あっ、となってしまう瞬間
お久しぶりです。
「ううむ、実に長い年月であった」
第一声がそれだった。
「儂が神として崇められ、奉られ、そして葬られ、封じられて」
"両目"に赤い羽根を羽ばたかせているアニェラは、気だるげに問いかけて来る。
「のう、そうは思わんか我妻悠斗よ」
「そもそもお前誰だよ」
「か、カカッ! 儂はアニェラ・サリーじゃあ。今のところはそれ以上でもそれ以下でもおらぬよ」
試しに数回ほど斬撃を飛ばす。それら全てをアニェラはジェラシーで軽くいなした。
「俺の知ってるアニェラはこれ防げないぞ」
「おなごは一晩経てば成長するものじゃろ? ふふん」
何を得意げにしているのかは分からないが、鼻高々とふんぞり返るアニェラを余所に。俺は倒れているエンリエッタの身体へと手を伸ばした。その様子に俺とアニェラを呆けて見ていたリーゼが噛みついてくる。
「何するのっ」
「黙ってろ」
魔力を掌に集中させるイメージと共に、健康的で柔らかくてスベスベの肢体をも妄想する。致命傷足りえる傷跡は、俺の魔法によってゆっくりと塞がっていった。
「ぐっ」
血反吐をまき散らすエンリエッタ。その表情は間違っても常人のそれではなく、病人のように青くなってしまっている。
「エンリエッタ! 」
「……どうなってるんだ」
俺の治療魔法は完璧だった。間違いなく彼女は今まで以上の快適な姿を取り戻せただろう。だがしかし、息を吹き返し致命傷は塞がったものの内臓は未だに傷ついている。まるで、自然治癒自体が極めて困難になっているかのように。
「ふん。儂のジェラシーによって身体的なレベルも吸い取られておるのじゃから、当たり前じゃ」
どうやら待っていてくれていたらしいアニェラが補足に入る。
「そうか」
「じゃから、いくら治療しようとも完治する事は無いのじゃ。むしろ致命傷を避けれた事が―――」
「治ったぞ」
「へ」
すやすやと息をして眠るエンリエッタを放置し、リーゼへと向き直る。
「助けて欲しいか? 」
「え……? 」
その瞳には困惑が混ざっていた。「あの、無視しないでほしいのじゃが」という声も聞こえたがそれは無視だ。何故、そんなことを問いかけて来るのだろうか。という言葉が張り付いている。敵だったのに、と。
「助けて欲しいか? 」
今度はリーゼの身体を舐めまわすように眺めてから、余韻たっぷりに聞いてみる。道理を理解したのか、狂精霊リーゼは瞬時に顔を赤くした後にこちらを軽蔑するような視線を向けてきた。
「この、外道」
「その方がお前の好みなんだろ? 」
「好みと趣が好きというのは違いますわっ」
ポカ、ぽかぽかと漫画的な音が鳴りそうなくらいに気弱く優しいパンチが何度も腹に入る。そうして両の腕を俺の腹へと預けたまま伏せて答えた。
「たすけて、欲しいですわ」
「そうか」
その重みを感じながら、俺は立ち上がりアニェラへと向き合う。
「待たせたな。魔王アニェラ・サリー」
「……………」
アニェラを名乗る少女は拗ねていた。如何にも戦いそうな雰囲気から無視され続けていたのが答えたのだろうか。それにしても、この雰囲気。どう考えてもあいつに似ている。
「お前は、U.K.なのか? 」
「U.K.じゃと? ふん、聞き覚えなんぞないな」
「そうか」
それが嘘か本当かどうかは分からない。昨日の昼からアイツはいなくなっている。いくら声を掛けようとも返事がない。まるで、目の前にいる"コイツ"と入れ替わってしまったかのように。
【ゆ、悠斗……】
鞘に仕舞われたままのフェルが声を伝えて来る。心なしかその声は震えているようだ。
【そいつ、そいつだけは駄目だ。いくら悠斗でも】
どういうことだ。
【そいつは、だって――】
「ふぇるでぃなんど、騒がしいぞ」
【な、なんでアタシの名前。ていうかアタシの声が聞こえてんのか!? 】
「聞こえる? ――違うのじゃ、聴こえててやかましいだけじゃたわけ」
「ッ」
気が付けば眼前へと白銀の刀身。身を絶ち血飛沫をあげんと喚くジェラシーが振り下ろされていた。もちろんそんなことをさせるつもりも、意味もなく裸体を晒すつもりもない。集約され空を裂く力を流すようにフェルディナンドで逸らした。
その様子を見てアニェラは決して俺の前では零さない、狂気のような渇望にも近しいほど口元を壊して。笑った。
地面へと叩きつけて痺れては動かない筈の腕を薙ぎってくる。避け難い。避け辛くは無いが。思わず軽く舌打ちしながらアニェラを腹部を思い切り蹴飛ばそうとして、
判断ミスをした事に気が付いた。
「お粗末様、じゃの」
「『ディブラクション』ッ! 」
「遅いわッ!! 」
咄嗟に辛うじて覚えていて思い浮かびやすい防御の魔法を唱えたが、それが形成され整えられる前に斬り伏せられる。当たっているのは右腕を中心に半身だけだが、それすら感じないくらいの衝撃と強烈な熱さが覆っているかのようにも思えた。
ほんの刹那、今まで感じた事のないくらいに世界が暗転して。次に見開いた時には生命と身体を絶ち穿たんと追撃するアニェラの姿だった。
