父と母の記憶がない
「いまの話を聞くかぎり、メモリーであってメモリーではないってこと?」
「うーん……僕にもはっきりしたことは正直言って分からない」
「そんな……」
「なんで……」
ここまでみんなに真っ直ぐな気持ちをぶつけられては、うやむやにごまかす失礼なことは出来ず記憶喪失になっているけど不思議と記憶は残っていると千花ちゃんに伝えてしまった。
白鳥さんや小悪魔は絶望に打ちひしがれた表情を浮かべている。
「それって二重人格や多重人格的なものにあたるのかしら?わたしはみんなも知っている通り仕事柄そんな話を読んだり聞いたりする機会があるけど今回のように心のダメージより肉体的なダメージが引き金となったケースをあまり聞いたことがないのよね。ただ……今までの記憶を共有しているのなら二重人格も否定は出来ないのだけれど……」
腕を組みながら真正面から僕を見つめて夏美さんが問いかけてくる。
「映画やアニメではそうかもしれないけど実際は今回のケースもありえるよ。医学的には『解離性障害』と診断され、例えば本人にとって堪えられない状況に追い込まれた際にそれは自分のことではないと感じたりあるいは感情や記憶を切り離して思い出せなくすることで心のダメージを回避しようと引き起こされて、その中でも一番重い切り離した感情とか記憶が成長して別の人格となって表に現れてくるんだから。それに……ん?みんなどうしたの?」
「え?いや……メモリーの頭がいいのは一番付き合いの長いわたしが知ってるけど、そんなにスラスラと当たり前のように話されても私たちにはチンプンカンプンなんだけど?」
千花をはじめとしたみんなが目をまんまるにして呆けたような顔つきになっている。
一度読んだ本の内容は忘れることがないから、これくらい当然だと思うけど。
……ああ、そうか。
これだけハイスペックな能力を持ちながらも周りからあまり目立たないように生きているのか。
過去の記憶からするとおじいちゃんが関係しているみたいだけど……
あ、あれ?そういえばなんで僕がおじいちゃんのことを覚えているんだ?
それに……
「ねえ千花ちゃん?父さんと母さんはどうしてるかな?」
「どうって……メモリーこそいったいどうしたの?事故で亡くなったの……覚えてないの?」
「……ごめん。変なこと聞いちゃって。やっぱり記憶喪失で記憶が混乱してるみたい」
僕は戸惑う千花にたいして苦笑いを浮かべていた。
ますます分からなくなってきた。
おじいちゃんの事を今でも僕は感覚で覚えている。
それは人の記録ではなく僕が体験したこととして。
なにより僕の中の記憶ではおじいちゃんは若くて元気だ。
そのおじいちゃんに父と母は僕のことを泣きながら頼んでいた。
その当時の僕の年齢では言葉を覚えておらず理解できていなかったので、音声としての記憶しか残っていない。
しかし高校生となった今なら理解できる。
なにかから逃げるように僕をおじいちゃんに託しているようだった。
『目守のこと……よろしくお願いします。優しくて素直ないい子に育ててください。この子は特別な子です。とにかく目立つ行動は避けて秘密は誰にも言わないでください』
『目守、おじいちゃんの言うことを聞いて強く生きるんだぞ。』
それが僕の記憶にある両親の最後の言葉だった。
なぜ今頃になってこの記憶が……
僕は本当に記憶喪失なのだろうか?
そういえば昔おじいちゃんが言葉も分からないはずの僕に自分の身に何かあったらとアレを残していたけどもう開けたのだろうか?
意識を取り戻してからというものずっとこんな感じで知識や記憶が滝のように流れ込んでくる。
そのたびに激しい頭痛がするのは事故とは関係ないだろう。
「先輩顔色があまり良くないけど大丈夫ですか?」
「ああ……」
「メモリー様……少し横になられたほうがいいのでは」
「たしかに退院したばかりでちょっと疲れているのかも。悪いけど向こうで少し休ませてもらうよ」
次から次へと頭の中に流れ込んでる映像の波に耐えられず僕はベッドの中で意識を失った。
* * * *
体がやけに重い……
僕はあのまま寝てしまったのか?ちょっと違うな、気絶したというのが正しい表現だろう。
調子も最悪で体が重いのは仕方が―――なんだこれ?
ベッドで寝ている僕の両脇には2人ずつ覆いかぶさるようにもたれかかっている。しかもみんなの頬には涙を流した後が残っていた。
なんでここまで心配してくれるんだよ?
だから……僕はみんなが好きになった人間じゃないかもしれないんだよ?
いまの僕には感情がないから何の得にもならないのに。
それよりなんで記憶がピンクに染まってるんだ?なんだこれ。
「あ、あれ?いつの間にか寝ちゃった。あ、あ、あ、あー!先輩目が覚めたんですね!!」
「ああ。たかが一晩寝ていただけで大げさだな」
「違いますよ!先輩はあれから2日間眠り続けていたんです。動かしたらいけないと思って白鳥先輩の知り合いのお医者さんにも来てもらったけど原因は分からなかったです……」
「んん……朝からやけに騒がし―――メモリー!!」
「え?え?メモリー目を覚ましたの!」
「メモリー様!結婚してください!」
さ、騒がしいな。いつもこんななのか?
しかも白鳥さんどさくさに紛れて何言ってるの?そんなキャラじゃないでしょ?……キャラってなんだ?
「みんな先輩から離れてくださいー!わたしが第一発見者なんですから!」
「いや、僕は死んでないから縁起が悪い言い方はやめて」
まったくいつもこれだ……
「じゃあ朝ご飯にまずはあかりを食べますか?」
「それはジャガイモって言いたいんだろ?そのくだりはもう飽きたよ」
あれ?いま僕……
「うわ!」
気付けば小悪魔が目の前に顔を近づけていた。
なんでそんな嬉しそうな顔をしているんだよ。
「みなさん安心してください!これで確信しました。先輩はほんとに記憶喪失になっているだけだと思います!時折記憶が残ってる兆候が見られますから」
医者でもないのに自信満々に宣言する小悪魔を見て僕は思う。
根拠はないけどほんとに僕は記憶喪失なのかもしれないと。
僕の心が少し軽くなるのを記憶した。
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