『クインビー』の共鳴
「あーあ、惜しい!あと一歩でボス撃破だったのに、お兄さんもやられちゃったよ」
大型商業施設の三階、玩具売り場の一角にあるテレビゲームの体験プレイコーナー。
私は大げさに肩を落としてみせた。モニターには自機が撃墜され、「GAME OVER」の派手な文字が表示されている。
「う〜、もう一回やりたいなぁ」
今回は対戦ではなく、二人協力プレイ。二人ともほとんど同時に「GAME OVER」となってしまった。
小学四年生くらいの男の子は、悔しそうにコントローラーを握りしめている。
「はい、頑張った記念のカード!ナイスプレイだったよ」
カードを手渡すと、男の子は後ろで見守っていた祖母のもとへ駆け寄っていった。
私は小さく息を吐く。
私の仕事は、体験コーナーで子どもたちを相手にテレビゲームの接待プレイをすることだ。
『ツヨツヨ』のユウキ君、『ストレートハイッター』のサクラちゃん。あの二人との本気の勝負以来、私は日々の業務をこなしながらも、ゲームの鍛錬を欠かさなくなった。
もちろん、表向きはあくまで子どもを笑顔にする親切な店員。それだけは崩さない。
すると、先ほどの男の子が祖母の手を引いて戻ってきた。
「ねぇ、ばあばもこのゲームやってみて!」
「孫に頼まれると断れなくてね。店員さん、私も一回いいですか?」
「もちろんです!ぜひ、お孫さんと一緒にどうぞ」
おばあさんは白髪混じりの頭をかきながら、二人プレイ用のコントローラーの前に立った。
ゲームのタイトルは『クインビー』。
ポップな世界観の縦スクロールシューティングゲームだ。空に浮かぶ雲を撃つと落ちてくる「ベル」にショットを当て、黄色、青、ピンクへと色を変えて回収し、自機を強化していく。
二人プレイでは、機体同士が手を繋いで強力な攻撃を放てるほか、残機を分け合うこともできる。ベルを狙いどおりの色に変える射撃技術が、攻略の鍵となるゲームだ。
男の子が1P(青い蜂)、おばあさんが2P(ピンクの蜂)でゲームが始まった。
最初のうちは、おばあさんの操作はどこかぎこちなかった。
私は二人の後ろから画面を見守る。
「あ、そのベル、あと一発で青になりますよ――」
アドバイスを口にしかけた、そのときだった。
画面上部から落ちてくるベルに対し、おばあさんの機体が「タ・タン」と完璧なタップ撃ちを見せた。ベルは空中でリズミカルに跳ね上がり、狙い通りの鮮やかな青色へと変化する。
それを、無駄のない動きですっと回収した。
「……あれ?」
思わず声が漏れた。
続いて現れた別のベル。おばあさんは数発のショットで正確にピンク色に育て上げ、バリアを装着。さらに、孫の機体に敵弾が迫ると、自分の機体を前へ出してバリアで弾を受け止めた。
さっきまでのぎこちなさが嘘のようだった。
(まさか……この人、相当やり込んでいる?)
二人は二つ目のステージへ進んだ。
画面を埋め尽くすポップな敵キャラクターと、複雑な軌道で飛んでくる弾幕。
カチャ、カチャカチャ。
コントローラーから小気味よい操作音が聞こえる。
おばあさんの機体は敵弾が広がる寸前に進路を変え、わずかな隙間をすり抜けていく。
(すごい……!)
背筋がぞくりとした。ただの孫想いのおばあさんではない。
「ばあば、すごーい!全然当たらない!」
「まあ、昔取った杵柄というやつですよ」
男の子が目を輝かせると、おばあさんは画面から目を離さず、口元だけでニヤリと笑った。
ところが、三つ目のステージの中盤。激しくなった敵の猛攻を受け、男の子はついに残機を使い切ってしまった。
「あぁ〜、やられちゃった……ねぇお兄さん、ばあばと一緒にやってくれない?」
男の子がコントローラーを差し出した。
「え、いいのかい?」
「うん!ばあばを助けてあげて!」
考えている暇はなかった。
「おばあさん! よかったら、僕も1P側から途中参加していいですか?」
おばあさんが、ちらりと私を見る。その目にいたずらっぽい光が浮かんだ。
「ふふ。お手並み拝見しますよ、店員さん」
「お任せください!」
私は1P側のコントローラーを握った。
接客用の笑顔はそのままに、頭の中で何かが切り替わる。ここから先は本気だ。
おばあさんが残機を一つ分けてくれた。画面の表示が切り替わり、撃墜されていた1Pの機体が再び現れる。
「感謝します!」
二機の蜂が空中でピタリと並ぶ。
私は前方へ出て敵の編隊を散らしつつ、上空のベルを撃ち上げて色を育てる。おばあさんは私が仕留めきれない後方の敵を正確に撃ち落とし、育ったベルを絶妙なタイミングでキャッチしていく。
言葉は必要なかった。
おばあさんが右へ動けば、私は左の死角をカバーする。画面の中央で互いの機体を重ね合わせ、協力技の拡散ショットを叩き込む。
(楽しい……!)
