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 僕は……  作者: イナカのネズミ
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~ 僕の長いお休み ③ ~

  ~ 僕の長いお休み ③ ~



 土曜日の午前10時頃……

 和泉家のリビングでは、僕が絵梨香のオタ友の作ったコスチュームを着ていた。

 コスプレ姿で呆然して立ち尽くしている僕をみて絵里香と"アッちゃん"が感心したかのような表情で僕を見ている。


 絵梨香のオタ友の池田敦子さん……通称"アッちゃん"は身長は157センチショート、ヘアの普通体型で見た目は何処にでもいる普通の女子であるのだが……

 その中身は迷う事なき完璧な腐女子である。

 そして、絵梨香から聞かされていた通りの性格の子だった……


 僕は、その"アッちゃん"の手によりRPGゲームに出てくる少女神官のような白のワンピースのコスチュームを着させられ、お坊ちゃんのような少し長めの髪のカツラを被せられたうえに化粧までされている。


 「兄さん……可愛い……」

 コスプレしてカツラを被り化粧をした僕を見て絵梨香が思わずうっとりとした表情で呟く。

 その表情から絵梨香がお世辞抜きの本心でそう言っているという事が分かる。

 絵梨香は褒めているつもりなのだろうが、その穢れの無い純粋な眼差しと嘘偽りのない一言は返って僕の心に大きな傷を遺す事になるのだった。

 絵梨香の横で"アッちゃん"が僕の方を食い入るようにジッと見ている。


 「絵梨香から送られてきた"お兄さん"の写真を見て……」

 「もしかしたらと思ったけど……」

 「ここまで、似合うとは思わなかったわ……」

 絵梨香のオタ友の"アッちゃん"が感心したかのように呟くと満足したように首を何度も縦に振り、僕の周囲をクルクル回りながら自分の作品を点検するかのようにじっくりと僕のコス姿を観察している。


 "ハッキリ言って……かなり恥ずかしいなぁ……"

