掌の上
軽く鬱になっていた模様。
睡眠は重要と再認識。
超長距離伝言魔法から聞こえてきた声は、紛れも無く、クライフ商会会長である父レオナルドのものだった。
「父様ですか!?確かに王都に向かっていたとはいえ、馬車の速度では手前の宿場町に辿り着くのがやっとはず。
一体どうやって王都に?」
『いきなり飛竜騎士が現れてバックスを連れて行ったんだ。何かあったと思うだろう?だから馬車は御者に任せて、バックスの乗っていた馬で王都まで走ったのさ』
「だからといって、今の時間に間に合う距離では無いのですが?」
『馬にはちょっと無理をさせちゃったねぇ』
ちょっととは言うが、強化魔法を駆使してとんでもなく無理をさせたに違いない。
帰ってきたら頑張ったお馬さんを労ってあげようとミシェルは心に誓った。
そこへ、ダレスが困惑気味に声をかけてきた。
「ミシェル。さっきから王都のお前の父親?とお前が会話しているように聞こえるのだが?」
「はい。これは双方向型超長距離伝言魔法という特殊な魔法で遠方との会話を成立させた魔道具ですね。あえて名付けるなら『グランドキャスター』でしょうか」
ただ小型化しただけでなく、それ以上の能力を有したマイティキャスターの上位互換版。
その有用性は計り知れない。
「お前なぁ」
それを中位の一商会が運用しているのだ。ダレスが呆れ口調になるのも無理はない。
「それほど難しい事ではありませんよ。1つの魔道具で行なっていた送受信を、送信用と受信用の2つに分けて連動で運用しているだけです。」
「簡単に言うが、1組用意するにも結構な金額になるぞ。それがここには4組だ。王都と他の国にある分も含めて、どうやって支度した?」
「自作しただけです」
「は?」
あまりにも想定を超えた答えにダレスから間抜けな声が出た。
超長距離伝言魔法の魔道具を自作できるのであれば、王国の魔道具研究所と遜色ない設備を有していることに他ならない。
設計できるだけでも、国に重用される人材と成り得るだろう。
目の前の少年だけでなく、クライフ商会そのものも十分に特異な存在だとダレスは思い至った。
さて、この商会がこの様な特異な存在になったのはミシェルだけが原因か?
クライフ商会の名はハンドポーションを目にするまで覚えがなかった位だ。
話を聞くに、アレクセイと、その妻ミランダが商会を興した時代は超長距離伝言魔法は国での運用しか認められていない。
盗聴対策が施され、規制が緩和されたのを期に一般に広がったのは20年程前からだ。
少なくとも、この情報網を構築するにはミシェルの年齢から考えて無理がある。
つまり、これらには商会長である父親が絡んでいるとしか思えない。
妻のエレノア・クライフは将来有望な冒険者だったとマチルダから聞いていたが、レオナルド・クライフ。名前に覚えはない。
「ダレス・ブライブランだ。こんな状況下での挨拶になってしまった事と、今回の件で息子さんを巻き込んでしまったのは一人の親として申し訳なく思う。」
『レオナルド・クライフです。それについてはお気になさらず。ハンドポーションの開発者にミシェルの名を入れて世に出した時点で予測できていた事です。』
「俺がここに居ることもか?」
『それは流石に予測できません。国、もしくは軍に目をつけられるとは思っていましたが、ここまで早いのは僕もミシェルも驚いていますよ』
「そうなのか?」
隣のミシェルを見下ろすと、少年は苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。
『今回はそれが功を奏したということで良いのではないですか』
「確かに。この出会いが無ければ帝国諸共、王国まで壊滅的な被害を受けただろう。運が良かったと言うべきだな」
その言葉に嘘はない。だが、ダレスの心中は穏やかにはなれない。
さっきから頭の中で、現状に対する違和感…なのだろうか?
とにかく何かを見落としている様な、言うべきことを言えていない、聞くべきことを聞けていない様な感覚がダレスを支配している。
ただ、今は他に優先すべき事がある。
「いきなり本題で申し訳ないが、早急にブライブラン家の義父に伝言を頼みたい。本当は真っ直ぐに王城か王国軍の最高司令部へ向かって欲しい所なんだが」
『お急ぎのようですので今は理由等は聞きません。どのような内容でしょうか?』
「1つは、王都に残っている全ての飛竜騎士を三国国境にいる王国軍と合流させるように、第1騎士団の飛竜騎士管制官に申請して欲しいと。
司令部には出発前に義兄の部隊以外にも動いてもらう可能性を示唆してある。
義父ならば陛下とも懇意であるし、緊急事態と分かれば相応に対処していただけるだろう。
あと、義兄の部隊は既にこちらに向かっているはずなので、到着後に小休憩を入れた後に俺とマチルダも三国国境に向かうと伝えてくれ」
『飛竜騎士ですか・・・分かりました』
「後は、俺の部隊全員をいつでも動けるよう待機状態にしておいてくれと」
『穏やかではありませんね。それもパトリック殿に?』
「俺の副官のエラルド・エイガーというヤツに伝えてもらえれば良いと。後は勝手に動いてくれる」
バレッタの話を聞くに、生贄が1人だけとは限らない。という考えはミシェルも同様だ。
万が一にも他に生贄がいた場合、三国国境に集まっている各国の兵がドラゴンに蹂躙される事になる。
そうなれば、アルベルト・フライアラの思う壺だ。
