セクハラをした記憶がない
「それじゃあ実際にそこにいたのは兄の方で、持っていたスマホにはニヤニヤした弟が写っていたのね」
「そうなるね。でも施設の中でスマホなんて使えるのか疑問だけど」
ここでいう施設とはブタの悪行の数々がバレたので送られた少年院の事だ。
映画やドラマでよくある話では守衛に対してそれなりの対価を払い抱き込んだりしているのであのブタならそれを行う可能性は非常に高い。ブタの一族は大沢財閥なのだから。
「じゃあこの事件を計画したのは大沢兄弟ってこと?」
怪訝な顔をした千花が尋ねてくる。
それがブタの容姿に対してなのか、はたまた言動になのかは分からない。
「可能性は大いにあるね。ましてや今回は白鳥グループの協力で会場を準備していたので信用を奪うために卑劣な手段をとった可能性は否定出来ない」
ふと周りを見渡せば悲痛な顔を浮かべ小さな拳を握りしめている白鳥さんと目が合った。
白鳥グループの令嬢なのだからショックを受けているのは当然かもしれない。
しかしあの大沢兄弟が絡んでいるのなら気に病む必要などまったくないのだからそんな顔をするだけ無駄ではないだろうか。
「ちょっと、メモリーいいかしら?」
「いいけどなんでそんな怖い顔をしてるのさナツ姉」
僕の思考を読んでいたのか眉間にシワをよせて見るからに機嫌の悪そうな顔をしているナツ姉だけど、感情を持ち合わせていないのでまったく恐怖などない。
「そうもなるわよ。いまのあなたが記憶や感情を失っているのも理解してる。だからってあなたが誰かを無自覚に傷つけてもいいことにはならないわ。あなたに感情がなくても相手にも心があるのよ。だからまずはほんの少しでいいから相手の気持ちを考えてあげて」
「……わかった」
もちろん今の僕には言われていることはわかっても全てを理解出来る心はない。
罪悪感がないとはいえ今まで親身になってくれたナツ姉や白鳥さんに悲しそうな表情をさせたくはないのでひとまず言うことを聞くようにしよう。こんな時は……
「白鳥さん配慮が足りなくてごめん。僕は……」
話をしている途中で目に涙を浮かべながら白鳥さんが胸に飛び込んできた。
もちろんこの行動の意味も理解出来ていない。感情が分からないだけでなんて無力なんだ。
困惑する僕が顔を上げると正面にいた小悪魔と目があった。
しきりになにやらジェスチャーをしているようだけど……
左手はなにかを抱えるように、右手は頭をかざすような素振りを見せている。
……うーん。まったく分からない。
あっ!?
記憶の中にあるポーズといえばこれしかない。
「シェー!だね?」
「なんでシェーやねん!抱き締めて頭を撫でてあげてって言ってるのになんなのこの先輩はもう……早く自分を取り戻してくださいよ……」
「あ、そうだったのか」
小悪魔まで肩から力が抜けたようにガックリしている。ナツ姉に言われたそばからさらに人を傷つけてしまった。
小悪魔に言われた通りにすると白鳥さんは、恥ずかしそうにしながらも涙を浮かべたまま嬉しそうな顔をしている。いくつもの感情が見え隠れしている。
人の気持ちって難しい……
僕が考えこんでいるのを見兼ねたのか急に千花が話を元に戻す。
「ちょっと話が逸れちゃったね。じゃあ仮に大沢兄弟が事件に関わっていたとして私たちはどうしたらいいのかな?」
「……」
「……」
「……」
なぜか拗ねた感じの千花の問いに対して誰も答える事は出来ない。
それもそのはず、今回の件に大沢兄弟が絡んでいるかもしれないと知ったのはついさっきの話なのだから。
「悔しいけどなにか新事実が分かるまで身動きは取らない方がいいと思う。下手に動いて直接攻撃がくる可能性だってあるから」
一番悔しいはずの白鳥さんが唇を噛みしめながら僕の胸で訴える。
……あれ?まだ抱きつかれて頭を撫でているけどいつ止めればいいのかな?
「そうですね。それといつまで先輩は白鳥さんに触ってるんですか!そこまでいくとセクハラです!」
「いや、それはおまえが……」
「セクハラです!」
「だからそれは……」
「セクハラです!」
世の中は理不尽だ。
感情を失っているはずの僕は、初めてなんとも言えないモヤモヤした気持ちが湧いてくる。
「セクハラ先輩どうしたんですか?」
ニヤニヤした顔にさらにイラッとしてくる。
「ひょっとしたら怒りのような感情が芽生えてきたかもしれない」
「セクハラ先輩その調子です!」
「どの調子だよ」
まんまと手のひらで転がされている自分がいるけど、小悪魔の屈託のない笑顔を見ていたら不思議と心が穏やかになった。
これはウザイって感情と違うのだろうか。
早く自分を取り戻さなくては……
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