世界を統べる武器
「ぶえっくしょい。ひふうぅ……、は、鼻水が止まんねえ……」
俺はシングルベッドの上で身体を震わせながら毛布を着込む。雪だるまみたいになった俺を他所に、間隔を置いてあるベッドの上でアニェラが溜息をついていた。
彼女はふんわりと雲のように柔らかそうなピンクの下着を上下に身に着けている。更にその上からそれらが身体のラインごと見えるように薄っすらとした色調の寝間着を一つ纏っていた。本人が意図してやっているのかは分からないが、蠱惑的で有り体にいうとえろかった。特にお風呂上りでほんのり赤まったうなじや、透けて見える健康的なおへそ周りのラインが。ちゃっかり自己主張しているお胸様も素晴らしいが。
「何を狙っとるのか知らんが、お主魔法で治せるじゃろそのくらい。それに自業自得じゃろ」
「ちっ。『簡易治療』。なんだよ、他の奴の裸を見て嫉妬でもしてくれたのか?」
「別に。お主が何しようと勝手じゃが、人様に迷惑だけかかるのだけはやめて欲しいのじゃ」
「…………」
つ、冷てえ。ほんとにこいつを俺に惚れさせることが出来るのか不安になってきた。
俺はあの後風呂場から強制的に町の外まで吹き飛ばされ、身一つで魔物がいる所へと着地した。とりあえず皆殺しにしてやって町へ入ろうとしたのが運の尽き。町を守る衛兵に見咎めを喰らい、変質者として俺は牢屋へとぶち込まれてしまった。その際に流石に何もないというのもあんまりだったのか、麻でできた簡易の服を貰った。……あからさまに同情されていた。もしも『思念』が無ければ保護者であるアニェラを呼ぶことも出来なかっただろうし、事情を説明してもらい釈放してもらう事も出来なかっただろう。
ちなみにその際に衛兵の人や牢番の人に「なかなかやるな……」みたいな羨望の視線を向けられていたのも、悲しくなんてない。透明になる魔法を使って町に入ればよかっただなんて思わないし、結果的にはアニェラとエンリエッタの裸を覗けたから大勝利なんだ。あまりにも代償がでかすぎるだけで。
解放された俺は無事に宿屋へと帰ってこれた。借りている部屋は広くも無ければ狭くもない一部屋。簡易のシングルベットが二つ置いてあり、机や棚が一つや二つある程度だった。別々に分けては費用がかかってしまう為にアニェラと同棲するみたいな形になったのだが、当の本人はあまり気にしていないのが物悲しい。因みにエンリエッタとは途中で別れたらしく、別の部屋を借りているようだ。
俺はくるまっていた布団を払い、ご丁寧に立てかけられていた服へと手を伸ばす。前の世界で勇者服と言われていたものに袖を通しながら俺は提案を切り出した。
「エンリエッタの手伝いをしようと思う」
「む。てっきり明日から俺は単独行動するからそっちはよろしくやっといてくれ的な、素直じゃない感じで来ると思って負ったのじゃが。良い意味で予想外じゃった」
「報酬に、エンリエッタの胸を揉ませて貰おうと思う」
「良い意味じゃといったのを訂正させて貰う。くそったれじゃのお主。というより、報酬として成り立っていないと思うんじゃがそれ」
「やっぱりそうか。胸程度じゃ足りなかったか……」
「お主の場合頭が足りてないように感じる。そういう所が素直じゃないと言っておるのじゃよ。余計な事を言わなければ好く者も多いじゃろうに」
アニェは温かみを感じる緑の瞳を向けながら、にこやかに笑った。が。
「良い人間ねえ。都合が良い、じゃなくてか? 」
俺の一言で、
「道具として使うならどっちでも同じじゃ。それなら都合が良い方がいいに決まっておる。道具に情を移すやつはおらぬ」
朗らかな笑みを邪悪に不遜に歪ませ下種な物へと変えた。その際にあれほど綺麗だった緑の両目が真っ赤へと埋め尽くされ光る。その中心には悪魔の紋章が浮かび描かれていた。
「……随分魔王らしいことで」
金縛りにあったかのように俺は動くことが出来ない。まるで、蜘蛛に囚われたかのように。
「魔王らしいではないのだ。―――魔王なのだ」
アニェラはその瞳を細め、近くにあった物へと手を伸ばす。
「これを使って妾は統一を目指す」
手に持つはあの日あの時スクラダを倒し、拾った神装武器"ジェラシー"だった。