僕は心の中で呟き"アッちゃん"の視線に戸惑いモジモジしていると……


 「んん~っ」

 「何か……足りないわね……」

 「ん~んん~」

 "アッちゃん"は小さな声で呟くと何か考え込むような小さなうなり声を上げながら芸術家のような眼差しで僕の方をジッと見る。

 「あっ! そうかっ!……胸パッド入れた方がいいわねっ!」

 「○○××はショタキャラだけど……」

 「微かに乳がある方が絶対に良いわっ!!! 」

 「その方がより中性的でいい雰囲気になるっ!!!」

 そう言うと大きな鞄の中から怪しげなビニール袋に入った物を取り出す。


 「ちよっと! 待ってくれっ!!」

 「流石にそれは勘弁してくれっ!!!」

 僕は、怪しげなビニール袋の中身が何なのか大体見当がつくので慌てて拒否する。


 「大丈夫よ、新品だから……」

 「それにシリコン製で張り付けるタイプだし……」

 「チョイ盛の一番小さいのだからブラはしなくても大丈夫よ」

 「爆盛の大きいのだと汗かいたりしたら……」

 「重さでズリ落ちて大変な事になっちゃうからダメだけどね」

 "アッちゃん"は知りたくも無い情報をレクチャーするとビニール袋の封を切りニヤリと微笑んだ。

 腐女子の"アッちゃん"と一般人の僕とでは問題の論点が完全にズレていたのだった。


 「"アッちゃん"……そんなのまで持ってるの」

 絵梨香が"アッちゃん"の手にしているシリコンパッドを見て言う


 「あのねぇ絵梨香……日本の殆どの女子はねっ!」

 「絵梨香みたいな立派なモノをぶら下げていないのよっ!!」

 「今日日(きょうび)のアニメ乳はねっ!!! 」

 「実寸値で最低でもEカップ以上は必要なのっ!!! 」

 「爆乳キャラだと最低Jカップ必要なのよっ!!! 」

 「ケッ! Jカップっ!!! そなん生乳(なまちち)、今まで拝んだ事ねーっ!!! 」

 「絵、描いてる奴も少しは、コスする奴の事を考えろっ! つーのっ!!! 」

完全に暴走した"アッちゃん"は、そう言うと手にしていたシリコンパッドをギュと握り締めるシリコンパッドがグニュっと拳の間からはみ出る

 「皆ね……バレずに盛るのに苦労しているのよっ!!!」

 「この気持ちっ! Gカップの絵梨香に分かるっ!!!」

 "アッちゃん"は具体的な実数値を示し恨めしそうに絵梨香の胸を見てから自分の無い胸を手で撫でるように触り涙ながらに力説する"アッちゃん"であった。


 「お兄ちゃん……」

 「"アッちゃん"はコスに関しては一切妥協しないの」

 「気の毒だけど……諦めて……」

 慌てふためく僕の耳元で絵梨香が囁くように言う。


 「ひぃぃぃーーーっ!」

 「やめてくれぇーーーっ!」

 抵抗する僕を後ろから絵梨香が羽交い絞めにする。

 "Tバック"は穿かなくて済んだのだがシリコンパッドを付けられてしまう僕であった……


 「うんっ! いいっ!! いいわっ!!! 」

 「私より、俄然お兄さんの方が似合ってるっ!!!」

 「このコス、お兄さんにプレゼントするね」

 「今、付けてるシリコン・パッドもオマケに付けるわ」

 "アッちゃん"は胸にシリコンパッドを入れられて愕然としている僕を見て満足そうに言うのであった。


 "要らねーよっ!!! こんな物っ!!! "

 小心者の僕はニッコリと愛想笑いしながら心の中で悪態をつくのであった。

 それに、貰ったところで僕にその手の趣味はないし、もう二度と着る事は無いだろう……

 僕にとっては永遠に葬り去りたい人生でも最悪の黒歴史の遺物になる事は間違いないからである。


 鏡に映った僅かに胸のある自分の姿を見て、思わず自分の胸に手を当てる……

 作り物の胸の感触に僕は、ノートパソコンと引き換えに何か"大切な物"を1つ無くしてしまったような喪失感と、してはならない事をしてしまった背徳感に襲われるのであった。


 その後、絵梨香と"アッちゃん"は絵梨香の部屋でオタ話に花が咲いているようであった。

 "アッちゃん"はその後でしっかりと我が家で昼飯を食った後で満足げに帰っていくのであった。




 そして、8月13日イベントの当日……

 絵梨香と一緒にコスプレをして売り子をしている僕の姿があった。

 絵梨香の言う通り、炎天下の中で長い行列に並ばなくても済んだし、変質者のような姿で長蛇の列に並び"薄い本"も買い漁らずに済んだのだが……


 因みに、化粧はホテルで絵梨香にしてもらって会場まで来ているのだが道中で誰にも変な目で見られる事は無かった。


 それに、ホテルを出る前に絵梨香の言った一言……

 「兄さんっ、何処から見ても女の子にしか見えないから」 

 「大丈夫っ! 絶対に男だなんてバレないわっ!! 自信を持って」

 何に自信を持っていいのか悩む所なのだが気にしないようにする事にする僕であった。


 流石は日本のオタク文化の発信の中心地の大都市"東京"……

 ポップ・カルチャーに対する理解度が田舎とは違うのだと素直に思ったのだが、後でよくよく考えれば本当に女の子だと思われていただけだと気付く僕であった


 更衣室で着替えた僕と絵梨香が指定されたブースに行くとコスプレした3人の女子の姿が見える。


 どうやら、この3人が"アッちゃん"のサークルのメンバーのようである。

 "薄い本"を長いテーブルの上に並べているようだ。

 後ろにある壁の前には段ボール箱が台車の上に山積みにされているのが見える。

 "これ……全部、「薄い本」なのか……"

 僕は、あまりの量に驚いて思わず心の中で呟いてしまう。


 僕は、このサークルが合体サークルという2つのサークルが合体したサークルであり、コミケでは"壁サークル"と呼ばれている人気の同人誌サークルだという事を知るのは後の事である。

