縮まる距離
腕に痛みが走ったが、かまわずに僕はやんわりと子犬の口を塞ぐ。声が外に漏れないようにするためだ。
そして、魔法を使うためにそのまま意識を集中させる。
僕がまともに扱えるのは闇魔法だけだ。
歯がゆいけど…それも初級のものだけ。これは、影に溶け込むように気配を消す魔法。主に山での狩りでよく使っていたもので僕としては使い慣れていた。
外にいる強そうな冒険者らしき人達に通じるかどうかは、正直わからない。
ただの気休めにしかならないかも。けど…なにもしないよりはるかにましだ。
そう思いながらも必死に子犬を抱え周りの影に溶け込むようにイメージしながら魔法を発動させ続ける。
「……!」
僕たちのいる洞窟のすぐ近くを歩き回っていた二人は、不意に歩みを止めた。
ひょっとして見つかったのではと、内心僕は冷や汗ものだったが――どうやらそうではないようだ。
「…。雪が降ってきた。時間切れだ…残念だが、捜索はここまでのようだ…」
「くそ! ここまで追い詰めたのに!! 探査能力のあるアイリーンだって近くまで来ているんだぞ! もう少し、あともう少しで奴を見つけられるかもしれないのに!!」
「短気を起こすな。今はこちらの分が悪い…。雪は舞っているだけだが、このままではもうすぐ吹雪になるぞ。冷静になれ! 仲間を危険に晒す気か」
「わかった…。アイリーン達と合流し速やかに山を降りる。これでいいんだな」
「ああ、また機会は巡ってくる。今は引こう」
その言葉を最後に二人の気配は徐々に遠くなり、消えていったのだ。
念のためしばらくの間じっと息を潜めていたが、もう大丈夫だとわかると僕は大きく息を吐き脱力する。子犬の口を塞いでいた手を静かに下ろしたのだ。
きっとまだ怒っているだろうなと子犬の顔を見ていると、意外なことに気遣うような心配そうな表情だった。つぶらな黒い瞳で僕の顔をじーと見ていた。よく見ると子犬の耳がしょんぼりと垂れている。
そして――噛みついたりして悪かった…っと言わんばかりに、今さっき噛みつき血が出ている僕の右腕を一生懸命に舐めているのだ。早く、治ってと言わんばかりに。
僕は、表情を和らげると思わず笑顔になる。
ほんの少し、この子犬との距離が縮まったような気がして心が温かくなるを感じていたのだ。
「…たいした怪我じゃないから大丈夫だよ」
そう言いながら、腕の中の子犬の頭を優しく撫でたのだ。