未だ手応えのあるフェルディナンドを、胴と頭を二度とまみえぬように振り払う。否、振り払おうとした筈だ。
だが、その切っ先がアニェラを捉える事は無い。それどころか、その一歩手前の空中で弾かれる。まるで、見えぬ結界でも張り巡らされているかのように。――その事実を数秒遅れた所で本人が気づいているという奇妙な事実を携えて。
やはり、コイツ。
てっきり防御系の魔法やステータスやスキルなんかと思っていたが、どうやら違っていたようだ。
手遅れになる前にその場を転がるようにして逃げる。遅れて震えた地面からは頭蓋どころか肉の欠片すら残らないかと思えるほどの、爆音がしていた。あのままあそこにいたら、想像したくもないような惨劇が生まれていただろう。
「"パッシブスキル"か……」
パッシブスキル。所持者の意志の有無とは別に発動するスキルのことだ。神から受ける、世界から授かる。とも言い難いが、天からの恩寵ともいわれている。
生まれた時から発現したり、或いは才能や努力によって生み現れるという事もあり、目覚めた者は他の者とは一線を画した存在となる。有名なのは特別な職業でもあり称号でもある『勇者』というパッシブスキルだ。
どうにも、俺の目の前にいる奴も発現しているらしい。
「然り、然り! 儂のパッシブスキル『絶対結界』じゃ! 」
「…………」
なんだろう、俺どんなスキルなのか聞かないでも分かった気がするんだが。
長らく使っていないで、どんな名前の魔法があったのか思い出すついでに試そうかと思ったが。徒労に終わってしまいそうな気がして、しかもなんだか付けあがりそうな気もするのでやめておこう。
「どんな魔法も通じぬし、どんな物理攻撃すら効かぬ。くくく、絶望するがいい」
「…………」
既に俺はこいつをまともに見れなかった。アホの子、聞こえはいいが真面目な最中にやられると溜息しか出ない。
別の意味で絶望しかけていた。
意気揚々と、どうしてやろうかと陳腐な悪人顔をしている少女の目の前を斬り下ろす。
最初に鳴ったのは踏み潰すような割れる音。次いで硝子を叩き壊したかのような粗末で妙に大きな崩れる音。
そうであった筈だった。
だが現実はその結界に何一つ傷が入る事の無く、刃は空中で静止していたままだ。
「――お主が、儂の何を知る? 」
その両目に宿るは、憎悪の華。
「お主が儂の何を知っているというのじゃ? 悠斗よ。"妾"の事など何一つ知ろうともせず、目先に囚われてばかりいるお主は実に滑稽じゃ」
『天上天下』が発動していない!? 馬鹿な、理解した能力は俺の思いのままな筈だ。
「いいや、其れは発動しておるよ。じゃがしかし、それすらも儂が嫉妬しておったらどうなると思う? 」
「……スクラダは、ジェラシーを使いこなせていなかったのか」
「正解。といいたいところじゃが、厳密には違う。――奴は自分が強者に成りえる姿が想像できなかったのじゃ、自身が弱者だと心の底では燻ぶっておったようじゃからな」
それは誰でもそうではないだろうか。ジェラシーの能力が発動する条件は、他者への嫉妬からだ。その根底には自分が得られない物に対する強烈な畏怖と羨望があった筈なのだから。
だからこそ、嫉妬しながらもレベルを奪い取っている"アニェラ"は異常だ。
勝てないのでは? 須らくを嫉妬され、己が物にするようにレベル差をつけられては。勝てない、勝てないか。まるで本当に先程名乗った通り神様でも相手にしているみたいだ。
―――パッシブスキル『魔神加護』発動。『始まりの太刀』発動。ピースがはまるように、俺の脳内に湧き出てきた。
「はっ、何をするかと思えばスクラダを破った程度の技が儂に効くとでも」
小さな殻を横一線に薙ぎ払い打ち壊す。
「な」
驚愕に気を取られ、身動きの取れないアニェラへと距離を詰めた。当たり前だろう。先ほどまでの俺は『絶対結界』を破る術など無かったのだから。『魔神加護』……それは人が、人足り得る為に生まれた加護の力。俺が神だと視認すると発動し、如何なる障壁すらを打ち破れるようになってしまう。
勿論、その条件は簡単に見えて難しい。何しろ俺自身が相手を格上だと認めなければならないし、何よりこの能力は後手の能力。一度は相手の力量を身をもって味わなければならない。その上、たかだか打ち破れるだけだ。最後は己の力量を用いなければいけない。
俺への対応をさせる前に、服の上から僅かに膨らみを見せるささやかな胸へと手を伸ばした。
「にゃぜ!? 」
ふに、ふに、と揉めばこの世全てに絶望したような小さな悲鳴を上げ、アニェラは困惑し目をくるりくるりと回す。その頭には理解が出来ないで、クエスチョンマークがさぞかし浮かび上がっているだろう。そしてその隙に俺は左手を密かに目の前へと持っていき、小さく魔法を唱えた。『エンチャント』雷撃腕バージョン。
「な、きさ、な、なんで、わしの『絶対結界』を」
その言葉が最後まで続くことなく、腹部に強烈な一撃を喰らい気を失った。