思わず笑みがこぼれた。
目まぐるしく変わる戦況。ベルを撃つ音が軽快に響き、互いの息がぴたりと噛み合う。日々の接客プレイでは味わえない高揚感が、全身を駆け巡っていた。
そして、ついに最終ステージのボスへ。
巨大なボスキャラが全方位へ猛烈な弾幕を放ってくる。
「店員さん、左から回り込んで合体攻撃です!」
「了解!」
私は弾幕の隙間を縫い、おばあさんの機体と手を繋ぐように並んだ。直後、二人で放った超大型レーザーがボスの弱点を貫く。
ドカカカカンッ!
賑やかな爆発音とともに、ボスが崩れ去っていく。
画面に大きく表示された文字。
ALL CLEAR
「やったあああ!」
男の子の歓声がゲームコーナーに響き渡った。
「ばあば、すごーい! クリアしちゃった!」
「ふふふ。いやあ、店員さんがいい仕事をしてくれましたからね」
おばあさんはコントローラーを置き、晴れやかな笑顔を浮かべた。
「いえ、こちらこそ!あんなに見事なベル捌き、感動しました」
「店員さんもなかなかの腕前でしたよ。私一人では、あそこまでうまくはいかなかったでしょう」
その言葉が、胸に響いた。
勝負に勝ったときとは違う、満たされた感覚。
自分の腕を認めてもらえたこと。そして、自分の動きに応えてくれる人がいたこと。
それが、こんなにも嬉しいとは。
「ありがとうございます。記念カードをどうぞ!僕はマモルといいます。よければ、お名前を聞いてもいいですか?」
「マドカです。せっかくですが、カードは後ろで順番を待っているお子さんに取っておいてあげてください」
振り返ると、ゲームコーナーには子どもだけでなく、大人も何人か並んでいた。その中に見慣れた人物の姿があった。店長の木佐貫さんだ。
先ほどのプレイを見ていたのか、興味深そうにモニターを眺めている。
「それにしても、久しぶりに楽しかったです。家に帰ってからも孫と遊びたいので、ゲーム機本体と『クインビー』をいただけますか?」
その言葉を待っていたかのように、店長がマドカさんの前に進み出た。
「ありがとうございます。ゲーム機本体とソフトですね。すぐにご用意します。こちらへどうぞ」
店長は深々と頭を下げ、驚くマドカさんと男の子をスムーズにレジへと誘導し始めた。そして、去り際に私の方を振り返ると、マドカさんたちから見えない位置でウインクしてみせた。
(『あとは任せろ』ってことか……最後は店長との協力プレイになるとはね)
私は苦笑しながらマドカさんの背中を見送った。
男の子は歩きながら、さっきのプレイについて夢中で話している。
マドカさんも、ときおり笑顔で相づちを打っていた。
孫の手を引いて歩くマドカさんの背中は、どこか誇らしげだった。
「平野さん、さっきのお客様、店長に持っていかれちゃいましたね!」
交代の時間になり、バックヤードから出てきた伊藤さんが声をかけてきた。
「え? 伊藤さん、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもありませんよ!あんなに一緒にゲームを盛り上げて、最後に店長が出てきておいしいところだけ持っていくなんて、ズルいと思いません?」
「あ、ハハ……まあ、買っていただけたなら何よりじゃないですか」
私は苦笑いを浮かべて答えた。
伊藤さんは「店長に手柄を横取りされたかわいそうな平野さん」と思っているらしい。だが、私としては最高のゲーマーと全力でプレイできたことのほうが重要だった。
「じゃあ、交代お願いね」
「もう、平野さんはお人好しなんだから……はい、お任せください!」
私はバックヤードへ向かった。
ロッカーを開け、自分専用のマイコントローラーを取り出す。
メンテナンスクロスを手に取り、ボタンを一つずつ丁寧に磨いた。
指先には、まだあの激戦の余韻が残っている。
あの場面で、もっとスムーズにベルの色を育てられていれば。
マドカさんの動きに応えるのが、あとコンマ数秒早ければ。
まだまだ、磨ける。
私はコントローラーをそっと握り直した。
次にプレイするときには、もっと完璧に呼吸を合わせられるように。
そして、いつかまた――あの人と。




