微妙な気分
しばらくすると家の中から僅かにガタガタと物音が聞こえてくる。
人がいる気配がするのだ。
足元を見ればオニキスも、玄関の近くで灰色の耳をぴんと立てている。ぴくぴく耳を動かし家の中の音を拾っているようだ。
その姿は可愛く、僕の心は癒されていた。
オニキスと出会って数か月――。相変わらずオニキスの言葉はわからないが、それでもオニキスがなにを考えているかは、少しずつだがわかるようにはなってきた。
これでお互いの気持ちを言葉にして、伝えられたらどんなに素敵だろう。僕はこれから怒られるかもしれない憂鬱な気分や、得体のしれない不安をしばし忘れ、現実逃避からちょっとほっこりとしていた。
だがほどなく、そんな気持ちはすぐに消し飛ぶことになる。
――ガタン!! ガラガラガラッッ――!!!
突然、大量のものが落ち、広範囲で雪崩が発生するような音が響いたのだ。尋常な物音ではない。
僕とオニキスは思わず顔を見合わせる。
家の中で一体、何が起きているのだろうか? サミュエルさん、ひょっとして家の中で下敷きにでもなっているのかもしれない。これは戸を無理やりにでもこじ開け、中の様子を確認した方がいいのかもしれない。僕は心に決めると、急ぎ戸に手をかけ思いっきり壊そうとしたその時――。
「いや~すみません。だいぶ、お待たせしてしまったようで~」
サミュエルさんの場にそぐわないのんびりとした声が聞こえ、突然、玄関の戸が開いたのだ。
「え!」
「キャフ!」
僕とオニキスは驚きのあまり声を上げて、不自然な格好のまま固まっていた。
「おや? 君たちは…さっき街で会った子だよね。どうしたんだい…?」
サミュエルさんは不思議そうに首を傾げていた。
「あ、いえその…落とし物がまだあったので届けにきたのですが…。突然、家の中から尋常じゃない物音が聞こえたんです。これは様子を見に行ったほうがいいんじゃないかと戸に手をかけたら、突然戸が開いたのでビックリしてしまって…」
「ああ、なるほど。う~ん、慣れない人は驚くよね。本当に大したことじゃないんだよ。ただ積んであった本が崩れて生き埋めになりそうになっただけだから、いつものことだし大丈夫だよ!」
「はあ…そうなんでしょうか」
「キャフぅ~」
僕とオニキスは微妙な気分だった。なんと言ったらよいのか、とにかく曖昧な返事しかできなかったのである。
たしかにサミュエルさん。よ~く見るとさっき会った時よりもかなりボロボロになっていた。いつも生き埋めになりかけているなんて…この人、一人暮らしのようだけど日常生活は本当に大丈夫なのだろうか?
僕の頭の中では、別の意味での不安が過ぎっていたのだ。




