ヒンニュウスレイヤー
もう少し長かったのですが、区切りが悪いので今回は短いです。
俺のボディーブローによりノックダウンしてしまったアニェラ。銀の瞳をあらぬ方向へと向けて、普段の冷静さと比例するようにアホ面をしている。
結局何がどうなっていたか分からず仕舞いだった。エンリエッタのような『洗脳魔法』ではない。どちらかというと乗っといたかのように思える。どうしたものかと逡巡していた所、後ろの方から肩へ何かが乗せられた。
「……は」
意識を決して散らしていたつもりは無かったが、何時の間にか謎の杖をリーゼは俺へと差し向けているではないか。
「動かないでくださる? 」
「断るといったら? 」
「わたくしの質問に返していいのは了解の二文字だけですわ」
「……」
動くのは簡単だろうが色々と不便だった。聞けば精霊は大気の魔力を扱う事に長けているらしい。こちらの魔法を唱える為の魔力推移を見逃す程落ちぶれてはいない筈だ。
「了解し――」
淡く光っている杖が、蛍の光が如く渦を描く。キィィィィンッ。金属同士による共振音が聞こえた気がする。
「っ」
これは不味い。そう判断して身体が動かそうとしてそこで初めて自分の身体が金縛りにあったかのように動かない事に気が付いた。
「ここで、貴方を殺すのは楽ですわ。聞けばアナタはどんなことでも"初見"は通用するらしいですので」
「……」
動けない。動こうとしている自分の意志に反して、石で足がせき止められている。だがしかし、見えなくとも後ろで練られる魔力と想像力は命の危機を感じるには十分だ。日本ですらこんな経験を味わった事が無い。味わえる環境があったら怖いが。
下らない事を考えている内にリーゼは、集約させていた力を霧散させていた。双眸の瞳には鳴りを潜めていた狂気が溢れ出ている。
「こんな所で、こんな形で、折角始まった幕を降ろしてたまるものですか。きっとエンリエッタも悲しみますわ。劇とは悲劇で過激で痛快でなければいけないですもの。わたくし達が主役であることは間違いないですけれど、アナタも主役でないという理由にはならないですもの」
何言ってるんだコイツ。狂精霊だというのも頷ける意思疎通の出来なさだ。
「エンリエッタをよろしくお願いしますわ」
よろしくされていいのだろうか。
リーゼはほんの僅かの間だけ寂しげにエンリエッタを見て、俺達から距離を取る。
「次に会う時は、必ずジェラシーを回収させて貰います」
そう言って姿を木々の間へと消し去った。それと同時にシビれていた俺の身体が身軽になる。状態異常とは違うらしい。あの杖が持つ特殊能力か何かだろうか。後ほんの少し待てばしがらみ全てを破壊してやれたのに。
「ふう」
息が思わず出る。昨日から忙しすぎる展開でほとほと疲れた。けれど心地よさというか悪くないまどろみが包んでいる。何一つ思い通りにいかないという事がたまらく楽しい。そしてそれらをきっとそう遠くない内に全て蹂躙できるのだという予感がする。その時こそ愉快痛快にやらせて貰おう。
その前に俺には一つやらなければならない事がある。それはエンリエッタの身体に異常が無いか触診する事だ。何かがあっては遅い。そう、必要不可欠な事なのだ! 仕方がない。うん、仕方がない。
改めてエンリエッタの方を見る。彼女は血だまりの中になどいない。既にリーゼによって近くにあった木へと身を任せられている。
「……」
ドレスのような衣類を良い感じに斬られている腹部からは、可愛らしく主張しているへそが垣間見えていた。持ち主を守るアーマープレートは戦闘によって破壊されており、誰が見てもくっ殺系姫騎士そのものだと言えるだろう。そんな中でもちらりと所々で覗かせている柔肌は木漏れ日よりも美しく透き通っていて、育ちの良さを伺えた。完全に露出する形となっている下着は逆に局部などを隠しているせいで、見えない物を想像させるエロチシズムを引き立てている。アニェラの発展途上を思わせるような大きさの胸も悪くは無いが、成熟しきった胸というのも有難みを感じさせた。
ううむ、寝ているだけならツンツンなどとは思えない。ゲームから抜け出してきた可憐なお姫様という言葉が似合うだろう。俺はそんな恐れ多い物に今から手を出すというのだ。純粋に仕上がったものを穢す。なんと誉れ深きことだろうか。あっはっは。
「アニェラの貧相な身体もこれくらい育ってほしいもんだ」
期待に胸を膨らませ、手をわきわきさせながらエンリエッタの豊満な肉体へと近づく。
「―――ほう、貴様は妾の貧相な身体がどうなのだと言うのじゃ? 」
寒気がした。
振り返るより遥かに早く、まるで高圧の電流マッサージにでも掛けられているかのような刺激が走った。
「ぐがががががががががががががッ!!? 」
これまでの戦闘の中で間違いなく一番ダメージを喰らっただろう。それほどの威力を受けながらも俺は意地でも振り返る。そこには阿修羅のように怒り心頭のアニェラが立っていた。
「貧乳差別、殺すべし」
ゴウランガ! 決して魔王は見逃しなどしていなかった。淫乱な匂いのする桃色空間を嗅ぎつけ気を覚ましたアニェラ=サリーによって、因果は却ってくることとなる!
