~ 僕の長いお休み ④ ~
~ 僕の長いお休み ④ ~
僕と絵梨香は"薄い本"を売り終えて後片付けを手伝っている。
絵梨香の大量の戦利品は発送サービスで自宅に発送してもらう予定である。
"あ~早くホテルに帰りたい……"
"それに早く化粧も落としたいし……"
"胸に張り付けたシリコンパッドも外したい"
僕はそう心の中で呟きながら後片付けをしていると島本さんが話しかけてくる。
「ねぇ、この後、少し付き合ってくれる」
「今日のお礼もしたいしね」
島本さんはそう言うとニッコリと笑う。
本当はホテルに直帰したかったのだが、島本さんの善意とその笑顔を見ていると僕には断る事が出来なかった。
「ああ……はい……お付き合いします」
僕がそう言うと絵梨香も横で頷いている。
片付けが終わり更衣室へ着替えに行こうとする僕を島本さんが呼び止める。
「着替えだけにしてね……」
「化粧もカツラもシリコンパッドも取らないでね」
島本さんの不可解な言葉に僕がその理由を聞くと……
「これから、東池袋のオフ会に行く予定なのよ……」
僕には池袋に行く事に何の関係があるのか全く分からないので不思議そうな顔をしていると
「そこね……別名「腐女子の聖地」って呼ばれているの……」
「だから……その……女装したままの方が……」
「君のためだと思うよ」
そう言うと島本さんは、少し意地悪そうな笑みを浮かべる。
そんな島本さんのを見ていると僕は以前にネットで見た記事の事を思い出す。
「それって……"乙女ロード"ってところなのですか」
僕が恐る恐る聞くと島本さんがニヤリとして小さく頷く。
「僕も行かないとダメなのでしょうか……」
僕の問いかけに島本さんは再び小さく頷く。
「そうですか……分かりました……」
何故か不思議な事に疲れ切っていた僕の脳はその時に女装して外を出歩く事を何とも思わなかった。
今考えても、何故なのか自分にも分からない……
クロークに預けてあった荷物を手に男子更衣室へ入ろうとすると20代半ばの男性スタッフの人に呼び止められる。
「ここは、男性専用です」
「女性の方は一階の方に専用更衣室があるので……」
「そちらの方をご利用ください」
朝、来た時も同じように別のスタッフの人に呼び止められたので僕は自分が男性であるという事を証明するために免許証を提示する。
「えっ……しっ失礼しました……」
スタッフの人は免許証を見て焦っているのが分かる……これも朝、来た時と同じである。
そして、更衣室へ入ると着替えていた他の男性レイヤーさん達が僕の方を見て"ギョ"っとした表情になる……これも朝と同じである。
「あ~男です……」
僕がそう言うと少し躊躇いながらも他の男性レイヤーさん達は僕の声に納得する。
神官のようなコスチュームを脱ぐとジーパンとTシャツに着替えて脱いだコスチュームを鞄に詰め込んで更衣室を出る。
僕の姿を呆然とした表情で見送るスタッフの人の様子が何故か面白かった。
夏の西日が照り付ける中で30分近く出口付近で"ぼぉ~"っと待っていると絵梨香たちがこちらの方にやってくるのが分かる。
女性更衣室は混んでいる上に着替えにも時間が掛かるので仕方がないと思いきや……
絵梨香たちは別のコスチュームに着替えていた。
(普通の服とあまり違わないような男装風のコスチューム)
僕の見つけた絵梨香が駆け寄ってくる。
「兄さん、お待たせ……遅くなってごめん」
絵梨香がそう言うと僕の顔をジッと見る。
「……やっぱり、女の子にしか見えないよ」
絵梨香がそう言うと他の3人も納得したように頷く。
当人たちは褒めているつもりなのだろうが、僕の心境は何とも言えない複雑なものであった……
「それじゃ……行こうか」
そう言うと島本さんは駅とは反対方向へ歩いていく。
「あれっ……駅は向こうなんじゃ……」
僕が戸惑ったように言うと島本さんが僕の方を振り返る。
「車、駐車場に止めてるのよ」
「池袋まで30分ってとこかな……」
島本さんの"車"と言う言葉に僕は少し驚いてしまう。
「島本さんて車持ってるんですか」
僕が少し驚いたように問いかけると
「そうよ……"チー"も"ミワ"も車持ってるよ……」
島本さんは持っていて当たり前のように言う
「今日は、駐車場の空きの事も考えて一台で来てるの」
「私の車が一番大きいから」
僕にとっては自分の車を持っているという事は大人だという事と同義である。
「失礼ですけど……」
「島本さんて何歳なんですか」
驚いた僕は無意識に女性に歳を聞くという失礼な質問をしてしまうのだった。
「えっ……私、23よ……」
「"チー"は同じ年で23、"ミワ"は22だよ」
「3人とも地元民よ……」
島本さんが少し戸惑いながらもそう言うと僕と絵梨香の方を見て少し照れ臭そうにする。
「3人とも、もっと年下だと思っていました」
僕がしみじみと言うと島本さんは少し嬉しそうだった。
「嬉しい事言ってくれるわね……」
「今日は、お姉さんが奢ってあげるわよ」
島本さんは嬉しそうにそう言うと隣にいた"チーちゃん"と"ミワちゃん"の2人が少し呆れたような顔をする。