ダレスとマチルダが向かうのも先程聞いた。
ここから三国国境までの距離なら、飛竜の速度であれば1日とかからなないので間に合うだろう。
アベルの部隊が本当にこちらに向かっているのかは確認できないが、ダレスの口調からは確定事項の様だ。
「お前達が東へ向かうのは分かった。僕等が西へ行くのも納得はいかないが承知した。ただ、向かうのは良いとして、その先はどうしたら良いのかが分からん。そもそも連合との国境より先には行けそうにないが?」
国境を越えて帝国に向かえというダレスの無茶振りにご立腹なアベルは、機密のために同伴はダレスだけというクライフ商会の要望を無視してここに居る。
まぁ、言われた内容が内容だけに、ミシェルも仕方がないと黙認している。
そのアベルから出た疑問はもっとな内容であった。
「どうやって国境を越えるかはミシェルが知っているでしょう。そうだろ?」
問われたミシェルは渋面を作り、拳を顎に添える。
「僕、何かミスしました?」
「出来るんだな?」
返事は無いが肯定とダレスはとらえた。
「ここで言える内容ではないので、詳しくは現場で。で、バレた理由は?」
「お前が心配したのは俺達が三国国境へ着くのが間に合うかどうかだけだった事と、そもそも『行けない。できない。』と言わなかった事だ」
「じゃぁ、行けません。できません」
『ミシェル。下手な芝居をしている余裕は無いよ』
レオナルドから軽い叱責が飛ぶ。
「ハイ。時間が惜しいので僕達は先に向かいます。アベルさんには道中お話ししますので何卒」
ペコリと頭を下げた後、アベルの背を押して急かす。
眉間に深いシワをよせたまま、アベルは首だけをダレスに向ける。
「ダレス。今回の飛竜の移動に、僕だけでなくヒルダ達の首もかかっているのを忘れるなよ。もしもの時はブライブラン家とてどうなるか分からんぞ」
「アルベルト・フライアラの企みを止められなければ全て終わりです。先ずはそれから。その後ならどうにでもできますよ。場合によっては義兄上は第1騎士団団長に昇進。陛下より新たな姓を賜りブライブラン家と並ぶ武家の誕生。となるかもしれませんよ」
「本当にそうなりそうだから余計な事は言うな!」
「確かに」
小声で言ったミシェルの囁きもアベルの耳に届いたようで、アベルは背を押すミシェルに抵抗することも無く、右手で顔を覆い頭を振って通信室を後にした。
残されたのはダレスとグランドキャスターのオペレーター。
だが、ダレスは何かを待つ様に腕を組んだまま沈黙。
すると、アレクセイとバックスが通信室にやってきた。
「ミシェルから閣下が我々をお呼びだと聞いたのですが?」
(なるほど。ミシェルは察したか)
「王都のご子息を含め、御三方に聞きたいことがあってな」
もしかすると、自分は少々苛ついているかもしれないとダレスは自身を分析していた。
何せ、この御老人を含めたクライフ家の面々だけでなく、身内にまで完全してやられた。
あの歳でミシェルがあんななのも納得がいく。
さて、どう言ってやろうか?
ダレスはゆっくりと息を吸った。
中庭に戻ったミシェル達は、居たたまれない状態だったバレッタと合流。
もとより、騎士であるアベルは軽装ではあるが武装していた。
行く先は場合によっては戦場となるので、ミシェルも胸当てとバックラー、そしてショートソード、片手薬を入れたケースを装備した。
バレッタにも捕獲時に外した装備を返した。
冒険者としてオーソドックスな革鎧に革の小手とハンドアックス。道案内用に背負っていた革袋から折り畳んでいたクロスボウを取り出し、10本入れた矢筒と一緒に太もものベルトにセットする。それ以外は松明やテントなど嵩張るので置いていくそうだ。
アベルの話だと、中庭では飛竜には狭く降りてこられないので、近くの広場まで向かい、そこに呼ぶそうだ。
その道中。
「ミシェル少年。さっきの言葉はどう言う意味だ?」
「と、言うと?」
「君の祖父とバックラー・アドラーにダレスがお怒りで呼んでいると伝えた件だ」
「ああ・・・」
アベルにしてみれば、お怒りだったのは自分の方で、ダレスは何時も通り飄々としているようにしか見えなかっただろう。
「最後の最後に身内に手玉に取られていると知ったら、そりゃぁムカつくでしょう?」
「身内?マチルダか?」
アベルは困惑している。隣のバレッタは尚更理由の分からぬ話だ。
その話題の相手であるダレスは吸った息をしっかりと肺に留め、一拍置いて声として吐き出した。
この場に来るまでヒントはいくつもあった。
ずっと感じていた違和感もあった。
ミシェルという存在が隠れ蓑として優秀過ぎたのもある。
それにしても2国の裏組織を相手に完封するなど、やはり普通では無いのだ。
それを、ずっと言えなかった。何故できるのか聞けなかった。
それは、言うべき相手で、聞くべき相手であるあるクライフ家の長が不在だったからだと思っていた。
違った。それを声にする事は大きな敗北だと本能が感じ、己の口を塞いでいただけだった。
今の状況は、二つ名の大局観が滑稽に思え、自分自身に酷く腹が立った。
「クライフ家は表向きは薬剤を扱う中位商会だが、裏の顔は義父、パトリック・ブライブランの諜報組織だな?」
その声には僅かながら怒気が含んでいた。
生き甲斐は仕事以外でないとね。
積みプラモを減らそうキャンペーン。
先ずは塗装ブースの自作から(遠い目)




