プロローグ
初作品です。
試行錯誤しながらやっていくつもりです。
暖かい目で見守っていただけると幸いです。
よろしくお願いいたします。
山のような巨大な亀が、こちらへ歩いていた。 甲羅の頂は土煙の向こうに霞み、その全貌を見渡すことさえ難しい。巨木のような脚が持ち上がり、大地を踏む。そのたびに地面が震え、砕けた石が跳ねた。
産厄のゼルモア。
九年前、未開地の辺境に現れ、幾つかの村を壊滅させた後、奥地へ姿を消していた災害級の魔物だった。再び現れた今、その進路にはヴァルガルド帝国の領地がある。
巨体が通れば、森も村も踏み潰される。だが、帝国軍が恐れていたのは、その大きさだけではなかった。
背を覆う甲羅には、無数の割れ目があった。そこから、魔物が湧き出していた。
爪が覗き、牙が現れ、形を得た獣が次々と地上へ落ちる。先に生まれたものを押し退け、踏み越えながら、群れは防衛線へ殺到していた。
その最前線で、少年が剣を振るっていた。
飛びかかってきた魔物へ、一閃。刃から放たれた魔力を帯びる衝撃波が、幾体もの魔物をまとめて薙ぎ払った。小柄な身体からは想像もつかない威力だった。
しかし、視界が開けたのは、ほんの一瞬だった。再び群れが隙間を埋める。少年が倒した数を上回る魔物が、その間にも甲羅から這い出していた。
「防壁を維持しろ!ここを抜かせるな!」
背後から指揮官の声が飛ぶ。
傾きかけていた土の壁がせり上がった。魔物がぶつかり、爪を立て、その上へ後続が積み重なる。
壁の向こうで、ゼルモアの前脚が持ち上がった。
「下がれ――!」
防壁が砕けた。石と土が宙を飛び、退却を呼びかける声が轟音に呑まれた。
少年は駆け出していた。群れを切り裂き、崩れた壁の向こうへ飛び込む。
瓦礫の隙間に、見覚えのある腕があった。出撃前、彼の肩を叩いてきた手だった。
すぐ近くで、別の兵士が呻いた。まだ動いている。少年は屈み込み、身体を押さえていた瓦礫を退けた。引き出した兵士を駆け寄ってきた二人に預け、再び剣を構える。
巨体を見上げる。
脚につけた傷は深い。甲羅には、魔術で削り取られた痕がいくつも残っていた。それでも、歩幅は変わらない。血を流しながら、同じ速さで進んでくる。
ゼルモアの背では、なおも魔物が生まれていた。その後ろは、既に群れで埋め尽くされている。遠くで炎が上がったが、数度瞬くと見えなくなった。
このままでは、防衛線が持たない。
少年は甲羅のさらに上へ視線を向けた。
土煙の届かない空。その向こうに、幼い頃の記憶が重なった。
一人で生き延びることに必死だった、夜の森。空を裂き、落ちていった光。
少年は欠けた剣を握り直し、周囲を見回した。
崩れた前線に味方の姿はない。負傷者を運ぶ兵たちも、後方へ下がりつつあった。
「指揮官に伝えてください!」
近くの兵士が顔を向ける。
「全員、もっと下がってください。僕の魔術が終わるまで、前には出ないで」
伝令が走る。その報告を聞いた壮年の指揮官は、前線に残る少年へ目を向けた。
「何をする気だ!」
「大丈夫です。考えがあります」
詳しく聞き返す時間はなかった。少年とは幾度も作戦を共にしている。勝算もなく、味方を下げろと要求する者ではない。
「全軍、後退! 負傷者を先に運べ! 防壁を後方に展開しろ!」
号令が伝わっていく。
兵士たちが退き、後方に新たな防壁が築かれた。魔術師たちは後退しながら攻撃を続け、少年へ迫る魔物を撃ち落とす。
「アステル! 全員下げたぞ!」
声を聞き、少年は目を閉じた。瞼の裏に、あの日の光が残っている。
残された魔力のほとんどを練り上げる。
目を開けば、ゼルモアがまた一歩を進めていた。甲羅から落ちた魔物が、こちらへ走ってくる。
「……やるしかない」
地上では、幾筋もの魔術が群れを貫いていた。炎に呑まれた魔物の向こうから、別の魔物が飛び出す。少年との距離が、少しずつ縮まっていく。
「アステル! まだか!」
指揮官が声を張った。
後方からの援護にも限界があった。魔術師の一人が杖を下ろし、隣の者も肩で息をしている。群れは止まらない。少年は動かなかった。
指揮官が、少年を回収するために兵を呼びかけた。その瞬間、空が眩く輝いた。
兵士の一人が空を見上げた。指揮官も言葉を失った。
遥か上空から、光を放つ巨大な塊が迫り来ていた。
少年が腕を下ろす。
その日世界に星が落ちた。