「……"サキ"……2人とも未成年なのよ」
「分かってるわよね……」
"チーちゃん"が諫めるように言うと、隣で"ミワちゃん"が大きく頷く。
僕は2人の様子を見て"サキちゃん"が母と同じようなタイプの人間だと直感する。
「そっか~未成年か……」
「だったら、仕方ないか……」
島本さんは残念そうに呟くと再び歩き始める。
駐車場に止められていた島本さんの車は真新しい白の7人乗りのミニバンだった。
因みに、"チーちゃん"は軽自動車、"ミワちゃん"はコンパクトカーだそうである。
駐車場を出ると首都高速に乗り池袋に向かう。
車の中では絵梨香たちはオタク談議に花が咲いている。
そんな中、僕はボォ~っと窓の外を見ていると島本さんが僕に話しかけてくる。
「ごめんね……無理につき合わせちゃって」
「向こうは今日、コスプレのイベントやってるから」
「車だったら女装したままでもいいかなって……」
「それに、手間が省けると思って」
「帰りもホテルの前まで送るから……」
島本さんはそう言うと軽快な運転で車を走らせる。
じつは、島本さん達も絵梨香もこれから向かうコスプレイベントは"オールナイト"だと知っていて僕に言っていたのだという事をこの時点は僕はまだ知らなかった。
車を駐車場に止めると少し歩いて"乙女ロード"へと向かう。
通りには多くのコスプレイヤーさんが集まり賑わっていた。
レイヤーさんの中には外国人の姿もけっこう目にとまる。
その様子は、僕の目に本当の異世界のように映り、自分が本当に異世界にいるような錯覚に陥る。
これも、後で知った事なのだがこの辺りは"コスプレイヤーの聖地"でもあるようでコスプレ衣装を取り扱う専門店を多く見かけた。
島本さん達は通い慣れているようで顔見知りの人達と話をしたり記念撮影をしている。
僕はと言うと……絵梨香にべったりとくっ付いているのであった。
暫くすると、執事のコスプレをした女性レイヤーさんが絵梨香に話しかけてくる。
どうやら、京都のイベントで知り合ったレイヤーさんのようである。
その執事のコスプレをした女性が僕の方を見ると……
「ねぇねぇ……この子、絵梨香さんの妹なの」
僕の事を男装した女の子だと思ったようである。
「ああ……その……何というか……」
絵梨香はどう答えたらよいのか苦慮しているのがわかる。
困っている絵梨香に僕は諦めたように"いいよ"と言う視線を送る。
「その……じつは……お兄ちゃんなの……」
絵梨香は小さな声で呟くように言うと"ええっ!"と言う表情になり露骨に驚いているのが分かる。
「うっ! 嘘でしょう! 」
「どこからどう見ても女の子にしか見えないわよ」
「しかも、無茶苦茶、可愛いじゃないのよっ!」
執事のコスプレをした女性は僕を頭の天辺から足のつま先まで見て信じられないという表情で言う
そして、僕の胸をジッと見ると"えっ……"っと言う表情になる。
「ひっ!」
作り物とはいえ、若い女性の露骨な視線に僕は身体をすくめ、小さな声を出してしまう。
「なによ、胸……あるじゃないのよ」
「それに、今の完全な女の子の反応じゃないの」
シリコンパッドの胸を本物だと勘違いしてるようだ。
これ以上、話がややこしくなると困るので僕は事情を説明する。
「確かに……声は……男の子の声ね……」
どうやら僕の声を聞いてわかってくれたようなのだが……
「でも……本当に……付いてるの……」
疑わしそうに呟くと僕の股間に視線を向ける。
僕はこの場でパンツを脱いでやろうと思ったが"猥褻物陳列"で御用になるのは嫌なので思いとどまる事にしたのであった。
「はははは」
僕の直ぐ後ろから島本さん達の笑い声が聞こえてくる。
「あれっ……"サキ"じゃない」
執事のコスプレをした女性と島本さんは知り合いのようだ。
「"ユキ"が信じられないのも分かるわ」
「私だって、そうだもんね……」
「でも、"正真正銘の"男の娘"よ」
笑いながらそう言うと僕のすぐ傍にやってくる。
「ホントに"男の娘"なんだ……」
「そこらの女子より遥かに可愛いじゃないのよ」
島本さんの言葉に"ユキ"さんは納得したようである。
「ごめんね……こんなの、本当はルール違反なんだけど」
「職業柄どうしても気になっちゃって」
「私は、長澤由紀子って言います」
「で……」
そう言うとポケットから何かを取り出して僕に差し出す。
「……」
僕は"ユキ"さんの差し出した物が名刺だという事に気が付き目を通すと……
株式会社 〇×・メディア
所在地
〒102-0XXX 東京都千代田区XX町XX-XX XXビル 2F
雑誌・ウェブサイト編集部 長澤由紀子
……と書かれていた。
どうやら……メディア関係の、それもこの手の専門雑誌の編集者のようである。
なんか……嫌な予感がする……
僕のこの手の嫌な予感は、ほぼ100%の確率で的中するのである。
「ねぇ、君……うちの本の"表紙"にならない」
僕は"ユキ"さんの突然の申し入れに頭の中が真っ白になり固まってしまうのであった。
~ 僕の長いお休み ④ ~
終わり




