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プロローグ

「あれが魔王城……」


 兜の隙間から覗き見るは巨大な古城。

 大陸北部、通称北方区域は魔族、魔物が跋扈する危険区域。

 

 晴れることのない曇天は不機嫌そうに光を放ち重い音を轟かせる。

 瘴気の濃い植生の気配のない滅紫の大地には、獣などと形容すれば過少な評価になる悪鬼羅刹。


 視線をどこにやろうとも強烈な印象を与える風景が広がる中、鎧の人間が真っ先に目に留まるは生活の気配がまるでない古城。

 結構な距離離れてもなお視界の大半を埋めてしまう古城はもはや城塞都市とも言える規模だが、徘徊する魔物は古城の外、魔族一体の姿も城の中に確認できない。


 それどころか――――


「感知スキルの反応は一つだけ……本当に魔王しかいないのか……。まー六冥尊と魔王を相手取るのは流石に厳しいからこれは好機だな」


 兜に籠る声はどこかノイズが混ざっている。

 少し汚れた白の鎧は全身を包み、両腰の帯剣、背中には槍などの長物。

 

 この北方区域に魔王城なるものが出来てもうすぐ百年。

 何度も軍隊を送り、そのたびに返り討ちにあって来た歴史はあれど、単身で乗り込もうとしてきたのはこの人間ただ一人。

 

「周囲の魔物の数は……一万は超えてるな。面倒だし、直接行くか」


 鎧の人間は背中の槍を取り出し逆手で握る。

 弓の名手ですら古城の敷地内に矢を射るのも難しい距離にもかかわらず、鎧の人間は槍を握り膝を曲げる。

 途端、青白い輝きが鎧の胴部から漏れる。

 別段特徴のなかった槍が、光に包まれて煌びやかな純白の槍へと変化する。

 

「せーのっ!!」


 屈んだ足に力を込めて跳躍する。

 踏み込んだ大地は粉々に砕け散り、跳躍の衝撃で少し離れた魔物が吹き飛ばされる。

 大気を押しのけ轟音を響かせながら鎧の人間は古城へと飛んでいく。

 そして城壁を超え、中央にそびえる古城の中――感じ取った圧倒的な存在感の気配に狙いを定める。


「聖槍ペネトレイト!!」


 高度は古城の頂上よりもはるか上。

 そこから気配に向かって槍を投擲。

 ただ槍を投げただけとは思えない衝撃に、世界に蓋をするかのような背後の分厚い黒雲に巨大な凹みが生まれる。

 

 天から降り注ぐ槍は白い軌跡を作り城の中の一室に直撃する。

 対城壁用の大砲ですら豆鉄砲に思えるほどの威力により古城は一瞬にして半壊。

 余波で周りの城壁なども甚大な被害を被る。


 この一撃だけでも過去の魔王城攻略戦の歴史を辿れば十分過ぎる功績。

 それでも鎧の人間は消えない気配に気を緩めず古城に乗り込む。


 壁や天井の概念が無くなった古城の大広間に着地した鎧の人間。

 着地の衝撃でひび割れが広がり、パラパラと瓦礫が崩れる。


「久しぶりの来賓かと思えば随分な挨拶だな人間。これは魔骸具(まがいぐ)……いや聖宝具(せいほうぐ)か。つまり貴様はその域に達しているというわけか」


 異物が混じったような不鮮明な声。

 大広間の最奥にある豪奢な椅子に座る巨大な気配の存在。

 暗闇に光る赤目、黒色の硬質的な肌、額から伸びる角、鎧の人間の数倍になる体躯。

 

 魔王と呼ばれる存在が、襲撃されたにしては冷静な態度でそこにいた。

 その禍々しい手にはこれほどまでの被害を出した白い槍を掴んでおり、やがてそれは元の槍へと戻り腐るように崩れ落ちる。

 

