~一刀、恋姫達と日常を共にするのこと【拠点・五】
夜が明けて、太陽が姿を現し始める。日の光がどんどん村全体を照らしていく。
朝が来た事を感じ、村人達は目を覚まし、体を動かしていく。
こうして、桃花村に住む義勇軍の面々も同じく、いつも通りの日常を送っていく。
――――“ただ一人”を除いては…………。
【赤ちゃん大騒動!?前編】
居間にて、愛紗達は朝食の支度をしていた。朝食の準備も整い、いつでも食する事は出来るのだが、愛紗が一人だけこの場にいない事に気がつく。
「所で、一刀は来てないのか?」
「えっ?あ~、そういえば見てないね」
桃香も気がつき、ポンと手を叩く。
「まだ寝てるのかな?」
「まったく、仕方のない……」
瑠華がそう言うと、愛紗はため息をついて、席を立つ。
「ちょっと一刀を起こしに行ってくる」
「あっ、じゃあ私も行ってくるよ」
という訳で、桃香も愛紗についていった。居間を出ると、二人で廊下を歩いていく。
「姉上、別に私一人でもよかったんじゃあ……」
「えへへ、だって一刀さんの寝顔を見てみたいんだもん♪愛紗ちゃんだってそうでしょ?」
「あ、姉上!わ、私はそんな……」
「照れない照れない~♪」
桃香に不意をつかれ、図星だったのか、愛紗は顔を赤くしてしまった。そんな様子も可愛いと、桃香はにっこりと笑みを浮かべる。
そうしている内に、一刀の部屋まで辿り着いた。
「一刀、起きているか?」
コンコン、とドアをノックする愛紗。しかし、返事は返ってこない。
「はぁ、やはり起きてないのか」
「珍しいね。一刀さんが寝坊なんて」
「とにかく、あいつを起こしましょう。一刀、入るぞ?」
そう言うと、愛紗はドアを開けて入室する。桃香も後に続いて入る。
入った途端、二人は違和感を覚える。
「ん?」
「あれ、一刀さんがいない?」
寝台には、一刀の姿がなかった。
しかし、敷かれている布団やシーツが少しずれていたため、ここにいたのは間違いない。しかも、地面には彼がいつもきている白色の制服やらが散らかっていた。だが、姿はどこにも見当たらない。
「やれやれ、こんなに脱ぎ散らかして……」
ため息混じりに服を拾う愛紗。桃香もそれを手伝っていると、何かを見つけた。
「ん?何だろう、これ……」
「姉上、どうなされ…………」
桃香が拾った布。それを見た瞬間、愛紗、そして桃香は固まった。
拾った布、それは世間一般でいう“トランクス”という男物の下着だった。
数秒の後、それに気づいた二人は、瞬く間に顔を真っ赤にさせた。
「きゃあ~~~~~~!!」
「な、ななななななな~~!?」
「ど、どどど、どうして一刀さんの下着がこんな所に!?」
「わ、分かりません!ですが、これがここにあるという事は……」
二人は“危ない”事を思い浮かべてしまい、更に顔を紅潮させてしまう。
混乱している中、突如、布が擦れる様な音がした。それに気づいた二人は、音の方を向く。
「「っ!?」」
一刀の寝台の真ん中。その位置にある布団が、少し盛り上がっていた。おまけにモゾモゾと動いている。
「えっ、何……?」
「わ、分かりません……」
“小さな何か”を見つけ、動揺する二人。そして愛紗は、そ~っと寝台に近づき、布団の裾を握る。お化けじゃありませんように!という強い願いを込めながら、愛紗は一気に布団を引っ張り上げた。
「「………………………………」」
「……………………」
丸く幼い顔立ちに、黒真珠の様な無垢な瞳。小さな手足に薄い茶色の髪。
小さな“ソレ”と目が合った途端、二人の動きは停止した。
「…………………………へっ?」
「……赤…ちゃん……?」
「……だぶ?」
寝台の上に座っている一人の赤ん坊。服は着ておらず、裸のままだ。赤ん坊はキョトンとした表情のまま、二人を見ていた。
対して二人は……。
「「えええええええええええ!!?」」
愛紗と桃香が一刀の部屋へと向かっている間に、他の全員は先に朝食を食べていた。
