感情の記憶がない
新章の開幕です!
あれ?
ここは……どこだ?
どうやら僕はベッドに横たわっているらしい。
周りは白い天井に白い壁に白い布団、横には花瓶が置いてある。
目に飛び込んできた光景から答えを導きだそうと冷静にあたりを見渡す。
……ここは病院か?
頭上の壁には名前らしきものが表示してあった。
『氷河目守』
ああ……記憶にあるけど覚えはない。
この不思議な感覚はいったいなにを意味しているのだろうか。
これが名前だと認識はしているものの、どこかで他人ごとのように感じているのだ。
こんな状況だというのに冷静に僕はナースコールのボタンを押した。
* * * *
「すると僕は3日間意識がなく眠り続けていたわけですね」
急いで駆けつけた医師と看護師に体の状態を確認されながら質問をしていた。
「私も長年医師をしているけど1年に2度も同じように病院に搬送されてくる患者さんは初めてだよ。それで今回は記憶の方はどうだい?」
「そうなんですね。何度も申し訳ありません。非常に言いずらいのですが今回もどうやら記憶がないようです」
もちろん僕は嘘をついている。
前回とは違い今回はいままでの記憶が全てある。
ただし他人のデータを覗き込んでいるような感覚なのだ。
『完全記憶能力』
この能力が今回は機能しているので氷河目守の記憶が保存されており、見ることで出来ているのにすぎないのだ。
現時点で問題点がいくつもある。
通常であればこの体の持ち主は記憶喪失で間違いないだろう。
しかし、こうして記憶を閲覧することができるのに果たして記憶喪失として振舞うのが適切なのだろうか?
さらに医師に対して記憶がないと答えたのには理由がある。
完全記憶能力で納めているデータには、事件に関わっているであろう人物を最後に僕は目撃している。
事故直前にわざわざ目の前に姿を現した理由……
それを物語っているのは十中八九、脅迫しているのだ。
記憶の中にある親し気な女性達をいつでも襲うことが出来ると。
そしてこれが一番の問題なのだけど―――
今の僕にはまったく感情がない。
こうして病院に運ばれる事態になっていても怒りも湧いてこない。
女性陣に危険が迫っている可能性があるというのに、過去の記憶の中にあるような守ってみせるといった感情が皆無なのだ。
「あの……僕以外の生徒は……」
「警察の話では氷河さんが咄嗟にみんなを突き飛ばして難を逃れたようだから心配はないと思うよ」
「そうですか。ありがとうございます」
この男が自分の危険を顧みずに助けたって事は、それほどまでに大事に想っていた女性達なのだろう。
学校に行ったら会うだろうけど、いかがなものか。
前回は記憶喪失のフリをして過ごしていたようだけど、今回は症状から言えば記憶喪失だ。
たまたま能力があるだけでデータを見ているけど、感情が湧かない僕は一時的な別人格と捉えるのが妥当だ。
そんな僕が彼女達にどこまで話せばいいのか分からない。
記憶があるフリをすれば、この男を心から慕っている相手に対して感情がないことなどすぐに気付かれてしまうだろう。
逆に記憶がないフリをすれば、普段の生活を通常通り行うことにみんなが疑問を持つことは必至だ。
しかし『完全記憶能力』を打ち明けるにはあまりにも自他ともに危険が伴ってしまう。
別人格の話をするのが最も妥当だと思うけど、それも信じてもらえるかどうか……
まったく面倒なことに巻き込まれてしまった。
彼には責任を取ってもらわないと割に合わない。
その後、僕は検査をしてから体に異常がないことを確認し退院した。
* * * *
マンションのドアを開けるとなぜか部屋の明かりがついている。
ドタ!ドタ!ドタ!
「「「「メモリー(様)!」」」」
うわ!
な、なんだこの状況は?
玄関に入るなりいきなり女性4人から一斉に抱きつかれるとは。
この男は、相当な『リア充ハーレム野郎』のようだ。
たしか、ナツ姉、千花、小悪魔、白鳥さんか。
まだ顔と名前が瞬時に一致しないな。
なんだ小悪魔って。あかりか。
「こんな時間にみんななんでいるの?」
時刻は午後14時。
通常であれば学校に行っている時間である。
「冬休みだからに決まって――そうじゃなくて!なんで退院するのに連絡を誰にもよこさないのよ!緊急連絡先の夏美さんに意識が戻ったって連絡が来たからみんなで病院に行こうとしたらもう退院したってワケわからないじゃない!」
「まあまあ、千花さん落ち着いてください。それより先輩の様子がどうもおかしいと思いませんか?」
ジッとあかりが僕を見定めるように見つめている。
記憶の中にもあるけどどうもこの子は不思議な感じがする。
全てを見透かしたような、ただのストーカーのような……
「そういえば病院からの連絡ではまた記憶喪失になっているから、気をつけてくださいって言ってたわ。でも一人で帰ってくるから記憶が戻っているのかと思ったんだけど?」
「夏美さんの言うとおり今の僕には記憶がありません」
「ふぇ!?」
なんだ?
夏美さんが僕の言葉にあきらかに動揺して心なしか頬がピンク色に染まっている。
「ちょ、ちょっとメモリー様いいですか?わ、わたしの名前を言えますか?」
「白鳥さん」
微妙な変化に気付いたようで期待の目を向けていた白鳥さんだったけど、分かりやすいくらいに落ち込んでしまった。
え、名前合ってるよね?
「じゃ、じゃあさわたしは?」
「……千花ちゃん?」
「うきゃ!?」
や、やばいこの人たちちょっと怖い。
初めて感情が湧いてきた気がする。
「みなさん冷静になってください!ほんとに先輩は頭がおかしくなっているようです!」
「いや頭がおかしくなってるわけじゃなくて、記憶喪失なんだけど?」
なるほど、記憶にある通りウザいってのは嘘ではないらしい。
「じゃあわたしの名前も言えますよね?記憶喪失なのに名前が言えるって変じゃないですか」
やっぱり不思議な奴だ。
どうだと言わんばかりに特大の胸を突き出して、さあ!さあ!と名前を言ってみなさいと主張する。
「小悪魔」
「なんでですかー!この人は偽物の先輩です!」
あ、本人には小悪魔って言ってないのか。
こうしておさまりがつくまでにかなりの時間を費やしたのは言うまでもない。
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