第44話 変化
強い光を浴びて目を覚ますとツキノが目をまんまるにして驚いていた。
ツキノの尻尾は一本へってミツマタになっていた。
「私が巫女ポジションだったみたい。ただし、鎮魂なんかしない」
私の言葉に三人は目を開けた。
「和美っ! お前その耳! 尻尾!」
「ん? 耳? 何?」
私は手を耳にやる、短い毛のような感触がした。
「え?」
「お前、耳と尻尾が猫になってるぞ!!」
「えええええええええ!?」
エルの出してくれた水たまりに姿を映すと見事に猫耳の私がいた。
耳を引っ張ってみるとちゃんと痛い。
尻尾もあるんだよな。猫又と違って一本だけど。
ズボン破けちゃった……。
うわあ、どうしたらいいんだ。
あ、あとで力を返したらいいのかな?
「っということで巫女の力を借りたんだよ」
説明するとエルは怪訝な顔をした。
「なかなかどうしてそんな発想になるかな」
「とりあえず、魔王を殴りに行く」
「物理攻撃かよ!」
「あの、魔王をあんまりいじめないで」
ツキノが控えめに発言した。しかしそれは却下だ。
行動には責任が発生する。彼は行き過ぎた。
みんなを不幸にするのは彼にとっても不幸だ。
歴代巫女たちの像は輝きを失っていた。その裏側がここからの脱出口だ。
私はごくりとつばを飲み込んで階段を上り外へ出た。
いよいよこの先は魔王との対決だ。
広間の二階に出た。私は柵に足をかけて皆に言った。
「みんなはここにいて」
「でも」
ユキちゃんが心配そうにしている。私は危なっかしいもんね。城の前でも助けてくれたし。
だけど、今回はそうはいかない。
「ユキちゃんは私が帰るのに必要なんだから、絶対近づかないで」
「援護は任せろ」
「誤爆しないでよ? とりあえず一人でやってみるから、危なかったらお願い」
エルはニヤリと笑った。肯定の意味だろう。
「じゃあ、行ってきます」
「がんばれよ」
デリックが真剣な顔で言った。
しゅたっと魔王の背後に降り立つ。前よりも身軽になっている気がする。
「おまえは……しかしその姿?」
振り返り首を傾げる魔王は何かを疑うようだった。
「やあ。戻ってきたよ。鎮魂の巫女の力を継承した異世界の勇者、小桑和美。あなたを何とかしに来たよ!」
魔王は鎮魂の巫女と聞いて表情を和らげた。
「ほう、ボクにどんな奉仕をしてくれるのかな?」
あくまでも強気のようだ。
私はふと、あの人を思い出した。
そうだ、こんな時にはこの香りが合う。
『香れ 母の香り』
魔術がいつもより強く素早く出る。
甘いような思い出の香り。
子供のころ嗅いだ懐かしい香り。
「なるほど、これが勇者の魔術……それでいいんだ」
魔王は口元が緩んだ。
私は魔王に手をやった。
長毛の毛が柔らかくいかにも子供然としている。
さてと、ジャブをいれますか。
私はむんずと魔王の首根っこをつかんだ。一発後頭部を殴る。
『ヤメロ! 誰カヤメサセロ!』
魔王は人を操る発音で命令したが、城内にいる誰にも効かない。事前にほのかにミカンの香りを皆の腕に付けてきた。操られそうになったら気付けに嗅いでもらうのだ。
ツキノから聞いて、魔王は信用のおける人物……今はツキノだけだ……以外城内に入れることはほとんど無いらしい。
首の皮を持ち上げると魔王は両足とも同じ形にして固まる。うまくいったようでおとなしい。
さすがの魔王も習性には勝てないようだ。
よし。
「よしよし、いいこだ『範囲は鼻 香れ特濃ミカンミントミックスの香り』」
私は反対の手で魔王の耳を引っ張りながら呪文を唱えた。
魔王は固まったまま動けない。
「うグッ臭い」
「さあ、なんでこんなことしたか言ってみな」
「畜生、すべてが憎かったんだ。ボクを邪険にして。たかが、毛の色が違って尻尾が五本だからって! 世の中なんて壊れちゃえばいいんだ。みんなボクの言う通りにすればいいのに」
「バカ!!」
魔王の耳に向かって私は叫んだ。
「あんたのせいでどれだけの人が傷ついたか。死んだ人もいるかもしれない。あんたは寂しくって悲しいかもしれないけれど、傷ついた人達も辛くて悲しいんだよ!」
気づけば私は怒りながら涙を流していた。
思い出すのは初めて泊まった宿の主人、ゆがんだ思考を持ってしまった神殿、ナシルサの人達、ご主人が行方不明になった子供を抱える母親、旅の道中出会った人達のこと。
魔王によってもっともっとたくさんの人達が傷ついた。
「違う、もともとみんなが持ってた感情だ」
魔王が言い返してきた。
「あんたが増やしたんでしょ! あんたの存在がみんなを不安にした」
「だって!! 寂しかったんだ」
魔王は涙を流した。
「寂しいなら最初から言いなよ。バカ。わかんないでしょ」
「言ったもん、誰も聞いてくれなかった」
「嘘だな。少なくとも巫女は話を聞いてくれたでしょう」
「だって、巫女は家族じゃないもん」
「バカ! 家族は、血のつながりだけじゃないんだ」
私はアカトラのことを思い出した。彼は血縁には恵まれなかったけれど、兄弟子と本当に兄弟のようにしていたと言っていた。
「さみしかったんだもん」
「嘆くより楽しいことをすればいいんだ」
「楽しいこと?」
魔王は首を傾げた。
ひょっとして彼は楽しいとかそういった事が一切わからないのだろうか。
「そう。寂しさなんか吹き飛ぶこと。遊べばいい」
魔王は固まった。
私は耳を話して袖で涙をぬぐった。
「あんたにも損なんだよ。皆が悪く思うようなことしたら。大人になりなよ」
「でも、もう取り戻せない。普通の猫又には戻れない」
魔王はシュンと耳を下げた。
こうしていると、ただの子猫だ。
「今操っている人は元に戻せる。君の力を使えば私も元の世界に戻れる」
「でも」
私が手を放すと黒い子猫はへにゃりと座り込んだ。
「償いがしたいなら、死んでみる……とか」
「え?」
私は他に思いつかず発言してしまった。シーンとした場内に私の声が響いた。
「勇者様!!なんてことを言うんですか!」
元巫女のツキノの絶叫が聞こえる。彼女は二階からそろりそろりと壁を伝って降りてこようとしている。
「こんなに思ってくれている人がいるんだ、あんたは一人じゃない」
「ツキノ……」
「魔王」
二人の話を聞くと魔王は死ぬことすら簡単ではないそうだ。
まだ魔王と呼ばれる前、何度か自殺に失敗していたらしい。
なるべくしてなったのか。
なんとなく見た二階。
ユキちゃん心配そうにしている。
確か勇者は魔王の力を奪って帰る……か。
ツキノはそういえば巫女の力を失ったら尻尾の数が減った。
「魔王の力を奪う……と尻尾が減るかな?」
尻尾さえ少なければ魔王と気付く人はあまりいないのでは?
しかし、魔王は寂しいとまたこの事態を繰り返さないとも限らないし、ツキノは寿命が近い。
誰か……う~んそれよりも……いい方法は……
あった。確実で、いい方法が。
「魔王あんた、私のいた世界に……私んちに来る?」




