Episode 10-8 「春」
前書き
ここまで『神になるには、遅すぎた』を読んでいただき、本当にありがとうございます。
この物語も、いよいよ最終章となりました。
何者でもなかった一人の男は、数え切れない出会いと別れを経験し、多くの勇者や仲間達と共に国を築いてきました。
正義、戦争、思想、自由、愛、信仰、死、そして観測。
それぞれがハザムへ残した答えが、この最終章で一つになります。
最後まで、ハザム・ヴェルという一人の男の生き様を見届けていただければ幸いです。
二十年後。
春。
小さな畑。
一人の男が鍬を振るう。
額には汗。
白髪が少し増えた。
顔には皺も刻まれている。
隣では。
数匹のゴブリンが土を耕していた。
「そこはもう少し深くだ」
ゴブリン達が嬉しそうに頷く。
畑の向こうでは。
子ども達が走り回る。
笑い声が風に乗る。
平和だった。
一羽の白い鳥が舞い降りる。
足には一本の手紙。
男は受け取り。
静かに封を開いた。
短い文章。
『羽山。近々行く。ガロウ』
男は思わず笑った。
「相変わらずだな」
手紙を丁寧に畳み。
胸ポケットへしまう。
その時。
木陰からページをめくる音がした。
大きな木の下。
青年が本を読んでいる。
春風がページを揺らす。
男が声を掛ける。
「また読んでるのか」
青年は本を閉じない。
「暇だからな」
「今度は何を読んでる」
青年は静かに表紙を見せる。
何も書かれていない。
真っ白な本だった。
男は笑う。
「まだ白紙か」
「ああ」
青年も笑う。
「これから書く」
「世界の続きを」
しばらく。
二人は風の音を聞いていた。
青年が手紙へ目を向ける。
「また来るらしいな」
「ああ」
「懲りねぇ奴だ」
男は苦笑する。
「本当にな」
沈黙。
鳥が空へ飛び立つ。
畑には芽吹いた若葉。
子ども達は今日も笑っている。
男は鍬を握り直した。
もう王ではない。
もう神でもない。
ただ。
一人の人間として。
今日を生きている。
青年は本を開き。
新しい一ページを書き始めた。
春の風が。
二人の間を静かに通り抜ける。
世界は今日も回っていた。
誰かが守るからではない。
誰かが生きるから。
だから今日も。
明日が来る。
完
後書き
『神になるには、遅すぎた』、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
この物語は、最強の神が世界を救う物語ではありません。
誰にも必要とされなかった一人の男が、人との出会いを通して「生きる意味」を見つける物語でした。
主人公だけでなく、レオン、クメル、シエル、ガロウ、リノア、ユリウス、マリア、アベル、ナギ──そして名もなき人々一人ひとりが、この世界を作ってくれました。
タイトルの『神になるには、遅すぎた』には、二つの意味を込めています。
神になろうとした時には、もう人を愛しすぎていたこと。
そして、人を愛したからこそ、本当の神にはなれなかったこと。
もしこの作品で、誰か一人でも心に残る人物がいたなら、作者としてこれ以上の喜びはありません。
長い旅に最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
また、次の物語でお会いしましょう。