「はぐはぐはぐっ!おかわりなのだ~♪」
「はいはい♪」
「じゃああたしも!」
いつもの大食いコンビが一気に大盛りのご飯を平らげ、紫苑は茶碗を受け取ってご飯をいれていく。
他の者達も、それぞれ朝食を食していく。
すると、廊下の方からドタドタと大きな音が聞こえてきた。しかも段々とこっちに近づいてくる。
一体何事だ!?と居間にいる全員が驚いていると、扉が勢い良く開かれた。
「み、みんな~~!!」
「た、たたたたたた大変だ~~!!」
愛紗と桃香は慌てた様子で入ってきた。突然の事で、他の全員は目を丸くしている。
「ど、どうしたんですか?そんなに慌てて………」
「しゅ、朱里……それに皆も聞いてくれ……」
「実は、一刀さんの部屋に入ったら―――」
「だぁ~~♪」
《………………えっ?》
二人の声に混じる幼い声色。よく見ると、さっきから桃香が小さな何かを抱いていた。それに気づいて見ると、その小さな何かも全員の方に顔を向けた。
「だぶっ」
《………………》
…………とりあえず、事情を聞く事にした。
~只今、説明中~
「―――で、その赤ちゃんが一刀の部屋にいたと……」
「うむ……」
桃香の膝に座りながら手遊びをしている赤ん坊。話を聞いた後、全員は赤ん坊に視線を向けながら、意見を出し合う。
「一体どこの子なのかしら?」
「そもそも、何故一刀の部屋にいたのだ?」
「さ、さぁ……?」
意見を出し合うも、謎は深まるばかり。
桃香は遊び相手となっており、赤ん坊もキャッキャッと楽しそうに笑っている。
「ほ~ら、高い高~い♪」
「あ~~♪」
「あばば~、【カズ君】は可愛いでちゅね~~♪」
「……かずくん?」
「あ、姉上、それはもしや赤ん坊の……」
「うん。一応名前位はつけてあげた方が呼びやすいかな、と思って」
「いや、勝手につけるのはどうかと……」
良くも悪くも自由な義姉に苦笑する愛紗。それに気づかず、桃香は尚も遊んであげている。
「ていうかさ、何でカズ君って名前なの?」
「う~ん……この子、一刀さんに似てるなぁ~って……」
《えっ?》
桃香の言葉を聞いた一同(主に女性陣)は、席から立ち上がり、間近で赤ん坊―――カズ君の顔を見つめる。
「……んんっ?」
「似てる……か?」
「でも、面影があるような……ないような……」
「う~ん、どうかな~?」
ジ~~ッとカズ君の顔を見つめる女性陣。言われてみれば、確かに何となく分かる気もする。といっても、微妙な所なのだが……。
「…………っ?えへへ♪」
愛紗や翠らに見つめられ、恥ずかしそうに笑うカズ君。その天使の様な笑顔を見せられ、女性陣は……。
《(か…かわいい……!!)》
ズッキューン!と心を射ぬかれていた。ほわわ~~ん♪とした空気が漂っている中、瑠華や昴は遠くで眺めていた。
「でも本当に誰の子なんだろう?」
「さぁな。しかし、殿の部屋で見つかった、というのも気になるが……」
「ところで、一刀さんは……」
「えっ?……あ、ああ、一刀の姿はどこにもなかった」
「今、完全に忘れてたよね?」
思い出したかの様に、愛紗が朱里の質問に答える。本来の目的を忘れてたな?と疑問の視線を向ける瑠華。
「んにゃ~、お兄ちゃんに似てるって事は、カズ君はお兄ちゃんの子供なのか?」
ふと、鈴々が呟いた。
「い、いやいや……流石にそれはないんじゃないかな?」
「しかし、この顔立ちといい、雰囲気といい、どこか殿を思わせるな……」
「す、昴まで……」
「じゃあお父さんがお兄さんなら、お母さんは誰なんだろうね?」
たんぽぽのその言葉に、その場の空気が固まる。そして、彼に想いを寄せる女性陣に、疑問の目を向ける瑠華達。
《ジ~~~~ッ…………》
「い、言っておくが、私ではないからな!?」
「わ、私も……まだ“そういう事”は、してないし…………」
「うむ……酒の勢いで、というのも考えられるが、産む事に関しては全く記憶にない」
