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後悔しない

3月11日夕方、高校へ向かう。

自分の靴箱も教室ももうない。事務室に、「卒業生です」と告げて入る。

国語科準備室へ向かう。

「失礼しまーす。福本先生」

西村さんが先生を呼んだその声に、若干の違和感を覚えながら、ついていく。

「お、西村。卒業おめでとう。もう高校が恋しくなったか。前川も一緒か」

「私たち付き合うことになりまして」

何のためらいもなく、西村さんが先生に伝える。僕は少し焦る。

「そうか。二人とも、向こうでも頑張れよ」

福本先生は機嫌よく、僕たちに祝いの言葉をいくつもくれた。

「立ち話もなんだからな、3組の教室行くか」

福本先生が、ほかの国語の先生のほうをうかがいながら、そう言った。

国語科準備室に着いたときからの違和感が、消えない。

教室に着いてから、福本先生と西村さんは、今後の展望を話していた。大学に行ったらやりたいこと、入りたいサークル、バイトの話……。

それを聞きながら、僕は違和感の正体にやがて気付く。

西村さんの声ではなく、その話し方に違和感があったのだ。

二人の会話が途切れたところで、僕はすかさず聞く。

「西村さん、話し方、おかしくない?」

「え、そう?」

「関西弁のイントネーションじゃない?」

「ああ、そうやね」

彼女がそう答えて、福本先生は声を上げて笑う。

「西村、今日がネタばらしか?」

「そうですね。今日まで気付かれずに頑張れました。もういいですかね」

二人の話についていけず、取り残されている僕。

「いいんじゃないかな」

先生がそう答えた。

すると西村さんは僕のほうに向き直り、

「前川くん、あなたは本当は、おいくつですか?」

と聞く。

「……え?」

「だから、本当の年齢は? あなた高校生じゃないでしょう」

「えっと……24歳……だけど」

「わたしも、同い年なんよ」

━━思考停止。

「驚きすぎて言葉も出ない感じだな」

「先生知ってたなら教えてよ! ていうか……いつから?」

「西村が黙っとけって言ったから、俺は言わなかった」

と福本先生が答える。

「前川くんは、一度もおかしいと感じなかったん?」

西村さんにそう聞かれ、思い当たることはいくつかあったが━━。

「普通そんな現実的じゃないこと考えないでしょ。むしろなんで西村さんは僕が24歳って……」

そこで福本先生と目が合う。

「待て、俺は言ってない」

「そうそう、先生は何も。わたしは前川くんから聞いたんよ」

「僕? 口滑らせた?」

「大阪で飲んだでしょ? 夏に」

「僕はその直後にこっちに来たんだけど」

「あの日、わたしに何と言ったか覚えてる?」

「えーっと、2回も振って、後悔してる、みたいなことを……」

声が小さくなる。

「それで、わたしはちょっと期待して、また数日後にあなたにメールをした。ところが、メールの受け取り主は18歳の前川くん。彼は自分に何が起こってるかさっぱりわかってなかった」

「やっぱり……。仕事大丈夫かな……」

「あ、安心して。ちゃんとできる子に育てておいたから」

「は?」

ますますついていけない。

「で、わたしは福本先生に連絡をしたのよ。前川くんが変なことになってるって。そしたら、〝向こう〟の定年間近の先生が、裏宇宙だろうって言うのよ」

「で、西村さんはどうやってこっちに来たの」

「前川くんに会いたいなーと思って寝て、朝起きたら実家よ。びっくりやったわ」

こんな怪奇現象が起こっているのに、西村さんはなぜか楽しそうに笑っている。

「18歳の西村さんは大丈夫なの」

「いつかこっちに飛ぶかもと思って置き手紙をしてきました」

彼女はキメ顔をしてピースサインを出している。

「戻ってくる意味あったか?」

「あったよ。わたし文化祭頑張れたし、前川くんもK大学合格したし」

「あ……」

━━そうだ、あの頃できなかった、いろんなことができた。

「じゃあいいか」

ありえないことをさんざん聞かされて疲れていた気持ちが、ふっとどこかへ消えた。しかし、僕は思い出す。

「……でも18歳の二人は? 戻してあげなくて大丈夫なのか?」

「戻れないんだよなあ、それが」

それまで黙って聞いていた福本先生が、残念そうに言う。

「一生に一度しかできないんだ。裏宇宙の移動」

「仕事……大丈夫なのか?」

「さっき大丈夫って言ったやん!」

西村さんが膨れる。

「あ、うん……」

関西弁で押されると僕は弱い。これからが不安だ。

「前川、後悔のないように、と伝えたね。君がこっちに来た頃に」

福本先生が優しく言う。

「はい」

「後悔してないだろう」

「はい」

「じゃあ、西村のこと、ちゃんと大切にしてやれよ」

「……はい」


それから僕たちは二人して二回目の大学生をやった。

卒業後、彼女は夢だった舞台の仕事に就いた。

僕も関西で就職し、やがて家族になった。

僕に、もう悔いはなかった。


やがて、高校教諭を定年退職した福本先生が、裏宇宙との交信を可能にした。

僕たちのもとに、一通のメッセージが届く。

6年後の日付の僕たちの連名だ。


━━2011年から2017年に飛んでしまったときにはどうなるかと思いましたが、結局そのことがあって、当時18歳だった私たちも、結ばれるに至りました。

初め仕事は大変でしたし、大学生活というものを送れなかったのは残念でしたが、こうして、本来なら結ばれることがなかったはずの人と結ばれたことについては、あなた方に感謝申し上げなければなりません━━


「やっぱり、意味のある移動だったんじゃないかな」

読んで、彼女が言う。

「僕もそう思うよ」


僕たちは、一生に一度しかできない、裏宇宙の移動を、もうしてしまったのだ。

普通、人は人生をやり直すことができない。

一度した選択はその人の一生を決める。

「後悔するようなことはしない」

これが、前川家の決まりとなった。

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