鞘から剥き出しにされたジェラシーは宿主の主導権を奪い取ろうと根を伸ばし、それをアニェラは魔法を使って燃やしきる。
「あの時は拾った理由を説明していなかったな」
「やっとしてくれる気になったか。……どうして、そんなものを拾ったんだ? 」
単純な武力だけなら俺で十分だろうしな。
スクラダを倒した俺達はこの町へと向かう前に、アニェラは"ジェラシー"を拾った。その際にアニェラは後で説明してやると言ったきり、今の今までアクションを起こさなかった。俺としては彼女に気づかれないようにこっそり回収しておこうと思ったんだが、どうやら彼女にも必要な理由があったらしい。
アニェラはジェラシーを鞘へと再び納める。すると漏れ出ていた気味の悪さが収まり、空気が一気に軽くなった。そしてそのまま元あった場所へと置いた。
「イヴァリスには神装武器が"七つ"ある。それらは神が魔族や人族の持つ嫌悪すべき罪を押し込め丸めて潰して、奥底に閉じ込めたと言われておる。決して蓋をすることが出来ず、だからこそ漏れ出た悪意が特異な能力となって所有者を食い破ると。じゃがそれは裏を返せば食い破られさえしなければ、神をも凌駕する絶大な力を手に入れられるという事じゃ。そして、これが神装武器を所持するにあたっての最大の逸話なのじゃが。七つ全てをそろえた者はこの世界を支配する事が出来る。と伝えられておるのじゃ」
「眉唾だな。そんな妄想を信じる為に拾ったのか? 」
「妾も元よりそんなものは信じておらぬ。じゃが大事なのは、そういう言い伝えがあるという事じゃ。……世界を統一したいと目論むのなら、集めない理由はあっても、集めない訳が無い理由はあるじゃろ? ならば妾がこれを所持しておれば、いずれは"五帝"と名乗った連中は妾を狙ってくれるじゃろう。力を持つ者ほど求めるならば最大から潰していけば、最後に上へ立つのは妾になるじゃろう。それは事実上の統治じゃ。その為にお主を利用するし、お主は妾を存分に惚れさせようとするがいい」
「……俺も大概変な奴だが、お前もとびっきりだよ。第一それは"個人"や"団体"で戦う事を前提にした話だ。"国家"や"戦争"を模して考えてる訳じゃない。もしも例え勝てたとしても、それは武力による統治だ。長くは続かない」
俺の答えにアニェラは不機嫌さの中に嬉しさの混じった良く分からない表情を浮かべる。
「ふん、何とでもいうがいい。拾った理由については答えたのじゃ。明日も早い、妾はこれで寝させて貰う」
そしてそのまま毛布へと潜り込んで、横になってしまった。
「おいおい」
声を更に掛けてみようとすれば、すぐさま寝息を立ててやがる。はったりか本気なのかは不明だが、仮にハッタリだとしてもこれ以上はしゃべるつもりはないのだろう。
結局手伝っていいのか返事貰って無いが、まあさっきの様子だと手伝った所で何も言わないと予想がつく。
「誰もが幸せに笑って暮らせる世界を作る……ねえ。お前のやろうとしている事はまるきり矛盾してるぞ。まるでそのことそのものが目的みたいにな」
いつか誰かが言っていた。魔王が勇者に討たれるのは必然だと。
アニェラはそれを望んでいるのだろう。一重に憎悪を自身に集中させて悪として殺されようと。それにより結果的にはより良い国家が成立するのだろうと。自己犠牲というかなんというか。ん、ああ。いやそういうことか。だからこそ自分からは望まないし、自分に望まれたくはないのか。ふふはは、だから好きになられる訳にはいかないし惚れる訳にはいかないわけだ。
アニェラやU.K.が乗るレールはそうなっているんだろう。だが、イヴァリスに送られてきたのが俺だったというのが運の尽きだったなあ。
口元が歪むのがやめられない。エルフに魔王に勇者に、色々と面白い奴ばっかり沸いてくるな。強い敵だってきっと出て来るし、飽きさせないイベントばかりだ。全て奪ってやる。全て俺のモノにしてやる。俺がお人よしだって? ああ、俺ほどお人よしはいないだろう。必ず幸せにしてやる。敵になるなら皆殺しにしてやろう。
―――こんなにも楽しい世界を簡単に終わらせてたまるか。
お前のようなお人よしがいるか。
前回との書き込みの落差に自分で笑ってしまいました。神装武器はどこかの帝王組とは違ってちゃんと七つあります。




