春の訪れと麓の街
――春の女神に祝福された季節が巡ってきた。
五の月の半ばに入れば冬は去り、春の女神に祝福された季節が下界では訪れる。
そんな季節でも、高地にあるミケーネ山にはまだ冬の気配が強く残っていた。頂上付近では常に万年雪が積もっているし、冬の間オニキスと過ごした洞窟の周辺でも一メートル以上の積雪がまだ残っているところも珍しくない。
とりあえずの目標として、僕とオニキスはミケーネ山の麓にある街ケルンを目指すことにした。
この街にたどり着けばそこからは街道が幾重にも延びており、望めば帝都や隣国へ向かうこともできる。
けど、ここで問題がひとつ。
それは麓の街まで続く一般的な山道は、星読みの一族が住む村を通るため絶対に使うことが出来ない。なぜなら一族の大人や、山を目指す冒険者、つまりオニキスを狙っていると奴らと鉢合わせなる可能性があるからだ。
なら、違うルートを使い麓の街ケルンを目指すことになるのだが…。そこは道なき道であり、氷河が広がるところを通らなければならない厳しい道のりだ。
僕たちは氷河が広がる地点にたどり着くと、途中休みながらも慎重に氷の割れ目に気をつけ安全なルートを探し進んでいく。オニキスは身体は小さいけど慣れた足取りでピョンピョンとウサギのように氷河を渡っていくのだ。僕もオニキスの後に続き、慎重に氷河を越えていく。そして今進んでいる位置を、太陽や月、星の方角から割り出しシュナは黙々と麓の街を目指したのだ。
本来の道からは外れ危険なところを通った為か二日で下山できるところ二倍以上の日数をかけてミケーネ山を下りることになった。
ようやくケルンの街が見えてきたところで、僕は安堵のあまりほっと息を吐く。雪山のなか、命がけの下山だったがようやく人が住んでいる街までたどり着いたのだ。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずかオニキスは僕の頭の上で、ご機嫌に尻尾を振っていた。
オニキスは大きく長いもふもふの尻尾を僕の背中に垂らし、たまにピッピッと左右に揺らしている。顎は僕の頭の上に、両前足は爪でがっしりと落ちないよう僕の耳当ての所を押さえていた。ちなみに後ろ足は両肩のところに引っかけている姿勢だ。
わかりやすく言えばシュナの毛皮の帽子の上から、オニキスが覆いかぶさり、ちょうど小さな幼児が肩車をしているような恰好になっていた。
ちょっと…いや、かなり愉快な格好のままシュナはオニキスを頭の上に乗せミケーネ山の麓に広がる街へと入ったのだ。




