バーベンベルク公爵の勘違い
バーベンベルク公爵は部屋にあったお茶とお菓子を見て、もてなしが足りないと叫ぶ。
「家にある果物と菓子とごちそう、すべて用意するように!」
「承知いたしました」
バーベンベルク公爵の一言で、使用人達は即座に行動に移す。
ヴィルオルと私はまさかの展開に呆然とするばかりだ。
「父上、いったい何をされるというのですか?」
「愛息ヴィルオルが初めて女子を連れてきたのだ、歓迎するに決まっておるだろう」
「いえ、彼女は父上が思うような相手ではなくて」
「こうして家に連れてくることから推測するに、特別な相手だということは、わかっているぞ!」
「はい!?」
バーベンベルク公爵は私達を置き去りにし、何やら盛大な勘違いをしているようだ。
この辺で暴走を止めたほうがいいだろう。
「バーベンベルク公爵、私はヴィルオルさんと同じクラブに所属しており――」
「おお、もしや〝竜大好きクラブ〟か!?」
「はい」
「おお、おお! あのクラブに入ってくれる女子がいたとはな!」
バーベンベルク公爵は幼少期から婚約者がおり、十七歳で結婚したため、貴族高等学校には入学しなかったという。
バーベンベルク公爵家の歴代当主は早い段階で婚約者が決まるため、そもそも入部できる者はごくわずからしい。
そのため、バーベンベルク公爵家の者達は講師として貴族高等学校に赴き、竜大好きクラブの活動に参加することがお決まりのようだ。
「我も妻と入部できたら、どれだけ楽しかったことか。愛息ヴィルオルも卒業までにぞんぶんに楽しむとよい!」
「いや、その、はあ」
バーベンベルク公爵はヴィルオルが好きな女の子を家に連れてきたのだと勘違いしているに違いない。
けれどもどうやって誤解を解いていいものか、わからないでいた。
「どれ、準備が整うまで、愛息ヴィルオルの幼少期の肖像画でも見せようか?」
「父上、見せなくてもよいです!!」
「恥ずかしがることはない、世界一愛らしい姿を描いたものだから」
「そう思っているのは、父上と母上だけです!」
「では、ユークリッド嬢に見てもらって、確認しようぞ」
「どうしてそうなるのですか!!」
二人のやりとりがおかしくて、笑ってしまう。
「父上のせいで笑われました」
「ははは、それは悪かった!」
バーベンベルク公爵は厳格な人物で、ヴィルオルにも厳しく教育をしているものだと思っていた。
けれどもそれは勘違いで、息子のことを深く愛し、育ててきたであろうことは見て取れる。
なんとも微笑ましい親子であった。
「して、二人の関係はリウドルフィング公爵は知っているのか?」
「父上、彼女とはなんの関係もありません!」
「友人関係のことでしたら、父は把握しておりません」
友人、という私の言葉に反応し、ヴィルオルは驚いた顔を向ける。
「すまない、別の関係がよかっただろうか?」
「いや、友人でいいのか?」
「君が嫌でなければ」
「嫌じゃない!」
「よかった」
私達のやりとりを、バーベンベルク公爵は慈愛の目で見つめているのに気付いた。
「友達から始まる関係というのも、よいものだろう!!」
「……」
「……」
友達以上の関係になるなんてありえないというのに、ヴィルオルが異性を連れてきたという点だけで盛大な勘違いをさせてしまったようだ。
ヴィルオルも父親相手に口で勝てないのだろう。
誤解を解くことを諦め、遠い目でいる。
「我も、貴殿らを見習って、リウドルフィング公爵と仲よくしてみるか……」
父親同士が仲よくしているところなど、想像できないのだが。
バーベンベルク公爵がよくても、プライドが無駄に高い父が受け入れるとは思えなかった。
「その、バーベンベルク公爵、父は大変な頑固者でして、もしかしたら失礼な態度を取るかもしれません」
「いい、気にするな。想定内だ」
どうやら父のことはよく理解しているらしい。戦いを通じて理解する部分があったのだろうか。その辺はよくわからないが、二人の関係がいい方向に進めばいいな、と思ってしまった。
その後、私はバーベンベルク公爵からもてなしを受け、お腹いっぱいになった状態で屋敷をあとにする。
あとは寮に戻るだけだと思っていたが、ヴィルオルはこれで終わりではないと言った。
「行方不明になったアマーリア・フォン・ジーベルについて調べたい」
「いいのか?」
「ああ」
心の奥底で、外出できるならばアマーリアについて何か調査したかったのだ。
ただ今回は竜大好きクラブの活動をするためであり、ヴィルオルもいるので勝手な行動はしてはいけない、と考えていた。
「花嫁準備学校の友人に、手紙を送っていたんだ」
アマーリアについて話を聞きたい、と。
すると直接話したい、と返ってきていたのである。
あと一ヶ月で冬期のホリデーなので、そのときに会いにいく予定だったのだが、予定を繰り上げて今日、話を聞きにいきたい。
突然の訪問なので在宅しているかわからないが、いつでもいいと手紙にはあったので、途中で手土産を買って花嫁準備学校の友人の家を訪問することにした。