「あ、あたしも違うぞ!?」
真顔でいる星以外の三人は顔を真っ赤に染めていた。どうやらこの四人はシロの様だ。続いては……
《………………》
「ん?私……?」
「四人が違うというのなら、紫苑さんしか……」
「ていうか、一刀が父親という前提なの?」
「残念だけど、私でもないわ。いつかお願いしようかな~……とは思っているけど♪」
《うっ……!》
頬を朱に染めながら、大人の余裕を見せる紫苑。その余裕を見せつけられ、愛紗と桃香は一瞬たじろぐ。
「じゃあ、お母さんは他にいるのか~」
鈴々の言葉と同時に、シ……ン、と穏やかな雰囲気から冷たい空気へと変わってしまった。しかも若干、殺意らしきものも感じる。寒気を感じた瑠華、昴。胡花とたんぽぽと朱里や香里も同様で、ビクッ!と肩を震わせる。
そして、恐る恐る後ろを振り向いた。
「一刀さん……お仕置きガ必要カナ~~?」
「ふむ……あまり妬く様な質ではないのだが、“隠し子”とはなぁ……!」
「あの野郎……とうとうやりやがったか……!」
「覚悟しておけよ一刀……この青龍偃月刀でその腐った性根を叩き直してくれる……!」
桃香の瞳には光が灯っておらず、星も顔は笑っているが、雰囲気はかなり危ない。翠も両手の指をポキポキと鳴らし、愛紗もどこから出したのか、偃月刀を手に怒りを露にしていた。
《ひいぃ~~~~~~!!!?》
四人の恐ろしい黒のオーラを感じ取り、瑠華達は恐れおののいていた。結果的に焚き付けてしまった鈴々はというと、
「んにゃ?何で愛紗達は怒ってるのだ?」
と、全然気づいていない。
璃々と壱与も怯えており、苦笑いを浮かべている紫苑の後ろに隠れている。
「ど、どうしよう胡花!?翠姉様達ヤバいって!!」
「ふぇぇ!?わ、私に言われても~……」
「はわわ、香里ちゃん、何か策は……」
「ひゃわわ…………ごめん、思い付かない」
女子側の武将や軍師達はお手上げな様だ。対して瑠華と昴も、どうすればいいかと動けずにいた。
「た、大変だ……殺気がここまで伝わってくるよ……!?」
「と、とりあえず落ち着いてもらわないと……このままじゃあ、本気でまずい」
そう思い立った昴は、意を決して戦地(という名の修羅場)に飛び込んだ。しかし、それは無謀な行為であった。
「と、とりあえず皆落ち着いて!何も殿が悪いとは決まった訳ではないし、根拠もなく決めつけるのは良くないかと―――」
ギロッ!と四人の修羅達の凍てつく視線が昴を貫いた。そのナイフの様に鋭い眼光に、思わずたじろぐ昴。
「昴よ……お主は何を甘い事を言っている……?」
「あ、いや、その……」
「一刀さんはね?ああ見えて結構女たらしな所があるんだよね~……」
「は、はぁ……?」
「根拠も何も……あいつならやりかねないんだよ……」
「し、しかし、少しでも信じてあげるとか―――」
「口説いぞっ!!」
「いっ!?」
ダンッ!と石突きを地面に叩きつける愛紗。かなりの音で、昴だけでなく、瑠華達も思わず目を瞑った。
「これは我々の問題だ……口出しはしないでもらおうか……」
「我々の問題って……それなら俺達も参加した方が―――」
「「「「まだ何か?」」」」
「何でもございません」
《昴[君]!?》
「壱~~与~~…………」
「兄様、ヨシヨシ」
怒気に押され、やむなく昴は撃沈された。そして癒しの存在である妹に頭を撫で撫でしてもらっている。
「駄目ですね……一人壊れてしまった」
「次……誰が行きますか? 」
《………………》
「……えっ?えっ?……僕っ!?」
ジ~~ッと見つめられている事に気づき、瑠華の顔から血の気がサァーッと引いた。うんうん、と頷く女子達。
「いやいや無理無理無理!!」
「無理じゃない!男なら根性みせろー!」
「もう瑠華君しかいないんです!」
「生け贄になれっていうの!?」
右にたんぽぽ、左の腕を胡花に掴まれ、身動きが取れない瑠華。逃げ出そうとするも、仮にも相当な手練である二人の拘束を振りほどく程の力はなかった。
