プロローグ:干渉の始まり
世界は、まだそれを知らない。
名を与えるという行為が、どれほど深く──そして残酷に、この世界の座標を変えてしまうかを。
風が吹いていた。凍えるような夜風。
その中に、微かに焦げたような“何か”の気配が混じっていた。
空が歪む。座標が、軋む。星の軌道が、わずかに、狂う。
その兆しに、灰羽の隼が空を翔ける。
──記録せよ。これは、変質する観測点の物語。
灰のごとき羽根をもつ小さな隼、名をシェルムという。
誰のものでもなく、ただ“観測するために在る”存在。世界の狭間に存在し、語る者。
いま、その眼は、セファリア凍域を見下ろしていた。
不安定な座標、異常個体の魔力反応、そして──再び現れた“呼ばれていない座標”。
その中心に、“名を与えられた存在”がいた。
いや、違う。
──あれは“名を与えられた”のではない。
あれは“名を得た”のだ。自らの魂を震わせ、術式を変え、存在の座標を書き換えた。
それこそが、干渉の始まり。
やがて、星の底で──何かが、目を覚ます。
世界の観測は、もう静かではいられない。
★
星の座標が、ひとつ、狂った。
それは誰にも知られることのない、小さな“誤差”だった。その微かな歪みは、世界に静かに波紋を広げていく。
祈りにも似た術式が、雪に沈む大地で息づいていた。
呼ぶ声も、応える星もないはずのその地に、なぜか“痕”は生まれ、熱を帯びていた。
星神術──
それは本来、誰の手にも触れられぬはずの力。けれど、それを“知ってしまった”少女がいた。
彼女は、ただ生きるために、誰かを護るためにその力を振るった。
いつからか、力が先に目覚め始めていた。
──何かが、呼ばれている。
──何かが、目覚めようとしている。
星神の沈黙が続くなかで、その“痕”だけが、まるで何かを喰らうように、音もなく広がっていく。
それは祈りではなく、もはや、願いですらなかった。
名もなき術式が、空に牙を向ける。
星喰みの“予兆”は、確かに世界を揺らし始めていた。
少女はまだ、その意味を知らない。
ただ静かに、雪の底で──星の声が、揺れていた。