 (島本さんのサークルと"アッちゃん"のサークルが合体と言うか協力している)


 

 そうすると3人内の1人が僕と絵梨香に気付いたようでこちらの方に近付いて来る。

 広鍔の山高帽子を被り魔法使いのようなコスプレをしていて身長は165センチほどの痩せ型で、黒縁眼鏡に長めのストレート・ヘアー真面目そうで家柄の良さそうなお嬢様女子大生のような感じである。

 

 「もしかして……あなた達が……」

 「敦子の言ってた、助っ人さんね」

 そう言うと僕と絵梨香をジッと見る。

 「いいわね……2人とも……」

 「流石、敦子ね……いい仕事ね……」

 以前に京都のイベント会場で絵梨香のコスプレ姿を見た時の僕と同じようなセリフを呟くと……何やら1人でニヤニヤした顔で満足そうにしている。

 「こっち来て、サークルのメンバー紹介するから」

 「私は、サークル代表の島本早紀……"サキ"って呼んでね」

 「今日1日、よろしくね」

 そう言うと大きくお辞儀をする、僕と絵梨香も同じようにお辞儀をする。

 そして、僕と絵梨香は代表の島本さんの後ろに付いて行くのであった。


 島本さんが、残りの2人のメンバーを紹介してくれる。

 3人とも同じ高校の生徒だったそうである。

 1人は僕と同じような神官のようなコスプレをしている中西千沙さん(チーちゃん)、身長160センチほど少し太めの体型で穏やかそうな感じの人である。

 

 もう一人は、侍のようなコスプレをしている西崎美和さん(ミワちゃん)、身長は170センチほどで、かなりの痩せ型、ポニーテールがよく似合うなかなかの美人さんである。

 2人とも絵を描くのが好きで"腐女子"だと胸を張って言っていた。

 この時点では、僕はこの3人の年齢などは全く分からなかったし聞く気も無かった。


 僕と絵梨香も自己紹介をすると……

 案の定、僕の事を弟だと思っていたようで2人して"えっ"っと言う表情になっていた。

 

 気が付けば絵梨香はいつの間にか3人と仲良くなっていた。

 流石に腐女子の危うくて濃い会話に僕の入り込む余地はなかった。

 僕は1人で会場の様子を窺っている……

 まだ、開場前なので一般参加者は誰もいなくサークル参加者が慌ただしく出店の準備をしている様子がわかる。

 暫くすると、絵梨香が代表の島本さんと一緒に自分達の作った"薄い本"の入った箱を1つ持ってこちらの方にやってくる。

 箱には"新刊"と赤のマジックで書かれているが僕の目に留まった。


 「これから、挨拶に行ってくるね」

 絵梨香がそう言うと代表の島本さんと一緒にブースの外へ出て行くのであった。


 残された僕は少し息苦しく感じてしまうのだが……

 それは、同じように残されたサークルの2人の中西さんと西崎さんも同じだったに違いない。

 何故なら、僕は"男子"でしかも初対面なのであるから当然の事なのだ。

 中西さんと西崎さんは何か話をしながら僕の方を何度か見ているのが分かる。

 "まぁ……仕方ないよな……"

 僕は心の中で諦めたように呟いていると2人がこちらの方にやってくる。

 "えっ……なんなんだろう……"

 小心者の僕の心臓の鼓動が早くなるのがわかる。


 

 「そのコス凄く似合ってますっ!!」

 「あの~男の人なんですよね……」

 西崎さんが僕の方を見て信じられないというような感じで話かけてくる。

 僕が小さく頷くと、中西さんも信じられないという表情で僕を見ている。

 そして、2人の視線が僕の胸に向けられているのが分かる。

 ノーブラなので歩くと本当に胸が揺れ、まるで本物の胸のように見えるからである。

 僕としては何とも言えない変な感覚である。

 因みに、"アッちゃん"にはズリ落ちる可能性があるから走るなと言われている。 


 "ああ~そう言う事か……"