「ちょっ、朱里!香里!何とかしてよ!」
「……軍師たるもの、時には残酷にならなければなりません」
「それが例え……尊い犠牲を払ってでも」
「単に何の策もないだけでしょ!?」
「「ご想像にお任せします」」
「予想通りかあああ!?」
次の犠牲者は瑠華……になるかと思いきや、
「…ぅ……ぅぅ……びえぇ~~~~!!」
大人しくしていたカズ君が急に泣き出した。そりゃあ、これだけの殺気に囲まれたら普通泣き出すのが当然だ。それを見た四人から覇気が消え、オロオロと狼狽え始めた。
「えっ!?あっ、えと、よしよ~し……」
「や、やべぇ……」
「ど、どうしたら……」
〈はい、四人共そこまで〉
タイミング良く四人の間に入る紫苑。動揺している桃香からカズ君を受け取ると、優しく抱き上げた。
「よしよし、もう大丈夫よ~。怖くない怖くない♪」
「ひぐ……ぐす……」
慈母の様な微笑みと優しい声により、カズ君の嗚咽は段々と小さくなっていき、最終的には泣き止んだ。
その数瞬の出来事に、他一同は茫然としていた。
(す、すごい、紫苑さん……)
(流石は璃々ちゃんのお母さんだ……)
(経験者はやはり違いますね……)
母は偉大なんだな……、と心の底から感嘆する瑠華達であった。
「愛紗ちゃん達も、怖がらせちゃ駄目でしょ?」
「ご、ごめんなさい……」
「面目ない……」
「わ、悪ぃ……」
「本当、申し訳ない……」
桃香と星、翠や愛紗も反省したらしく、それぞれカズ君に謝罪する。カズ君を抱き抱えたまま、紫苑は今後の方針について述べる。
「一刀さんの行方と、この子のご両親を探す。この二つが、今私達がやるべき事ね」
「一刀はまあ、一人になってもまず心配はないと思うけど……」
「問題はその子ですよね……」
う~ん……、と皆一同頭を悩ませる。思考している中、口を開いたのは桃香だった。
「みんな、ここでじっとしていても、何にもならないし、取り敢えずはこの子の世話も兼ねて、お父さんとお母さんを探す方向にしませんか?」
「……ええ、そうですわね」
「じゃあ、それでいこうか」
桃香の意見を聞き入れ、全員で赤ん坊の両親の捜索、そして世話をする事に決定した。
「それではまず、服を用意しないといけませんね」
「なら、璃々が小さい頃に着ていた服がありますから、それを着せましょうか」
カズ君が裸であることにようやく気づいた一同。紫苑は衣服を取りに、部屋を後にした。
「だ~ぶ~♪」
「お~よしよし♪」
「君って事は、男の子か」
「うん、その……“付いてた”し……」
「え、ええ……」
目にしてしまった時を思いだし、少し頬を染める愛紗と桃香。そして今度は翠がカズ君の相手をしていた。もう少し焦るかと思いきや、これが意外と普通に戯れていた。
「よ~しよし、どうだ~~?」
「だ~~♪」
「ほう、翠。手慣れているのだな?」
「まあ小さい頃、たんぽぽの世話してた事もあったからな。すんげぇやんちゃだったのを思い出すな~」
「ちょっ、翠姉様ったら~!」
恥ずかしい思い出を語られ、たんぽぽは珍しく顔を赤くして、ポカポカと翠を叩く。
「ははは、ほ~ら高い高―――」
びちゃっ、と翠の顔に生温かい液体がかかった。高く抱え上げたカズ君は、すっかり気の緩んだ表情となっている。
「あっ、やっちゃった」
「って、ちょっ、うぉわあっ!?」
「翠、私が預かろう」
星は素早くカズ君の脇を抱き抱える。お漏らしをもろに受けた翠は、服もびっしょりと濡れてしまった。
「うえ~……やられたな、こりゃ」
「翠さん、とりあえず着替えた方が」
「ああ、悪いな胡花」
上着を脱ぎながら、胡花に連れられて部屋を出る翠。
「はっはっは、武将の顔面に堂々と漏らすとは、中々やるではないか」
「あう~……」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ星」
