ブルーベリーのクッキー
ベルツさんは側まで馬車を寄せると、さっと降り立った。
手振りで、王様が馬車を紹介し始める。
「こたびの行き帰り、グリフォンの馬車にいたしました。天山の国で最速の乗り物ですし、知りうる限りの魔法の加護もございます。安全性は指折りです」
「無論、護衛もおりますぞ。ペガサス騎兵隊がしかとお守りいたします!」
馬車に気をとられていたけど、続々と広場のあちこちから蹄の音が鳴っている。
音の主は、これまた地球ではあり得ない生き物だ。
純白の翼の馬――ペガサスと騎士たちなのだ。
鮮烈な赤や青、緑の鞍や手綱と統一された黒の鎧が、まさにファンタジーの騎士だ。
何人かは天を突くような旗と角笛を持ち歩き、物言わず移動する様は勇ましい。
あわせて五騎ずつの六隊、三十のペガサス騎士の整列は壮観だった。
翼の白さと黒い鎧、明るい装飾品の美しい対比は、日本ではまず見ることはできない。
目を奪われていると騎士たちとは皆、ペガサスから降りて、ひざまずいた。
騎士の最前列に、ベルツさんも並んでひざまずく。
それを見届けるや、王様が一歩前へ出て、私とアリサに一礼をした。
「アリサ様、彼方様、彼ら黒の騎士団とともに、貝殻の国へご案内いたします。空の旅の最中になにか不自由を感じましたら、何なりとお申し付けくださいませ」
「……わかった」
王様の丁寧さでも、アリサの調子は全く変わらない。
今のアリサの言い様に、騎士たちにも緊張が走ったようだ。
自分の王様に、こんな言い方をさせるくらいの人物なのだから、ある意味当然だった。
「ようし! 馬車の取り付け、急げぇぇ!!」
ベルツさんがいち早く立ち上がり、騎士たちに大声で呼び掛ける。
「応!!」
気を取り直したのか騎士たちも勢いよく立ち上がり、それぞれ馬車とグリフォンに向かって走り出す。
総出で取りかかれば、巨大な馬車をグリフォンにつけるのもすぐ終わる。
それに相当練習を積んだみたいで、手が止まることがなかったのだ。
「では、どうぞ……アリサ様、彼方様」
じぃっとグリフォンに見られながら、繋がれた馬車へと私たちは入っていく。
御者は先程と変わらず、ベルツさんが務めるようだ。
入り口に段差があるので、アリサは抱えたままなのだ。
「……ま、まぶしい」
馬車に入った私は、かっこわるい第一声を出してしまった。
外装も凝ったものだったけれど、内装はさらにきらびやかだ。
光沢ある白木が下地を作り、黒檀の小さなレリーフが高級感を出している。
真紅の絨毯は雲を貫く山々の模様をかたどり、床に敷き詰められている。
長椅子と長机が一つずつ、小さなタンスが二つ備えられているけれど、圧迫感はまるでない。
高級ホテルのロビーのような、ただ座っているだけで満たされる空間なのだ。
長机も白を基調として、象牙で手すりがつけられている。
もちろん、ふわふわのクッション付きだった。
王様に促されるまま、アリサを抱えて長椅子に座る。
どっしり深くではなく、先っぽに軽く腰を下ろすのだ。
「さて、もうそろそろ出発です」
王様も長椅子に、音もなく優雅に座る。
あまりに自然に隣に座ってきたので、私はぎょっとしてしまった。
「あ、あわわ…………」
「? どうかされましたか?」
「い、いえっ!」
盾の会では隣といっても前に鉄板、周りは宵闇、後ろに給仕がいる中だ。
焼き物に集中していたし、王様が気になったのは最初だけだった。
閉鎖している馬車だと、心の持ちようが違う。心臓の鼓動が、早くなるのだ。
どきどきしていると、小窓を開けたベルツさんが馬車の中を確認してきた。
「席につきましたかな? では出発しますぞぉ!」
ゆっくりと、馬車が浮かび上がるような感じがする。
てすりにしがみつくような私だったけれど、思いのほか揺れはない。
新幹線が走りだすような、滑らかな飛びはじめだ。
馬車の窓を開けてみると、ぐんぐんと広場が小さくなっていく。
私たちの横では、ペガサスの騎士たちがきっちりと脇を固めている。
なんとも幻想的で、私にはもったいない旅立ちだった。
「数時間おきに休憩はとりますが、まずは軽食でもいかがでしょう?」
そう言うと王様はタンスへと向かい、引き出しを開け始めた。
まさか王様自ら!? 止める間もなく、王様は準備してあっただろう皿を机へと置いていく。
薄紅のガラス皿には、乳白色のクッキーが乗っている。
鼻をくすぐる匂いは、バニラの香りだ。
しかも、単なるクッキーではない。薄いクッキーは二枚一組になっていた。
手に取らなくても、私にはわかってしまう。
きっと二枚の間に、隠し味が仕込んであるのだろう。
「……食べないの?」
むにっと、膝をつかまれ催促されてしまう。
小腹は確かに空いていた。
言われるまま、クッキーをひとつ手に取り、はむっと食べる。
クッキーは常温でも食べられて家庭で作れるお菓子だけれど、奥は深い。
まずバターとバニラの風味が、段違いだ。
口に入れただけで、噛む前に香り高さが広がってくる。
一口目には、ぱりっとしたクッキーの食感だ。
間には――ジャムだ。酸味があるブルーベリーが、二段構えになっている。
とろっとしたジャムが舌に絡み、クッキーと調和する。
くどいかもしれないバターの味を、うまく甘さで押さえているのだ。
砂糖に漬けこんだブルーベリーは、甘さと酸味を届けてくれる。
ちょっとだけ残った、ぷちっとした食感が焼き菓子にとてもよく合う。
サイズは、日本で売られているのと変わらない。
あっさり二口くらいで飲み込めてしまう。
食べたがってたアリサにも一枚、二枚と渡していく。
アリサも尻尾こそ振らないが、目を細め堪能しているようだ。
「飲み物もどうでしょう、上等のお酒がありますよ」
うぐ、またもお酒を……!?
王様は黄金色の小瓶とグラスを、取り出した。
笑顔の王様が勧める酒を、やっぱり断れる私ではないのだった。




