見えない追撃者
子犬がやっと一匹、通れるような洞窟の隙間。そこから聞こえる強い風の音。
その音に紛れて、新雪を踏みしめる重い足音も僅かに聞こえてくる。四足歩行の動物の軽やかな足音とも違う。
この足音は…人間の大人の足音だ。しかもひとりだけじゃない…複数人いるようだ。
僕は慌てて氷の地表に耳を近づけた。もちろん直接、耳をつけたら凍傷になり危ないので、いつも被っている寒冷地用の耳まで覆う帽子越しにだ。
そうやって、そこから人数を確認しようとしたのだ。まさか、山での狩り以外で役に立つとは…思わなかったけど。
そして意識を聴覚に集中させる。人によって歩き方には癖があり、それぞれ違う音がする。それによって人数を割りだすことができるのだ。
この歩き方なら二人…? いや、かなり後方から二人の足音も近づいている。そうすると四人がこちらに近づいていることになる。
僕はなるべく身を潜め音をたてないようにする。幸い、子犬も警戒するような視線は穴の外に向けているが、じっとしている。
すると外から風に紛れ、声も聞こえてきたのだ。
「確か…この方角に逃げたはずだが…おい、あったぞ! 間違いない。…奴の血痕だ」
「油断するなよ…。相手は力が封じられ弱体化しているとはいえ、今度こそ確実に仕留めるぞ…」
「そんなことは、わかっている―!!」
「し、静かに…声が大きい。近くに奴がいるかもしれないんだ…ここからは慎重に動くぞ…」
「すまない…。冷静さを失っていたようだ。お前の言う通りだ、サガ」
――二人の人間の気配だ。
けど、僕が知っている一族の誰とも違う。だって今日は神聖な冬至の日で、一族の人間なら供物を捧げたらすぐにミケーネ山を下山し、静かに村に戻るのが掟だ。
それにこの声…まったく聞いたことがない。明らかによそ者だ。春も遠い真冬にこんな山岳地帯までやってくるなんて一体何の用があって? 魔物や動物を狩りに来た冒険者なのだろうか。
僕は身を固くすると小さくなる。警戒心からくるのか、なんとなく見つかってはいけないそんな気がしたのだ。
けどこの子犬は気丈にも怪我をした足を引きずりながらも、最後の抵抗をするためか。鼻にしわを寄せ、二人の人間が近づくにつれ、低い唸り声を上げ始めていた。
状況から考えてこの子犬に怪我を負わせたのは、もしかしたらこの人たちなのかもしれない。
それならなんのために? けど、こんなやり方…納得できないよ。理由は知らないけど弱い存在を寄ってたかって追い詰めようとするなんて! 静かな怒りが沸々と湧いてくる。それはこの子犬を――僕自身と重ねていたのかもしれない。
けど、見つかれば確実にこの子犬は殺される。そんな予感が頭によぎったと同時に気がつけば身体が動いていた。
僕は迷わず子犬に両手を伸ばすと、僕の懐に引き寄せ抱えたのだ。
「ギャッ!!」
「……っ!!」
驚いた子犬は、僕の腕を思いっきり噛みつく。
それでも僕は手を放すことなく、子犬の口を、音が漏れないように塞ぐ。そして唯一まともに扱える、気配を消す魔法を使ったのだ。