「辞世の句は出来たか? 詠むがいいぞ」
「……たまにはね、ぺちゃぱいも、いいのかな」
「字余りじゃし、面白くないし上手くないし。そうでもなくても死ね」
世界が霞むレベルの電流が流れる。
最後に見たのは、銀の瞳を冷たく向けているアニェラの姿だった。
俺が目を覚ましていた頃には、エンリエッタはコートを掛けられていた。そしてそれをした当の本人はというと俺の横にちょこんと座っている。
「覚えているのか? 」
声に出さずにはいられなかった。話題を切り出さなければこのままどこかに消え入りそうな、それほどアニェラから気迫を感じられなかったからだ。
「―――勿論覚えておる。妾が途方もない力を得ていた事を、そしてそれを無下に振るっていた事も」
「身体でも乗っ取られていたのか? 」
「いいや、妾は自分の意志で行っておった。あの蹂躙にも等しい事を。弱者が強者に打ち勝つ事への何とも言えない優越感。そして力を持つ者がああすべきなのは正しきことなのだと思わされておった。……悪魔が誘惑の言葉を囁いていたなどというつもりはない。ただ、妾の頭には魅力的な暴力の数々が絶えず思い浮かんではそれを行えるだけの力が沸き上がっておった」
「世界を支配するんだろ? それなら力があった方がいいんじゃないのか」
「統治をするのに確かに力は必要じゃ。じゃが不要な暴力は憎しみしか生まぬ。……ましてや友人に手を掛けるなど畜生にも劣る」
「……」
「妾は、どうすれば良いのか分からなくなった。いつまたああして過剰な力を手に入れてしまうか……」
「すんげーどうでもいい事で悩んでるんだな、アニェラは」
「なぁ!? 妾のこの悩みがどうでもいいじゃと!? 」
「どうでもいいな。アニェラが自分の意志にそぐわない事をするなら俺が止めてやるのに、何をそんなに悩む必要があるんだ? 」
「はあ? お主が止める? 妾を? 」
「お前がどれだけ強くなろうと、実は洗脳されてましたみたいな場合だったとしても。必ず助けてやる。止めてやる。俺は誰にも負けないからな」
「―――」
アニェラは目を見開いた後、柔和に笑った。
「ありがとう、悠斗」
「……」
思わず絶句してしまう。魔王だというのにこの例えはおかしいが、聖母がいるのならきっとこんな風に慈しみ深く微笑んでくれるだろうと。それほどまでに美しくて完成されていた笑みがそこにあった。艶やかなピンク色の唇が色っぽく、滑らかに円を描いている。物憂げに覗かせている白銀の瞳は、通りすがった人全てが振り返るほどの妖艶さが醸し出されていた。
「どうしたのじゃ? 」
雪のように儚く綺麗な二つの円が、俺の瞳を捉える。
「あ、いや。なんでもない」
呆気に取られたなんて言えるか。
「――さては、お主」
「これからどうするかな」
「照れて」
「実はここ、『愚者の回廊』だっけか。来るまでに結界を何個も破壊してきたからな」
「ふふ。そうさな。妾も一緒に考えてみよう」
今度は何もかも見透かしたように笑みを浮かべるアニェラ。
ああ、本当にむず痒い。
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