年越しそばの記憶がない
体調崩して遅くなりました。
みなさまもお気を付けて。
今年もこれで終わりかー。
マンションのバルコニーから自慢の景色をひとりで眺めていた。
時刻は16時。
12月のこの時期ともなればすでに太陽は落ち、高層マンションからは夕陽に照らされた都会の幻想的な景色が広がっている。
……この見慣れた景色は果たして僕の物なのだろうか?
あれから数日が経ったというのに、一向に感情が戻る気配はない。
千花やあの白鳥さんでさえ恥ずかしさを抑えてあの手この手で僕に絡んでくる。
そう、文字通り物理的に絡んでくるのだから溜まったものではない。
腕にしがみついてきたり、喜びの表現だとかでハグしてきたりといった具合に。
いつからここは外国になったんだよ……
少し意外なのは小悪魔だけは少し離れた位置からずっと観察していた。
記憶喪失だと断言した翌日から人が変わったような優等生ぶりなのだ。感情の分からない僕ではやはり役不足なのだろうか?
試しに聞いてみたところ「からかっても反応がないのでつまらない」とバッサリきられてしまった。
ほんとにつかみどころがない奴だ。
冬休みに入り毎日のようにみんなは当たり前のようにここが我が家だと言わんばかりに入り浸っている。
ナツ姉だけは仕事でうちに来ているから合法的である。
ただし今日は大晦日なので仕事はお休みなんだけど……
「もうすぐ年越しそば出来るからねー!」
「「「はーい!」」」
「なんでうちで年越しする気になってるんだよ。ちゃんと家族と年越ししなきゃダメだろ」
「メモリーと年越しする許可はちゃんと取ってあるよ?それに毎年うちで暮れも正月も一緒だったじゃない」
「それは家族の一員だからって無理矢理―――」
「つべこべ言ってないでお蕎麦運んでちょうだい」
ナツ姉が問答無用に話を終わらせてくる。家族うんぬんの話をすると僕が孤独を感じてしまうのではとの気遣いからである。
「ナツ姉だって彼氏と過ごせばいいのに」
「か、彼氏っていきなり何言ってるのよ!?そんなのいないし必要ないし。今の私の恋人はお仕事なの!」
顔を真っ赤にしながら大声で宣言する。
それにいち早く反応したのは白鳥さんだった。
「それはメモリー様と仕事をしてらっしゃるから恋人はわたしよと間接的なアピールでしょうか?」
うーん……一見すると鋭いように聞こえるけど、ニュアンスとしては全然違うと思うけど。
ナツ姉っていまだに彼氏いないんだな。
僕がラブコメのラノベ小説を書いている際の事だった。
千花と付き合い始めて経験の少ない僕は恋がどんなものか恋人の心理は?などといった質問をしたことがある。
「わたしはメモリーの小説に恋をしているの。だからいまは恋をしたい相手は特にいないわ。人を好きになったことはあるけど彼氏を作ったことは人生で一度もないわ。悪い?それのどこが悪いの?言ってごらん(さない)なさい!」
最後は逆切れともとれるような発言に震えが止まらなかった記憶がある。
ただ……いま見せた反応はあの頃とかなり違っている。
ただただ怖かった昔の反応と、照れ隠しを隠しきれていない現在のうぶなお姉さん。
「メ、メモリーは弟みたいなもんよ?仕事のパートナーでもあるし恋愛対象としてなんて――――」
ふとこちらを向くナツ姉と僕の視線が交差する。
「あっ……」
バスルームへと逃走するナツ姉。
なんだこれ?前にも似た記憶があるみたいだけど正直言っていまの僕にはナツ姉の気持ちが理解できない。
だけど表情を見る限り嫌で逃げたわけではないだろう。
感情表現って難しい。
案外早くナツ姉が復活してきたので年越しそばを食べ始めた。
「ところで年越しそばをこんなに早く食べていいんですか?」
唐突にでた小悪魔の疑問に僕が答える。
「なに言ってんだ?いままでどのタイミングで食べてたんだよ?」
「年越しそばなだけに除夜の鐘を聞きながら年をまたいで」
なんだと……
小悪魔が、小悪魔が……
この非常識に気付いたのはナツ姉と白鳥さんと僕だった。
「いままでお前の運が悪かったわけがわかったよ」
「はっ!?」
年越しそばの歴史は非常に長い。
一説には鎌倉時代に始まったとされる。
年越しそばには意味がある。
まずは長生きできるように。お蕎麦のように細く長く過ごせることを願って。
次にその年の不運を切り捨て、来年を幸運で迎えられるように。
お蕎麦は切れやすいため、今年の苦労や不運をきれいに切り捨て新しい年を迎えるため。
さらには金運が上がるようにと、無病息災のためなどなど。
小悪魔に説明すると呆気に取られているようだった。
「なんですとー!つまり……我が家は毎年間違えていたと……」
「まあ、そうなるな」
即答したとたんにキッとした表情で小悪魔が睨んでくる。
「メモリー先輩!少しは同情してくれてもいいじゃないですか!」
「だから、何度も言ってるようにいまの僕には感情がない。だからは僕になにを言っても無駄だよ。すまないとは思ってる」
「じゃあなぜそれを誰にも話そうとしないんですか!不安がなくても疑問があるでしょう!顔には出さなくても心がなくても相手には心があるんです!先輩は人形じゃないんです!みんな……みんな……心配だからこうして集まってるんじゃないですか!」
……小悪魔が泣いている。
泣かせたのは誰だ?
……僕だ。
気付けばみんなが泣いていた。
……僕を心配して泣いているのか?
「みんなごめん。僕に感情がないことを言い訳にして相手の感情や気持ちを考えることを放棄していたよ。こんなだからクリスマス会で最後に見た大沢兄弟のあざ笑う姿を見てもなんとも感じなかったんだな」
僕の発言にみんなが固まっていたのは言うまでもなかった。
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