「全身の純白鎧、この力、その存在感……なるほど。貴様が人族最強と謡われる“鎧の勇者”か。勇者細胞の最高覚醒者らしいな」


「いかにも。かく言うお前は魔王で間違いないな?」


「……まー我を世間ではそう呼んでいるらしいな。さて、謁見前にこれほどまでのことをしてくれたのだ。今更茶でもしに来たと言っても信じられんぞ?」


「当たり前だ。私はお前を倒しに来た」


 鎧の勇者は両腰の剣を抜く。

 さっきの槍とは違い、こちらは市に出回ればそれなりの値が張りそうな上等な逸品だが、先と同じように鎧から青白い光が漏れると、その両剣は変異し聖剣へと成り代わる。


「やる気十分というわけか……。よかろう、退屈しのぎにはなるだろう。だがその前に鎧を外し素顔を見せよ。人族でもその素顔を知る者は少ないと言われた鎧の勇者の顔、実に興味深い。殺してから見ても構わないのだが、うっかり塵にしてしまう可能性があるのでな。その声、我が魔眼ですら上手く読み取れないその姿。その鎧には認識を阻害する力があると見て取れる。そこまでして己が正体を隠す理由……実に興味がある」


「それはお互い様だろう。その悪鬼のような姿……見識スキルも、傾聴スキルも霞んで上手く認識できない。その正体もまやかしなのだろう。かの魔王が自分の姿を偽る理由。興味がないとは言わないが、その化けの皮を剥いで解き明かすまで」


 鎧の勇者は二本の聖剣を構える。

 魔王もまた台座から立ち上がり威圧するように魔力を放つ。

 

「仕方がない。ではその目障りな鎧、粉々にしてやろう」


 空間に展開される複数の魔法陣。

 そのどれもが同じ構造のものはなく、鎧の勇者は警戒する。


 魔力を持ち、魔法と呼ばれる力を行使する存在――魔族。

 その王が使う魔法、一切油断できるわけもなく。

 

「さきの槍といい、その両の剣といい、本来勇者の扱う聖宝具は一人一つのはず。鎧や背中に残る複数の長物武器。推察するに、貴様の力は他の勇者と少しことなるようだな。さしずめ貴様の聖宝具の能力は武器を聖宝具に変えるというところか。あの槍の結末を見るに、聖宝具に変えたとしても力を行使出来る回数は決められているのだろう」


 魔王の分析に鎧の勇者はつい漏れそうになる動揺を押し殺す。

 手の内がバレたことに違いはないが――――


「問題はない!」


「来い!」


 魔王と鎧の勇者の攻防。

 一撃目の槍が霞む攻撃の応酬。

 一撃、一振りが周囲を巻き込み、古城の損壊は倍々に酷く、辺り一帯が更地となるまで一分とかからなかった。


 地図を変えるほどの魔王の魔法と、それらすべてを無に帰す鎧の勇者の斬撃。

 古城の周りに跋扈していた魔物達は、無慈悲にも戦いに巻き込まれて倒されていく。


 戦いとは無縁の存在がこの激戦を見れば世界の終焉を想起させ、戦いに身を投じる存在がこの死闘を見れば自身の実力が赤子以下の虫けらのように感じ取れてしまう。

 

 戦いは勢いを増していき、大地も空も原型を留めていない。

 手加減をしているつもりもないが、両者ともに決定打に欠ける戦いが続き、かといって相手が消耗するのも期待できない。


「我とここまで相対したのは貴様が初めてだ! お礼にとっておきをくれてやろう!!」


「こっちも奥の手を使わせてもらう!!」


 魔王は手を前に出すと赤黒い魔方陣が展開され回転を始める。

 対して鎧の勇者もまた、背中の薙刀を抜いて聖宝具へと変える。


再現魔法(トレースマジック)――破壊術式(ブレイクスペル)分解する光(レイ・ディサセムブル)】」


「聖薙エクスポージャー!!」


 魔王の雷閃眩い赤黒い光線と、鎧の勇者の光の斬撃。

 二つの力がぶつかると同時、劈くような轟音とすべてを薙ぎ払う衝撃が広がる。

 強大な力の衝突で黒煙が蔓延し、嘘のような静寂が世界を包む。

 

 一呼吸だけの休憩。

 とっておきの一撃だったわけだが、相手の気配が消えることはなくまだ決着がついていないことを互いに悟る。

 

「あれを耐えるとはさすが勇者――――」


「魔族の王と言われるだけある――――」


 両者ともに言葉を遮ってしまうほど驚き固まる。

 土煙が晴れ、互いの姿を確認する。

 魔王の魔法によって鎧が砕かれた勇者と、勇者の聖宝具によって認識阻害の力を薙ぎ払った魔王。

 

