高給鳥
人間の労働価値が暴落した時代、エリート層のスケジュール管理や機密情報の記録はすべて、一部の賢い鳥たちが担っていた。
科学の力によって知能を強化されたヨウムやコンゴウインコたちである。彼らは一度聞いた会話を一言一句違わず暗記できる上に、人間のように法廷の証言台に立つこともない。つまり、政治家や大企業にとって、絶対に秘密を漏らさず、司法取引にも応じない究極の生きた貸金庫なわけだ。
特に有能な鳥は、役員待遇で年に数千万円を平気で稼ぐ。世間は彼らを羨望と皮肉を込めて高給鳥と呼んだ。
一方、ある人間の男は、時給数百円のゴミ集めの仕事で糊口をしのいでいた。今夜の食料を確保するのに、摂取できる以上のカロリーを消費しなければならないのだ。それでも、男は日々を懸命に生きていた。
しかしそんなある日、男は高級リムジンから降りてくるダイヤの首輪をしたヨウムを見て、すっかり心が折れてしまった。ヨウムは自分専用の執事に最高級のナッツを剥いてもらいながら、優雅にオフィスビルへと消えていく。
「安い給料で働くなんて、もう嫌だ。人として最低の生活をするくらいなら、俺は人間をやめる。あいつみたいな高給鳥になるんだ」
そう誓った日から、男の血の滲むような特訓が始まった。
手始めに、彼は人間の言葉を捨てた。未練がましい言葉や恨み言、個人的な欲求を、一人でいる時でさえ発言しないようにした。感情の一切を排除し、虚無の瞳を鏡の前で作り上げる。これが意外に才能があったらしく、気付けば無心で一日を過ごしていることもあった。
次に、関節が外れんばかりに首を鍛え上げ、カクッ、カクッと不自然で機械的なアイソレーションを習得した。痛いなんて言わない。なにせ、そんな感情はすでにお払い箱なのだから。
主食はもっぱら、ひまわりの種とクルミを摂取する。無表情が板についてからは、これが美味いのなんの。ステーキを食いたいなんて人間の欲望は、すっかり失せてしまった。
それら以外にも、足の指の力だけで木の枝に掴まる筋トレを日夜こなし、テレビの前で他人の言葉を甲高い裏声でオウム返しする練習を無心で続けた。
半年後。
男は、高給鳥を積極的に雇い入れているIT企業の採用係の前にいた。求人ならぬ求鳥に応募してきた男は、最低限の布だけを身にまとった、見るからに異様な佇まいである。
「君、鳥の採用枠に人間が来るなんて、何の冗談だね。冷やかしなら帰ってくれないか」
呆れる社員をものともせず、男は二本足でしゃがみ込み、カクンと首を傾げた。
「ドモ、シャインサン、キョウモ、イイテンキ! キャハハアアアッ!」
「……は?」
社員は呆気にとられ、手からボールペンを落としてしまう。デスクから転がったペンを、男は歯を使って空中でキャッチし、器用に足の指で挟み直して見せた。そして、瞬き一つせず社員をじっと見つめ、翼を広げるように両腕をバサバサと羽ばたかせたのである。
「い、いったい何のつもりだ」
「ナンノツモリダ、ナンノツモリダ、チチチ」
骨格から精神構造まで、人間であることを完全に放棄した、そのあまりにもクオリティの高い鳥のモノマネに、社員はしばらくポカンとしていたが、やがて腹を抱えて笑い出した。
「あはははは! なんだ君は! 馬鹿馬鹿しい、最高に滑稽じゃないか!」
採用担当は、すぐさまその頭のおかしな男を雇い入れた。一人の人間としてではない。度を越えて鳥の真似をする動物という、類まれなる見世物としてである。
現在、男は社長室の隅に設置された、黄金の巨大な鳥籠の中に住んでいる。
来客があるたびに、男はカクカクと首を動かして
「オツカレサマ! オツカレサマ!」
と鳴き、客の投げた高級ピーナッツを口でキャッチする。その常軌を逸したパフォーマンスは富裕層の間で大ウケし、男は『インコ人間』として動画配信でも数千万回の再生数を叩き出す超人気コンテンツとなった。
社長の機嫌も取れる最強のエンターテイナーとして、男の口座には毎月、本物の高給鳥すら凌駕する莫大な給料が振り込まれている。
人間としての尊厳やプライドは完全に消え失せたが、鳥籠の中で極上のマカダミアナッツをかじりながら、男は今日もうっとりと目を細めた。
「サイコウサイコウ。トリノセイカツ、サイコウ、ピロピロチチチィ!」
もはや本物のそれと聞き分けられない鳴き声は、今日も高層ビルの最上階に、優雅に、そしてひどく滑稽に響き渡っている。




