第三話 俺氏、異世界転移する①
「うーんこれが異世界かー」
森の空気を大きく吸って大きく吐く。いい気持ちだ。
「成穂さんがしでかしたことでもこれが一番わくわくするかもしれない」
周りを見渡すが何処を見ても森森森だ。地面も起伏が激しく手入れされた様子もない。まさに原生林といった様相。
しかし俺は慌てていなかった。何故なら異世界にお約束のアレがあるからだ。
「ステータスオープン!」
何も起こらない。
おかしいな。これで俺の超絶凄いチートステータスが見れる筈なのだが。
「ファイアー!」
手の平からは何も出ない。脳筋系の異世界なのかな?
「成穂さ~ん」
声を掛けるも返事がない。ここには正真正銘俺一人。
「……」
もしかしてここは異世界ではない? 地球のどこかに瞬間移動したのか?
もちろん答えてくれそうな成穂さんはいない。
俺は不安を押し殺しつつ森の中を歩き出した。
*
「やばい」
間違いない。これは異世界転移ではない。
ステータスもない、魔法もない、馬車が盗賊に襲われている所に遭遇もしない。
ただただ歩き続けても森。どんなに歩こうとも森だった。
そしてどんどん暗くなってきた。これは日が暮れるのだ。複数ある太陽とか、月とかを確認したくても、頭上はうっそうとした樹木が天井のように空を覆ってそれも出来ない。
そのせいで日が暮れ始めたことに気づくのが遅れたのだ。
「これはまじでやばい」
食べる物も寝床もない。このまま野宿となれば野生動物から身を守る術がない。
「成穂さーーん‼ 成穂様ーーー‼ もう異世界に来たいなんて言いませんからどうか戻してくださーーい‼」
俺の声は木々の間を縫うように、暗い森の中に消えていった。
大声を出したせいだろうか、後に訪れた静寂がなおさら寒気をもよおす。
静か過ぎる。
「そういえば動物の気配がないな……」
森というのは鳥や虫の声で煩いぐらいなのは田舎に住んでいる人にとっては至極当たり前の事実である。自然というのは喧しいものなのだ。
しかしこの森にはまるで生の営みを感じない。
「うわあああああ」
俺は怖くなって走り出した。速度はまったく早くはない。大きな木の根や滑落してきただろう岩。ぬかるんだ泥に足を取られて思うように進めない。それでも俺は出せる力を出し切って、その場から逃げ出したくて走る続けた。
*
「はぁはぁはぁ……」
どれだけ走っただろう。周囲はもう真っ暗だ。自分の足さえ見えない。
服はボロボロで靴は泥で靴下までグズグズだ。
今の今まで成穂さんからの応答はない。
「は、ははははは」
もう無理だ。緊張の糸が切れたっていうやつだ。
俺はその場でへたり込む。もうどうしようもない。
「異世界って過酷すぎだろ……」
いや、チートさえあればこんな森空を飛んで抜け出したり、マップ機能で何処へ向かうか簡単に分かるのだ。
きっと成穂さんは最近のラノベやネット小説を確認していないのだろう。
「こんなことになるならもっと成穂さんに一般常識を教えるべきだった……」
異世界転生ものは今や一般常識だというのに、成穂さんはバイトや料理に精を出してサブカルに触れてこなかったのだ。
財布に優しいお手軽家庭料理や、大人のおもちゃの知識ならそこらの女子高生に負けないというのになんという落とし穴か。
「あ……あれはなんだ……?」
成穂さんの教育方針を考えていた俺の、その視界の隅に何かが見えた。
「は……ははは……助かった……助かったぞ……」
それは明かりだった。
仄かに光る蛍のような小さな光。しかしそれは飛び回ること無く、一点に静止している。それは間違いなく遠くに見える光だった。
「こんな森の中で、木々の切れ目から見えるなんて奇跡だな」
それは少しでも動くと視界から消えてしまうスリットを通すような一筋の光だった。
俺は見失わないように気を付けながらその光に向かって歩き出した。