 ノイズのかかっていた声も、上手く認識出来なかった容姿も、相手を捉える上で邪魔していたものは一切ない。

 だからこそ、相手の本当の姿に困惑する。


 魔王の心中、今まで戦った中で群を抜いて強いと内心評価した勇者の姿。

 鎧姿から屈強な男を想像していたが、土煙が風で流れて姿を現したのは凛とした空気を纏う少女。

 襟首当たりで毛先が揺れるボブカットは雪のように白く、儚く溶けてしまいそうな透明感がある。

 風が通り抜けるとさらりとした髪が揺れ、その隙間から氷晶を閉じ込めたかのような澄んだ蒼い瞳が覗く。

 容姿から想定する年代の少女にしては少し長身で、日々鍛え上げた引き締まった体躯と、まっすぐ伸びた背中、芯が一本まっすぐ据わっている立ち居振る舞いが力強さと揺るぎなさを感じさせる。

 すらりとしたシルエットに、シャツの布地が張ってかつ均整の取れた豊かな胸元が映える。



 対して勇者が見据えるは、過去最大の強敵と断言できる魔王の姿。

 悪鬼羅刹の様相から真の姿も近しいものを想起していたが、いざ現れるは不思議な存在感を醸し出す少女。

 闇の世界の住人であることを意識させる漆黒の髪は腰辺りまで届き、その滑らかな絹糸のような質感は風になびかれて艶やかに光を反射させる。

 燻る炎のように妖しげに煌めく、まるで紅玉を思わせる深い緋色の瞳が闇の中に輝く。

 魔王城の誕生からの年月を鑑みて実年齢は百を超えているだろうが、見てくれは若々しい少女そのもの。

 身長は見た目の年齢の人間と比較しても高すぎず低すぎず、躯体は程よくしなやかだが決して華奢ではない。

 緩やかな曲線を描くシルエットは大人びた色気を帯びて、布地を柔らかく押し上げる豊かな胸元は意図せずとも目を引く。

 知性と余裕を湛えた眼差しをしながらも、どこか飄々と掴みどころがない自由奔放さを感じさせる不思議な存在感を醸し出していた。


「勇者お前……女だったのか?」


「それはこっちのセリフよ……」


 お互い言語変換の力も消えたのか、ノイズが晴れた澄んだ声で話すはおそらく本来の口調。

 動揺し、そしてなぜか胸が高鳴っている自分自身に困惑する両者。

 

 命を懸けた戦いで感覚が研ぎ澄まされているせいか、拮抗した実力者相手に高揚感が収まっていないせいか。

 何故か相手の吸い込まれるような瞳に目が離せず、脳裏に焼き付くように相手の声が鼓膜を刺激する。


 過去、勇者と呼ばれる人間と何度も戦ってきた魔王は彼らのことを思い出そうとしても、顔はおろかどんな戦いだったかすら思い出せないほど記憶にない。

 それでも今目の前にいる勇者だけは忘れることはないという確証が何故か生まれた。


 鎧の勇者として幾度となく魔族と戦ってきた勇者は当時のことを思い返しても日常の一つでしかなく、特に語ることが出来るような記憶はない。

 それでも眼前に控える魔王に関しては特別な記憶になるという確信が何故かあった。


「鎧の勇者……お前、私のものとなれ。その強さ、その様相、実に興味深い。本来なら私のこの姿を見られた以上生かして返すことはないが、我がものとなるのなら、その命天寿まで繋げてやろう」


「断るわ。アタシの姿を見ようが見まいが関係ない。この場でアンタを倒すのがアタシの役目。そっちこそ覚悟しなさい」


「交渉決裂だな」


「そのようね」


 動揺している自分を押し殺し、漏れ出る覇気に空気が張り詰める。

 大地が鳴り響き、大気が震える。

 

「行くわよ魔王!」

「来い勇者!」


 天変地異、世界終焉を彷彿とさせる死闘は三日三晩続いた。

 

 後日、調査隊による報告は三つ。


 一つ目、魔王城の完全消滅。

 二つ目、戦いに巻き込まれる形で、一万を超える魔物が全滅。

 

 

 そして三つ目。

 

 魔王と鎧の勇者の消息不明――――。

お読みいただきありがとうございました!

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別の作品も投稿してますので是非!

【婚約破棄されたあたしを助けてくれたのは白馬に乗ったお姫様でした】

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