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完全記憶能力でいい記憶がない

「じゃあそろそろ行ってくるね」


「これはスパイごっこじゃないんだからな気をつけろよ」


「わかってる」


 千花が緊張した面持ちでビルの中へと入って行った。

 以前ブタ(大沢)から渡された名刺で芸能事務所の名前を頼りに、千花が面接を受ける手筈になっている。 

 あれからみんなで説得したものの、頑として譲らず作戦決行となったのだ。


 学校でも美少女ぶりを発揮している千花であれば合格は間違いないだろう。

 ただし千花は最初から大沢の事務所に入る気などさらさらない。


「どうせ入るならメモリーの事務所がいい」などと冗談も言っていた。


 あれって……冗談だよな?


 僕は作家でありシンガーソングライターという芸能活動もしているけど恥ずかしいので露出はしない。

 千花は華があるからデビューでもしようものなら瞬く間に売れっ子アイドルになってしまうだろう。

 だが今回の目的は大沢事務所である事をして目を付けられることなのだ。


『聞こえますか、どうぞ』


『ばっちり聞こえます、どうぞ』


 白鳥グループ製の高性能小型通信機を使ってテスト通信を行った。

 さすがハイテク産業でも他社を一歩も二歩もリードする白鳥エレクトロニクス。

 どんな小さな声も拾ってくれる。


『くれぐれも無茶はするなよ』


『了解。いざとなったらメモリーが助けてよね』


『そうなる前に帰って来い。なにかあれば必ず助けるから』


『うん!』


 イヤホンから聞こえてきた声は顔が見えなくても分かるくらい明るく元気な千花の顔が想像できた。


 * * * *


 それから1時間ほど経過して千花が無事に戻ってきた。


「無線で全部聞いていたけど感触はどうだった?」


「後日連絡が来るらしいけど問題ないと思うよ」


「合否の事じゃなくて……」


「ああ、面接官のひとりが急にどこかへ連絡していたみたいよ」


「こっちのエサに食いついてくれたようだな」


 俺たちの作戦はこうだ。


 千花は幼馴染である僕がひいき目なしで見ても、すぐにでも芸能界デビューできるくらいの美少女だ。

 そこで通常の面接をした際に聞かれる『特技』に目を付けたのだ。


 その特技とは……『一度読んだ本を完全に記憶できる』

 僕の完全記憶能力を特技として千花に披露してもらったのだ。


 面接中にドラマの台本を読んで、それを通信機から聞こえてくる()()()()()()()()()()()()、その後再び千花に教え覚えたように見せたのだ。


 最初は物覚えがいい程度に思われたようだけど、さすがに5分以上も台本を読み続ける姿を見れば誰だって驚くだろう。

 その中の一人がどこかへ急いで連絡したようだ。


 普段は見たものすべてを記憶する完全記憶能力だけど、僕には聞いたことも忘れない完全記憶能力もあるのだ。

 これで千花の事を大沢がマークするのは間違いないはず。


「しかし……メモリーが今までこんな力を隠してたなんていまだに信じられないわ。これって『人間ボイスレコーダー』じゃない。ほんと羨ましすぎる」


「この能力は使いこなすまでに苦労したから冗談抜きであまりいい記憶はないな。目に見えるものと違って意識を聞きたい音に集中しないと周りの音を全て拾ってしまうから雑音で頭が痛くなってしまうんだ」


 幼少期は本当に辛かった。

 常に雑音が聞こえてくるのでそれを聞き流すことが出来ない苦しさは拷問に近かった。


 コントロールできるようになったのはおじいちゃんのおかげだ。

 今になって思うのは、僕が能力を持ってるのを知っててコントロールさせる為に『氷河流護身術』で精神統一の訓練もしていたに違いない。

 

「でもさ……大事な人の声とか言葉を一生忘れず覚えていられるなんて素敵じゃない」


 俯き加減にこちらをチラチラと上目遣いに見てくる千花がなんだか可愛い。


「そうかもしれないけど大事なのはハート……心で覚えているかどうかだと思うよ」


「それは……どんな風に?」


 気付けば千花の顔が目の前まで迫ってきた。

 な、なんでいまさらこんなに心臓がドキドキしてくるんだよ。

 自分の心臓の音まで記憶してしまいそうだ……


「わたしの心臓もドキドキしてるけど、ひょっとして……メモリーもかな?」


「う、ああ……」


 言葉にならない声を発する僕の胸に、千花の白くて小さな手が触れる。


「わたしの……音も記憶してみたいでしょ?」


「な、なにして……」


 手首を掴まれゆっくりと彼女の胸へ僕の手が引き寄せられていく。


 お、おかしくなりそうだ。

 付き合っていた時以上に僕の胸の鼓動が早くなっている。


 ひょっとして僕はまだ千花のことが……


「はーいカット!!ここまでです」


 はっ!?と我に返った僕の腕を小悪魔がプルプル震えながら掴んでいる。


「先輩はこの感触を記憶してください。えい!」


「あわわわわわわわ……」


 意を決した小悪魔が、事もあろうに僕の手をデカ……デカメロンに持っていったのだ。

 ほとんど条件反射で鷲掴みにしてしまった僕は……


 誰に叩かれたか分からないけど頭に衝撃を受け再び記憶がそこで途絶えてしまった。

 

いつもありがとうございます!


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