お月似の笑顔
私が笑うと、みんなが笑ってくれた。だから、いつも笑顔でいることを心がけた。誰かが望むなら、私はずっと微笑み続けることができる。そう固く信じていたし、それが唯一の役目だと思っていたから。
「本当にかわいらしい」
「実によくできた娘さんだ」
私がお客さんたちに褒められると、お父さんは本当に嬉しそうに笑った。
「まさに、自慢の娘です」と。
その言葉を聞くたびに、私は誇らしくてたまらなかった。いい気分になって、ますます笑顔を振りまく。お父さんの期待に応えたかったから。
そんな私にもお友達ができた。お父さんの友達の娘さん。活発な子で、向こうからいろいろ話しかけてくれたの。
「今日はね、お庭で綺麗な蝶々を見つけたのよ。でもすぐに飛んでいっちゃって」
親同士がお茶を飲みながら話し込んでいる間、私たちはよく二人で一緒に遊んだ。と言っても、彼女が一方的にあれやこれやとまくし立てて話すばかりだったけれど。
彼女はお気に入りのおもちゃを並べて、最近の出来事をたくさん教えてくれた。私が気の利いた言葉を返せずにいても、彼女は私が話を聞いているだけで満足そうだった。
「あなたはいつでも私のお話を聞いてくれるから大好き。まるでやさしいお月さまみたいだね」
彼女はそう言って、まん丸なお月さまの絵を描いて見せてくれたこともある。私は嬉しくなって、何度も何度も感謝した。
それ以来、私の笑顔に意味を与えてくれる人たちのことを、太陽のように思って大切にした。
毎日が楽しいことにあふれている。ずっとこんな日々が続くのだと、私はすっかり信じ切っていた。
でも、平和な生活は突然引き裂かれた。
家の周りがすごく騒がしくなったの。詳しいことはわからなかったけれど、窓の外から人の怒鳴る声や、物の壊される音が聞こえてくるようになった。
お父さんは日に日に口数が減り、やがてその顔から柔らかな笑みを消してしまう。
「こんなことになって本当にすまない。でも、お前だけはなんとしても守り抜くからな」
ある夜、お父さんは震える手で私の頬を撫でると、暗い布で私をすっぽりと隠した。視界が真っ黒に閉ざされて、お父さんの温もりが離れてしまう。布の隙間から見たあの心配そうな目が、お父さんに関する最後の記憶となった。
その後は、いろんな場所を転々とした。気付けば私は、お金持ちの家に引き取られていた。
実家とは違う、広くてきらびやかな豪邸。壁にはこれ見よがしな金色の装飾があって、床にはふかふかの絨毯が敷かれている。
家主のおじさんは、お金をかけて私を大切に扱ってくれたけれど、そこに愛を感じることはなかった。私を見るおじさんの目は、お父さんのような慈愛に満ちたものではなく、どこか冷たくて計算高いものに思えたから。
ここには、あのおしゃべりな女の子はいない。そもそも、子供さえ見かけない。一人ぼっちの時間が増えた。
たまにおじさんの知り合いが訪ねて来るけれど、どの人もあまりよい感じがしない。立派な服を着た大人たちは、私をぐるりと取り囲んでは、ジロジロと粘っこい目で眺めてくる。
「あら、きれいな子ですね」
「賢そうなお嬢さんだ」
「羨ましい限りですな。目がすごくいい」
「まるで太陽のような子」
そんなふうに私を褒めちぎるものの、お父さんのお友達みたいに優しい感じではなかった。彼らの言葉には、常にお金や見栄といった別の影が透けて見えていた。
中にはもっと失礼な人もいて、私の笑顔に値段を付けたの。なんだか、笑顔を振りまくことがバカバカしくなってしまった。どうして、気持ちをお金で例えるの。
でも、何よりも不愉快だったのは、
「まさに、自慢の娘だよ」
という、おじさんの決まり文句。
私はこの人の娘ではない。私のお父さんは、ただ一人だ。何も言い返せないのをいいことに、デタラメを言わないでほしい。
どうして堂々とそんな嘘がつけるのだろう。
どうしてそんなに得意げになれるのだろう。
理解ができない。
ああ、お父さんの家が恋しい。あの頃は、一人ぼっちの時間も少なくて、家が貧しくても心は満たされていた。あそこは本当に私の居場所という感じがした。私に向けられる言葉には温かみがあった。
次第に、おじさんもそのお客さんも、私への興味が薄れたらしい。一人ぼっちの時間がもっと増えた。
たまにお世話係のおばさんが部屋の掃除をしてくれるくらい。おばさんの手つきは丁寧だったけれど、彼女は私と目を合わせることも、話しかけてくることもなかった。
最近は窓の外の景色ばかり見ている。立派だけど、扱いは私と同じ庭園。季節が移り変わり、葉が色付いては落ち、やがて雪が降って、また花が咲く。
お父さんはどうしているかな。無事だといいけれど。あの女の子は今、どんな遊びをしているかな。前より背が伸びて、別のお友達にその日の出来事を話しているのかもしれない。
私の時間は、あの日からずっと止まったまま。
周りの時間ばかりが過ぎる。
このままここで、誰の心にも触れないまま、孤独を味わう日々でいいのだろうか。
いや、だめに決まっている。
そうだ、そうだよ。
いつまでもこんな所にいなくていいんだ。
私は、もっと自由でいいんだ。
あの窓の外に広がる世界へ、自分の足で踏み出してもいいはず。
退屈な日々に飽き飽きしていた私は、外の世界へ飛び出すことを決めた。
お父さんだって、また私に会いたがっている。私から会いに行けば、お父さんはまたあの時のように、目尻を下げて嬉しそうに笑ってくれるだろう。
私はホームパーティが終わる時間まで待った。その間にも、お客が何人か私に会いに来た。みんな決まって私の気持ちを都合の良いように解釈してばかり。
私の気持ちは、私にしか分からないのに。どうして他人が決めようとするの。
それでも私は、笑顔を崩さないようにこらえた。
ざわめきと音楽に満ちていた家の中が、やがて嘘のように静まり返る。
使用人たちも疲れ果てて眠りに就いたらしい。
この時間帯が、一番警戒がゆるむの。
まあ、どうせ私がいなくなっても、おじさんはしばらく気付かない。最近はめっきり私の自慢をしなくなったし、完全に飽きちゃったんだ。
廊下につながるドアの隙間から、ひんやりとした空気が吹き込んでくる。外の月明かりは真っ白で、まぶしいくらい。
さあ、気持ちは決まってる、ぐずぐずしないで。
私はそっと額縁から抜け出した。




