↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
文字くずの山  作者: あさもっど


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/26

ゆるギレ

 喧嘩するほど仲が良いなどと言われていたのも、もう随分と昔の話だ。

 現代社会において、声を荒げること、机を叩くこと、威圧的な態度をとること、いわゆるブチギレ行為はすべて、ハラスメント防止法によって完全な違法となった。感情をむき出しにした違反者は即座に逮捕され、二度と外を歩けない社会的な死を迎える。

 しかし、禁じられたからといって、人間の感情がキッパリと消えるわけではない。

 法の目をかいくぐり、合法的に他者へ怒りをぶつけるため、編み出された究極の表現方法があった。それこそが、怒りの言動をポップでファンシーに包み込む『ゆるギレ』である。


 金曜日の午後五時。

 定時退社を目前に控えた若手社員のデスクに、満面の笑みを浮かべた部長がうきうきスキップで近付いてきた。

「若手ちゃ〜ん☆ ごめんねっ♡ 部長さん、またまたいつものドジ発動しちゃってぇ〜! 企画書のデータ、ぜんぶ消しちゃった♡ だ・か・ら、月曜の朝イチまでに、手書きの資料から全部打ち直しておいてほしいニャン☆」

 部長のお茶目でファンシーな言動の裏には、重さ数トンの理不尽な豪速球が隠されていた。

 それを聞いた若手社員の目尻が引きつる。はて、これで何度目か、度重なる理不尽な命令よ。彼の憤りは早くも限界を迎えていた。

 しかし、ここで声を荒げれば即逮捕、未来なし。若手は深呼吸をして顔の筋肉を緩め、渾身の裏声を出した。

「もぉ〜っ、部長のドジっ子たん〜っ! 金曜の定時前にそんなお仕事持ってくるなんて、ボクちゃん、激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームですよぉ〜☆ ほんっと、部長さんってば、赤ちゃんさんみたいなんだからっ!」

「あははっ、ごめんごめん☆ 許してちょんまげ! じゃあ、若手ちゃんが頑張ってる間に、部長さんはお偉いさんたちと銀座で美味しいお寿司を食べてきゅるね〜♡ 応援してるゾッ☆」

 ちなみに、部長には年頃の愛娘が二人いる。

「わぁ〜、お寿司いいなぁ☆ じゃあボクちゃん、部長さんのパソコンさんに熱々のアメリカンコーヒーをご馳走しちゃいましゅね! えいっ☆ やったー、これでパソコンさんも眠気スッキリだぁ〜♡」

「あわわ〜っ! パソコンさんが黒い海を楽しそうに泳いでる〜☆ もう、若手ちゃんったら、いたずらっ子なんだからっ! じゃあお返しに、キミの有給申請書、折り紙にしてお空に飛ばしちゃお! それいけ〜!」

「きゃははっ! 面白い面白い☆ ついでに部長さんのデスクの引き出し、接着剤で仲良しこよしにくっつけちゃえ〜っ」

 金曜のオフィスに甲高く響く、いい年をした男たちの明るい笑い声。

 字面だけなら、妖精たちが戯れているような、明るくファンシーな会話劇。実態は、互いの社会的地位と物理的な資産破壊を伴う、憎悪に満ちたドッジボールであった。

 そのやりとりを遠巻きに見ていた社員たちも皆、帰りたい気持ちを笑顔で隠しながら「わあ〜、二人ともとっても仲良しさんだね☆」と皮肉を口にするしかない。


 しかし、こんな異常な光景が、長く許されるはずもなかった。

 ゆるギレによる歪なコミュニケーションはまたたく間に社会に蔓延し、企業や役所のあちこちで、立派なスーツ姿の大人たちが「もぉ〜☆」「ぷんぷんっ♡」と可愛らしく振る舞いながら、笑顔でオフィスの備品を破壊し合うという地獄絵図が日常茶飯事となった。


 結果として、政府は重い腰を上げることとなる。

「まともな大人の会話とは思えない」

「ブチギレるよりも恐怖と疲労が増している」

 という声が殺到し、国会は満場一致で新たな法案を可決した。

 かくして、法の抜け道だった『ゆるギレ』も禁じられる運びとなり、人類はまた新たな怒りの表現方法を模索していくのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。