リウドルフィング公爵家の〝始祖〟
父に始祖と話をしたいという手紙を書いて出したところ、すぐに返事が届いた。
夜、あとは眠るだけという時間に手紙を開封する。
そこには会えるかどうかは始祖次第だ、と書いてあったのだ。
面会については父次第だと思っていたのに、出鼻をくじかれる思いとなる。
入っていたのは手紙だけでなく、丁寧に折りたたまれた地図も同封されていた。
これは自力で探せ、ということなのか。
酷く古めかしい地図で、童話などに登場する宝の地図みたいな雰囲気である。
中心に書かれた星印の場所に、始祖がいるということなのか。
ただ王都周辺ではないし、国内の地図とも照らし合わせたものの、一致する場所はなかった。
どうしたものか、と考えていたら、リーベが覗き込んでくる。
「リーベ、これは始祖の居場所を示すものでね、どこにいると思う?」
フローレスが眠っているので、声を低くして話しかける。
すると何を思ったのか、リーベは地図をむしゃむしゃと食べ始めたのだ。
「リーベ、いけない!」
慌てて制止しようとしたものの、ふと気付く。
リーベが食べたところから、光の粒子が弾けていることに。
「これは、魔法だ」
もしかしたら魔法札みたいに、破って発動させるものなのかもしれない。
それに気付くと、リーベに食べられてしまう前に、思い切って破いてみた。すると、目の前に魔法陣が浮かぶ。
すぐにそれが転移魔法だと気付いた。
「――!!」
体がふわりと浮かんでいくのがわかったので、慌ててリーベを抱き寄せ、はぐれないように務める。
景色がくるりと変わり、私達は別の場所へと下り立った。
そこは錬金術師の工房のような、薬品棚と実験台がある雑多な部屋だった。
薬草の匂いが漂う部屋で、テーブルに突っ伏して眠るような後ろ姿を発見する。
「あの――」
声をかけた瞬間、弾かれたように起き上がる。
振り返ったのはこの世に存在しているとは思えない美しい容貌の、三十前後の女性だった。ナイフのように尖った耳を見て気付く。彼女こそが始祖だろう、と。
リーベは私の肩までよじ登って、少し警戒するように短く『ぷう!』と鳴いた。
「んん? 誰ぞ?」
「私は、リウドルフィング公爵の娘、ユークリッドと申します」
「リウドルフィング……? ああ、我が眷族であるのか」
「初めてお目にかかります」
片膝を突いて頭を垂れる。
するとこちらへ接近し、顎を掴まれた。
「瞳に星が散って、不思議な瞳をしている。そなたは〝時を旅する者〟なのだな」
時の旅人――その言葉を耳にした瞬間、胸がどくんと脈打つ。
「それはいったい」
「言葉の通りだ。そなたの命は一度絶えかけたものの、魂が浄化される前に時間を巻き戻した者がいる」
「わかるのですか?」
「当然だ! それだけ長く生きているからな」
改めて、話を伺う。
「その、あなた様はリウドルフィング公爵家の始祖様、で間違いないでしょうか?」
「ああ、そうだ。名前は忘れたから、始祖と呼ぶがいい」
始祖は五百年ほど前までは王都に住んでいたようだが、今は隠居の身となり、誰にも会わずに暮らしていたという。
「父――現リウドルフィング公爵が、会えるかどうかは始祖次第、と言っていたのですが」
実際はそんなことなく、魔法でここまで行き着いた。
「まあそれも間違いではない。ここへは用もなしに導かれないようになっているからな」
私は会うべくして、始祖のもとへたどり着いたようだ。
「それはそうとなぜ、そなたは時を旅することになったのだ?」
「私にもわからないのですが」
初めて、二回目の人生を歩むことになるまでの話を打ち明けた。
「というわけで、何がきっかけでそうなったのか、わからないのが現状なのです」
私にだけ読めなかった竜族に伝わる本がある、と言うと、始祖は「これか?」と聞いてくる。
始祖が手にしていたのは、ヴィルオルが保管してあるはずだった書籍〝秘術・竜魔法〟だった。
「どうしてそれを?」
「そなたの記憶から照合して、実物を召喚しただけだ」
なんてむちゃくちゃな魔法が使えるのか、と思ったものの、今は実物があるほうがありがたい。
本を開いてみると、始祖は中を読み込んでいた。
やはり、白紙に見えるのは私だけのようだ。
「そなたが時の旅人となったのは、十中八九、竜族の男が関連しているのだろうな」
「竜族の……ヴィルオルがですか?」
「ああ」
たしかに、ヴィルオルは私が命を落とそうとした瞬間の記憶が残っていた。
「その男はそなたを死なせないために、竜魔法の秘術でも用いたのだろう」
「竜魔法の秘術、ですか?」
「ああ。竜族は三つの心臓を持っていると言われているのだが、その中の一つを捧げることにより、奇跡のような秘術を使うことができるようだ」
「三つの心臓の、奇跡……」
書籍〝秘術・竜魔法〟を媒質とし、魔法が発動されたのではないか、と始祖は予想する。
「我に見える本の内容は偽装されたもので、本来書かれてあるのは魔法式なのだろう。そしてその魔法のすべては、きっとそなたの中に存在する」
始祖が私の額をとん! と叩くと、これまでなかった記憶が溢れ出てきた。