 僕は心の中で呟くと2人が思っているであろう事の説明を始める。

 「これ……シリコン・パッドだよ」

 「直接、胸に張り付けてあるんだよ」

 僕が胸に手を当ててそう言うと2人は"なるほど"と言う表情になる。


 「もう……コス歴は長いんですか」

 中西さんが興味津々な目をして僕に聞いてくる。

 僕が今日が初めてだと伝えると2人とも露骨に驚いていた。

 因みに、このサークルのコスチュームは全て"アッちゃん"の手作りだそうである。


 すると、サークル代表の島本さんと絵里香が帰ってくる。

 絵梨香は大量の"薄い本"の入った手提げ袋を両手にぶら下げていた。

 "……んっ……"

 "あの手提げ袋は……僕のエコバックじゃないかっ! "

 絵梨香が手にぶら下げている手提げ袋が普段から僕が買い物の時に使っているエコバックだという事に気付き心の中で叫んでしまう。


 僕は、自分でも少し顔が引き攣っているのが分かる。

 そんな僕の事などお構いなしに絵梨香は上機嫌で僕の傍に来るとエコバックの中を見せる。

 「これ、島本さんと一緒に他のサークルさんに……」

 「挨拶に言った時に分けてもらったのよ」

 僕のお気に入りのエコバックには"薄い本"がたっぷりと詰め込まれているのであった。


 "なるぼど……そうういう事か……"

 絵梨香が買い物をする必要が無いと言っていたその訳を理解する僕であった。

 そして、腐女子の煩悩の結晶を詰め込まれて今にも破れそうなエコバックを見ていると何だか、悲しい気分になってしまう僕であった……

 

 僕が落ち込んでいると会場内にイベントの開幕を告げるアナウンスが入り拍手が会場内に響き渡る。

 その拍手のあまりの大きさに僕が驚いていると遠くからドッドッドッっという地震のような雑踏音が響いてくる。

 僕が狼狽えているとサークル代表の島本さんが声を掛ける。

 「さぁっ! 始まるわよっ!!!」

 気合の入った島本さんの掛け声に西崎さんと中西さん……そして絵梨香も片手を力強く上げる。

 状況が全く分からなず狼狽えている僕だけが完全に周囲から浮いていた。

 "ここはもしかして……"

 "僕のような人間が居てはならない場所なのでは……"

 今頃、気が付いても手遅れである。


 あっと言う間に津波のように女子の大群がブースの前に押し寄せ行列を作っていく。

 ほんの数分で僕と絵梨香が売り子をするサークルの前には既に長い行列が出来ていた。

 "なっ! 何なんだこの女子の行列はっ!!! "

 "コイツら全員、腐女子なのかっ!"

 僕は、サークル・スペースの何で目の前にズラリと並んだ腐女子と思われる行列に驚愕してしまう。

 僕は、ひたすら1000円札を受け取り"薄い本"を手渡していく。

 まるで、わんこ蕎麦の店員ようである。

 客も全員がお釣りの無いように1000円札を用意しているようである。

 そして何より、以前の京都のイベントの時とは違い誰も僕の事を変な目で見ていないのが分かる。


 当然、その中に中野さんがいた事は言うまでもないのだが……

 中野さんは絵梨香の方に気を取られていたようで僕の事には全く気が付いていない様子であり、僕はコスプレをしていて少し得した気分になるのであった。


 用意されていた膨大な量の"薄い本"は2時過ぎには完売していた。

 完売と同時に周りのサークル参加者さん達が拍手をしてくれる……

 ダンボール箱の中に無造作に投げ入れられた膨大な1000円札の量に貧乏人の僕は只々驚くばかりであった。

 "いったい……いくらぐらいのあるんだろう……"

 貧乏人の僕は無意識のうちに金勘定をしてしまうのであった。

 僕にとっては異世界の住人になったような1日であった。

 ……が、まだ終わりではなかった……


 体力を使い切りフラフラになっている僕を他所に、隣の女子4人の顔には活力が漲り、目がギンギンなのか分かる。


 ここからが、僕にとっても本当の試練なのであった……

 

 

  ~ 僕の長いお休み ③ ~


終わり



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