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第19話 大薬術師サビヲ

 大薬術師がいるのは、王宮の中にある研究療養施設だった。

 王宮の外に王立病院はあるのだが、患者が王族ともなると他の一般市民と一緒というわけには行かなくなる。そういった事態ための施設らしい。最先端の薬術を施すための研究施設をかねているらしい。


 私たちが向かうのは研究施設部分の客室。施設自体は王宮にしては質素だけれど、衛生のためというのもあるのだろう。施設に入るとツンとしたアルコールと、甘いような薬くさいような――例えるなら、のど飴に近い匂いがした。


 案内の人が「こちらです」といって一室の前で止まり、入室を促した。


「はじめまして。ヤー・サビヲです。お会いできて光栄です。同じ苗字の薬術師も多いのでサビヲとお呼びください」


 濃い茶白縞の猫又が落ち着いた口調で言った。彼は口元から下が白く、鼻は茶色なのだけれど、まるで絆創膏か何かを貼ったかの様な形に白く色が抜け落ちていた。


「小桑和美です」

「遅かったじゃないか。待ちくたびれたぞ」


 いつからいたのか知らないが、客室室のソファにはすでに、三毛猫又のエルが腰をうずめ尻尾を揺らしていた。


「殿下は好奇心が旺盛でらしゃいますからね。お話されていたのでしょう?」

「ええ」


 サビヲ先生も王太子殿下の質問攻めの経験があるらしく


「それを見越して私もさっきまで論文の見直しをしておりまして」

とちょっと苦笑いをしていた。


「それはさておき、マタタビだ。マタタビ。サビヲ先生は持っていないそうだ」

「ええ。残念ながら。やはり、現地に採りに行くしかないでしょうね。ハルツ薬店の店主に頂いたという紹介状に私もサインをして、手紙を渡しますね。お役に立てなくて申し訳ない」


 サビヲ先生は頭を下げた。


「いえいえ。王国一の大薬術師さまのお墨付きなんて心強いです」

「マタタビの取れるナシルサ町の薬屋ヤー・キズヴァンというのは私の弟ですから、よろしく言っておいてください」

「サビヲ先生は一緒には来れませんか?」


 私がそう聞くと、サビヲ先生は残念そうに


「私は現在国王陛下のご病気の担当でして。手が離せないのです」


 この世界で薬術師とは内科医に近い存在である。魔術で怪我を治すのが聖職者。魔術で病気は治せない。だから、薬術というものがあるのだ。国王が病気の今、近場にいるのだから最高の薬術師が担当するのは当たり前のことだった。


「そうですか。無理を言ってすみませんでした」

「いえ、代わりといってはなんですが、旅に必要そうな薬を用意したので持っていってください。私の家族も何人か魔王に操られてしまっていて、勇者様には期待しているのですよ?」

「期待に添えるか不安ですけど、やるだけやってみます。私も人生がかかっていますから!」


「ところでマタタビは中毒にこそなりませんが、多用は厳禁ですよ?長時間使用すると副作用として、一年近く不感症になってしまうのです。まぁ、魔王を倒すためならその辺は関係ないのかもしれないですが」

「不感症って何ですか師匠?」


 ジプチがたずねるとデリックは

「子供は知らんでいい!」

と赤くなって怒鳴った。



 私たちはエルと別れてようやくデリックの研究施設に戻り、それぞれ自分の部屋に落ち着いた。

 あたりはもう真っ暗だ。

 サビヲ先生の所をおいとました後、宴会をするだのもてなしますだの言われ、一通り断ったものの、「お風呂にはいれる」という言葉に私がうっかり喜んでしまったが最後、体を侍女の方々に服は脱がせられるわ、体を洗われるわ、途中から王女が入ってきて話しかけられるわ、でてんやわんやだったのだ。


 おかげで髪の毛はさらさら、垢を落として気持ちが良かったものの、すっかり気疲れしてしまったのだった。

 ちなみにジプチもふわふわになっていてぐったりしていた。つい、触りたいな、なんて思ってしまった。しかし、言葉が交わせる相手をなでるのは、なんとなく気恥ずかしいのでやめておいた。


 謁見も終わったし私の旅立ちは近いだろう。


 私はよっぽど疲れていたのか気付いたら、うとうととまどろんでしまった。

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