第18話 王族への謁見
一週間後、王族への謁見の日取りが決まった。
私は侍女長の教えを守り、筋トレしながらの作法の復習とニャングリラ世界の常識の勉強、相変わらず身体強化の他はニオイしかでない魔術の利用方法の開発と訓練に励んでいた。
侍女長の仕込みを経て私は体質まで変わってしまったのではないか、と思うくらいすこぶる体調がいい。普通あんなシゴキを受けたら白髪が増えそうなものだけど、元が運動不足だったからか便秘もなおり、肌の調子も良くなった気がする。
鎖帷子を着れるほどの筋力向上は無理だったけれど、なんとかこのあいだ決めた装備で長時間動くことは、できそうである。
謁見の直前、その日の昼食もまたシマダさんのデリバリーだった。
こちらの食べ物にもだいぶ慣れたもので、すっかり私の数少ない楽しみの一つになっていた。
本日のメニューは温かい魚介のスープ、野菜サラダ、蒸かしたジャガイモだった。
いまの季節、メェオ王国の首都カォマニヤは、太陽が出ていないときと出ているときの寒暖の差があるので、曇りの今日はスープの温かさがうれしい。
猫又族はアツアツのものは食べられないとしても、猫舌、というわけではないらしい。アツアツのものを好む民族は人間でも少ないのだから、種族によるものではないのだろう。
デリックはスープを口に運びつつ、
「午後からの謁見、あんまり緊張せずに気楽にな」
なんてアドバイスをしてくれたが、多分無理だ。
何せ王族なのだ。地位としては日本の総理大臣なんて比じゃないと思う。だって生まれながらにして、国の運営にかかわる使命を持っていて、死の間際まで国を動かす存在なのだから。
私は謁見のための服装に着替え、デリック、ジプチとともに迎えの人についてゆく。商店街を通り広い公園に出たかと思ったら、そこに転送の魔術を施した魔法陣があった。なんでも、王宮までは距離があるため転送陣を普段から使っているらしい。
転送陣は上に乗り迎えの人がぶつぶつこの国の言葉とも違うような呪文を唱えると作動し虹色の光を放った。エレベーターのような独特の浮遊感がある。
数分後、若干乗り物酔いをしたような気分を持って私たちは王宮に着く。
外観はまさに王宮。広いってもんじゃない。私の通っていた地方大学の五十倍くらい大きい。なんでもさまざまな政治機能を持った建物が総合的に建てられているとか。それでも足りないので今も増築されているとのことだ。
中でもひときわ目立つ金ぴかの建物、そこが王族の居所らしい。
いくつかの転送陣をどんどんたどって、まるでゲームのダンジョンの様な気分を味わいながら、ようやく謁見の間に到着した。
金の地に色とりどりの宝石の装飾がされている豪奢な空の玉座、ずらっと並んだ衛兵らしき鎧を着込んだいかつい猫又たち。
石造りだが磨かれて鈍い光沢を放つ床に、凝った紋様の敷物が敷かれている。思わず土足をためらってしまうような、毛の長さと歩き心地。
私とデリックとジプチはひざまずき、頭を下げる。
このあと王たちが入ってくる。声を掛けられるまで頭を上げてはならない。私の緊張はピークに達した。
失敗しないように、変な顔にならないように、私は必死で顔の筋肉に信号を送った。
「国王陛下、王太子殿下の御成り~」
「異世界の勇者よ、よく参った。面をあげよ」
謁見の間に良く通る声が響いた。私はそのままの体制で顔を上げる。
玉座には薄茶の長毛、青と黄色のオッドアイの猫又、隣には召喚の際に見かけた白い長毛の猫又がいた。彼もやはりオッドアイである。
どちらも細かい刺繍をしてある高そうな生地の服をまとっている。威厳がまるで目に見えるようだ。
メェオ王国の王族は代々青と黄色のオッドアイであること、尻尾が四本のヨツマタであることが絶対条件となっている。他にも白色、短毛であることが好ましいらしい。親近者との結婚や同じような容姿の者との結婚で保たれてきた伝統らしいけれど、何百年と続くうち保つのも容易ではなくなっているそうだ。
「この国をいや、この世界を救うという大役頼んだぞ。私は所用のため早々に退席する。あとは太子に任せる」
王はそう言うとゆっくりとした足取りで奥へと戻っていった。
私は頭を下げた。
王は病気療養中だったらしいのだが、毛艶の他はほとんど動作などにも弱った様子は見受けられなかった。これが王というものなのだろうか。
「三者とも面をあげよ」
私は再び顔を上げ王太子の方を向く。デリックたちも顔を上げたようだ。
「勇者よ、名は?」
「小桑和美と申します」
「年は?」
「18です」
「出身は」
「日本とよばれる国、こちらとはちがう世界のものです」
王太子はいくつか簡単な質問をした後、表情をきわめて真剣なものにして
「和美よ、救世の勇者として尽くしてくれるな?」
有無を言わせない断定の言葉を発した。
「できるかぎり」
私はそう答えた。答える他なかった。
そのあとは儀礼的な紹介などをおこない、王太子は退席。私たちも謁見の間を案内の人に促されるまま後にした。
ここまでは侍女長に教わった通りの流れだ。
RPGかなにかのように、聖剣を渡されるとか金品を賜ることはなかった。旅立つ前に必要経費をもらったり、ということはあるが書面他で済ますそうだ。
重要なのは『勇者が召喚されて魔王を封印する手立てを手にいれましたよ』という王宮内へのアピールなんだとか。
客人を泊めるような洗練された調度品のある一室に通され、案内の人が出て行く。一時的に三人だけになると、ふうっ、とひと息をついた。
「きんちょうしましたね」
ジプチは、なんだかたどたどしい言葉遣いになりながら言った。
「表立った部分は終わったが、まだ、本番はこれからだぞ。殿下は好奇心旺盛だからな。私が初めて王宮を訪れたときはここから二時間質問攻めだった」
デリックが記憶をたどりながら苦い顔をする。
……マジですか。
さっきまでなら、礼法に則っていけば問題は無かったのだが、ここからはアドリブ。ただでさえ緊張するのにめんどくさい。胃が痛くなりそうだ。
デリックの話のとおり、私は王太子から質問攻めにあった。
「家族は?」
「両親と兄が一人」
「学校はどんな建物なのだ?」
「しかくいですね」
「食べ物はどんな感じなのだ?」
「主食は米で、肉魚などをメインに野菜なども食べます」
「みんなひげがないのか?」
「一部の男性以外はだいたい生えないか剃っています」
他にも政治、建物の感じ、動物、などなど。あまりにも詳しく聞いてくるので、うまく表現できない自分の語彙力の無さを恨みそうになった。
猫を飼っていたと、言ったら王太子は不思議そうな顔をした。
猫はこの世界では猫又に劣る生き物で、興味を持って飼うような者はあまりいないらしい。野生の猫は山奥にいたりもするのだが、見かけることも少ないらしい。
徳を積むと猫又になれる、とも言われているのだが、もと猫だ、と公言するものはいないのだそう。
殿下はまだまだ聞きたいことがあるようだったが、部下に「時間です」と言われ、謁見は終わった。
私は緊張の二時間半をすごし、さっさと研究施設に帰りたかったが、この後大薬術師に会う約束をしているので、また案内の人に連れられ、魔法陣を乗り継いで向かうのだった。




