帝本人とその兄弟ならびに皇帝の実子に限られるのではないかと推測された。
過去の記録に無いのは皇位継承が荒れるのを恐れたからだろう。
叔父上が触れられなかったのは、父が崩御した為に権利を失っていたから。
他の皇族が触れられなかったのは直系ではなく傍系であった為に、そもそも権利が無かったからだとすれば推測の裏付けにもなる。
髪色は違うが、実子である姉が触れられなかった事から男性に限られると思っていた。
そこへメイリー・フライアラが現れたわけだ」
そう聞くと、女性でありながら真紅の髪色を持ち双頭竜帝国章に触れられる聖女の存在は異端中の異端だ。
「推測通りであれば、彼女が触れられることは問題ではない。
問題は彼女に皇位継承権が残っているのかどうかだ。
彼女が触れた時、ガラントと同様に金色の光は現れなかった。
だが、紋章通して竜王陛下が彼女の存在に困惑しているのが伝わった。
そこで私はある考えに至った。
実は、真の皇帝はまだ決まっていないのではないか?ということだ」
リハルトが皇帝に就いた当時、ガラントは幼く、メイリーは生存が絶望的な行方不明の状態。
この3人が候補であったとして、リハルトが触れた際の金色の光は何だったのか。
もしかすると候補者として選ばれただけだったのではないかという思いがリハルトの心の中に広がっている。
直接竜王陛下から拝命されたわけでもないので、今もなおリハルト自身が自身を皇帝だと認めることができずにいる。
ガラントが触れる事が出来ると言ったが、実際に触った時にあの金色の光は出なかった。
その事が少しだけリハルトを安心させていた。
メイリー・フライアラが現れるまでは。
「ガラントは触れる事が出来ても誓約による力は行使出来ない。
こともあろうに、このバカ者は今回の話を聞いて自身を糧に龍種を喚ぼうとした」
ガラントはバツの悪そうな顔で頭を掻く。
「だが喚べずに、俺は持っていた双頭竜帝国章に弾かれて気を失ってしまった。
だが、気を失う瞬間に竜王陛下の声を聞いた。『ならぬ』とな。気の所為かもしれないが」
「なるほど。殿下には無理でもメイリー・フライアラなら出来るかもしれないと」
ミシェルは拳を顎に添える。
「出来ない可能性の方が高い。
それでも私が彼女を恐れたのは、彼女が双頭竜帝国章に触れた時に見せた表情だ。
その時だ。彼女は笑みを浮かべた。
その顔は、かつて父が復讐に囚われた時に見せた表情と同じだったよ」
リハルトはメイリーの顔を思い出したのか、眉をひそめる。
「だとしても、可能性だけでは聖女を討つ理由としては弱いと存じます。
聖女メイリー・フライアラは聖国のみならず、ミラ教を信仰する者にとっては神と変わらぬ存在ですよ?
帝国の手によって討たれたと知れれば、帝国は世間から激しい非難を浴びることになります」
ミシェルは『神と変わらぬ存在』という自身が発した言葉に引っかかりを覚えた。
少し思案をしようとしてリハルトへ顔を向けた時にあることに気がついた。
「陛下。双頭竜帝国章が見当たりませんが今は何処に?」
本来ならば、リハルトの胸元で輝いているはずの存在が無かった。
「それなら息子に継がせてある」
継がせてあるとは随分と物騒な物言いだ。
ここに居る現皇帝は存命であるからだ。
「竜王陛下はお認めになられたのですか?」
「私が死ねば自然とそうなる」
「兄上!」
死出の旅にお供するとガラントは言ったが、兄に死んでほしくはないからこそ、いざという時は自らが盾になる覚悟で共に来たのだ。
「陛下。誰も望まぬことを独断で進めるのは愚王の行いと存じます。
この通り、皇弟殿下も望んでおられないご様子。
自身が愚王の誹りを受けるとの覚悟によるものであれば、今一度ご再考をお願いいたしたく存じます」
たとえ、それで解決できたとしても残された者が辛すぎる。
「皇帝の決断を愚弄するのか?」
「その決断が間違いであることが明確であれば、周りの者は全身全霊をもって止めるのが筋であると存じます。
理由もなく聖女を討った帝国の信用は地に落ち、陛下は後世まで愚王と呼ばれでしょう。
ご親族も誹りを受ける陛下の墓前で悲しみに暮れる日々を送ることになります。
各国のミラ教信者が帝国討つべしと一致団結して押し寄せる可能性も否定できません。
誰一人として幸せになる者がいない未来。
もしも陛下がそれを望むのであれば、尚のことお止めします」
リハルトは黙り込んで俯く。
ガラントはそっとリハルトの肩を叩いた。
「兄上の負けだ」
論議に敗北した兄を、何故か嬉しそうにからかうガラント。
生まれたばかりで父を亡くし、父の顔すら知らぬガラントにとって、リハルトは兄であり父でもあった。
「陛下の御身に何かあればパトリック様も責任を感じられるでしょう。
クレタミラ国王陛下もです」
今回のお覚悟。お2人にも内密にしておられたでのでしょう?」
それまでは他国だからと2人の気持ちを慮っていなかった事をリハルトは恥じた。
「私1人の挺身で済むと思い込んでいたが、確かに残された者はいたたまれないな」
「その通りです兄上」
「お前もなガラント」
権力を争って肉親同士で殺し合う事も普通にある世界で、ここまで互いを思いやる兄弟は珍しい部類と思える。
あるいは、誓約の中に兄弟姉妹仲良くなんて項目があるかもしれない。
そうならば、初代リヒャルド皇帝はお人柄の良い方であったに違いない。
初代皇帝・・・。
またミシェルは僅かな引っかかりを覚えた。
「皇帝陛下。初代皇帝リヒャルド陛下の出自に関してお聞きしたいのですが宜しいでしょうか?」
リハルトの眉がピクリと動く。
ガラントは意味がわからないのか首を傾げていた。
「構わぬ」
「では。それまで無名であったリヒャルド陛下に竜王陛下が双頭竜帝国章を授けた理由をご存じでしょうか?」
「君のことだ。当たりはついているのだろう?」
「はい。
初代皇帝陛下は人物として、あまりにも謎多きお方です。
ですが、同様に謎多き人物であるお方が他にもいることを思い出しました。
しかも、色々な条件に合致するお方です。
誰も住む者がいなかった土地に前触れもなく現れ、竜王陛下の名代として選ばれる人物。
その存在は大陸に住む者であれば誰もが知っているのに名前すら知らない人物」
そこでガラントは、まさかという表情でミシェルを凝視する。
「おそらく、精霊国に足を踏み入れた唯一と言っていい人物。
勇者物語の勇者。それが初代皇帝リヒャルド・ハーヴィー陛下なのですね」
リハルトは驚いた様子もなく、静かに頷いた。
PHP問題で電子書籍の購入が滞っている状態。
あっちこっちでサイトがメンテナンス中で困っています。
でも2段階認証が導入時初期のメール遅延で済んだのは何より。