地面に飛び散った尿を拭きながら、呆れている瑠華。丁度、紫苑も衣服を持って戻ってきた。
「みんなお待たせ~……って、何かあった?」
「はい、そんな感じです」
壱与に慰められて復活した昴が紫苑に状況を話す。その内容に苦笑すると、赤ちゃん用の服を取り出す。だが、その前に。
「ええっと……こうか?」
「そうそう。 そこに布を通して、ほら出来た」
「ここをこうして……ふぅ、何とか」
まずはおむつを履かせなければならない。紫苑からのアドバイスを受けながら、愛紗はおぼつかない手つきで何とか出来た。それから紫苑の手も借りて、カズ君に衣服を着せていく。
白を基調とした肌着で、カズ君はぴったりと着こなしていた。
「きゃ~~、可愛い~~♪」
「璃々も璃々も~~♪」
「私も~~……♪」
「こらこら、落としちゃ駄目よ?」
「「「は~~い」」」
あまりの可愛さに、桃香は思わずギュ~~ッと抱き締めている。特大の胸で赤ちゃんが潰れないか心配な所だ。璃々と壱与も交代しながら、桃香から渡されたカズ君を離さない様にしっかりとだっこしている。
「そういえば、縁さんは?」
「縁さんなら、庄屋と一緒に隣町へ用事を済ませに行ってます」
瑠華の疑問に、香里が答える。
縁は名のある書家でもあり、彼の書や芸術品を欲しがる者は山ほどいる。今回は庄屋の知り合いからの頼みという事であり、今はこの場にいない。
二人で話していると、グゥ~……と腹の虫が鳴った。音のした方を見ると、カズ君が曇った顔をしていた。
「むぅ~~……!」
「もしかして、お腹空いたの?カズ君」
「多分、そうだろうね」
「じゃあ、おっぱいをあげるのだ!」
またまたとんでも発言をする鈴々。思わずずっこけてしまう鈴々以外の全員。
「り、鈴々ちゃん、誰もおっぱいなんて出ないわよ……?」
「ん?そうなのか~?」
苦笑いをしている紫苑の言葉に、首を傾げる鈴々。台所にある材料を用いて、離乳食を作る事を提案する。
「さて、カズ君のご飯をパパっと作っちゃいますか」
「じゃあ、私も手伝います」
「お手伝い致します、紫苑さん」
「朱里ちゃん、香里ちゃん、ありがとう」
紫苑のご飯作りに協力する二人。それを見た一人の少女も挙手したが、
「あっ、じゃあ私も―――」
《それは駄目!!》
「な、なんで~~……!?」
桃香の参加に全力で反対する全員(特に瑠華、昴、たんぽぽ)。因みに言うと、桃香は自分が“殺人兵器”を作り出している事に全く自覚を持っていない。こちらが言うべきなのだろうが、彼女の気持ちを考えると、中々……。
愛紗と瑠華、昴、たんぽぽとが桃香を宥めている間に、紫苑達は台所へと向かった。
こうして、尊い命が散る結果を免れたのであった。
星はというと、
「ふむふむ、お主は将来良い男になるだろうな。私が保証してやろう」
「だぁ?」
ゆりかごの様に揺らしながら、腕の中にいるカズ君に優しく微笑みかける星。クールな印象を持ちつつ、母性に溢れた笑顔だった。柔らかい頬をつんつんと突いたり、髪に指を通し、頭を撫でていた。
(私もいつか……こういう幸せを掴む時は来るのであろうか……)
自分の好意に中々応えてくれない彼の事を思い出しながら、星は微笑を浮かべる。
(それにしても、この子は本当に一刀に似て―――)
「たぁ~…………かぷ」
「くぅ!?」
頬を突っついていると、カズ君が小さな手で星の細い指を掴み、口にくわえた。そのままチュ~ッと吸われ、背筋に電気が走る様な感覚に襲われる。
(こ、これは……!絶妙な舌使い……程よい吸引力……い、いかんいかん……このままでは…………く、癖に―――)
〈おいコラッ!〉
「あだ」
身悶えていると、後ろから軽く頭にチョップされた。振り向くと、寝間着に着替え、髪を解いた状態の翠が立っていた。
「ったく、赤ん坊相手になぁにやってんだ!」
「何も叩かなくとも……。翠、やっと着替えてきたのだな」
「軽く水浴びてきたけどな」
「そうか。で、胡花はどうしたのだ?」
「ああ。ここに来る途中、紫苑達と会ってさ。胡花は紫苑達の手伝いをしてるぜ?」
そう言うと、丁度、紫苑達三人と胡花が離乳食を盆に乗せてやって来た。
「は~いカズく~ん♪ご飯の時間ですよ~~♪」
メニューは三品。ごく普通のお粥で、中には溶き卵が混ぜられている。もう一品は、胡花が畑で育てた野菜をすりおろしたもの(材料としては胡瓜、人参など)。最後は同じく畑で育てた果物、苺を潰したもの。
「はい、今度は胡花ちゃんがカズ君をだっこしてあげて」
「ほら、抱いてやれ」
「は、はい」
紫苑から言われ、星からカズ君を渡される。プニプニとした感触に、可愛らしい顔を見て、胡花は思わず笑みを浮かべる。
(ふぁ~~、かわいい~……♪)
「えぇ~、たんぽぽもだっこしたいなぁ~」
「順番順番♪ね?」
胡花は椅子に腰掛け、カズ君を膝の上に座らせる。卵粥の器を手にした朱里が、匙で掬い、カズ君の口へと運んでいく。
「はいカズ君、あ~ん♪」
「あ~~……む♪」
モグモグと頬を膨らませて口を動かす。まるで小動物のリスの様だ。そんな姿にもメロメロな一同。
「じゃあ苺を。はい、どうぞ」
「かぁぷ♪」
今度は香里が食べさせる。カズ君は食べた途端、少し酸っぱそうな表情を表す。幼児の舌にはまだ早かったのだろうか。
「あらら、ちょっと酸味が強かったのかしら?」
「少し薄めれば良かったかもしれませんね」
「はいはい!次はたんぽぽがやるよ」
勢い良く挙手するたんぽぽ。野菜の入った器を持つと、二人と同じ様にスプーンでカズ君の口元に持っていく。
「ほいカズ君。あ~んして、あ~~ん♪」
「…………ぷいっ」
「……あれ?ほ、ほら、あ~ん」
「むぅ~~、やっ!」
「あちゃ~……お野菜は駄目なのかな?」
「うぅ、丹精込めて作ったのに……」
「まあまあ、胡花ちゃん。元気出して」
口をキュッと閉じて、顔を背けるカズ君。どうやら野菜が苦手な様子で、たんぽぽは困った表情を見せる。野菜を育てた者としては残念な気分になる胡花を香里が慰めている。
「………………」
その様子を見ていた鈴々。すると、スプーンを手にとり、野菜が入っている方を食べた。
「あっ、おい鈴々!」
「なにやって―――」
「おいしいのだ~~♪」
愛紗と昴の制止を聞かずに、やや大袈裟なリアクションをとる鈴々。突然の事に、周りの皆は目を丸くしていた。
「胡花の野菜はと~~ってもおいしいのだ♪これならいくらでも食べられるのだ!あむあむ♪」
「………………」
「カズ君も食べてみるのだ。あ~~~~ん♪」
見せつける様に、わざとらしく振る舞う鈴々。笑顔を浮かべながら、カズ君に食べさせようとする。尚も口を閉じているカズ君。
しかし、その口元が段々と、緩み始めた。
「……………………あむ」
《(食べた……!?)》
「もぐ……もぐ…………」
《(………………)》
「……ん、まぃ♪」
さっきの嫌がっていた様子が嘘の様に、カズ君は可愛い笑顔を見せる。えへへ~♪と得意気に笑う鈴々。あまりに珍しい行動に驚くが、桃香と愛紗は、そんな妹のささやかな成長に微笑ましく感じていた。
この子も少しずつ成長しているのだな、と…………。
その行動のおかげか、カズ君はあっという間に三品を平らげた。
「……んっ…………」
「あっ、カズ君……」
「お腹がいっぱいになって、眠たくなったんだろう」
「そうね。じゃあ、部屋で寝かせてあげましょうか」
小さな欠伸をするカズ君。それを見て、愛紗は抱き上げると、一刀の部屋に連れていった。
部屋の寝台へと着いた時には、既にすやすやと寝息を立てていた。その小さな体を寝かせ、布団をかける。
「おやすみ……」
「んぅ……」
眠っている幼子に向けられたその微笑みは、心優しい母性愛が詰まっていた。髪を撫でると、愛紗は扉をゆっくりと閉め、その部屋を後にした。




