昔は強かったってやつ?
『初めまして。儂の名前はunknown。きっと言いにくいだろうからU.K.と呼んでいいぞ』
えっ、何今の普段出してる声とは違う気持ち悪い声は。普段おちゃらけてる奴が出していいもんじゃねーだろ。
「こちらこそ初めまして。私はアンナ、勇者アンナだ。本来なら話したい事が山ほどあるが、急を要する用事があるので失礼させて貰う。……率直に言おう。元勇者殿、助けて欲しいのだ」
「はあ? 助けて欲しい? 」
こいつもこいつで何を言ってんだ。てっきりまたアニェラを殺しに来たのかと思えば、まさかの助力を請いに来ただと。
「無礼……。いや、失礼どころか見下げた人間だと思っていい。だがきさ……、貴方以外頼る人間がいないんだ」
おい今貴様っていいかけたよな。
「お前、魔王の事を恨んでいるんじゃないのか? 」
「……………」
ガチガチガチ。鞘を掴んでいる腕の部分が極度に震える。声に出すのも許せないくらいに怒りを剥き出しにしていた。顔を伏せて見せないようにしているが、きっと物凄い形相をしているのだろう。
「お門違いだ」
「だがっ。頼れる相手が貴方しかいないのだ……。頼む、お願いだ。いや、お願いします……」
「お、おいっ」
有無を言わさずアンナは両足を曲げ地面へと頭を擦り付けた。そしてそのまま蚊の無くような声で続ける。
「友達の命が掛かっているんだ……。精風病に掛かって、もう幾ばくも猶予が無いらしい……」
「………」
アンナの姿をよく見れば、服装が一週間前投げ飛ばした時と変わっていない。それどころか所々が斬れ解れている。彼女の髪はぼろぼろになっており、とてもじゃないが必要最低限洗っただけというふうにしか見えない。
どこまで飛ばされたのか分からないが、一週間でここまで戻って来たのだからそれ相応の無茶をしたんだろう。
断るに断れねえじゃねえか。そこまでされたら。
精風病ねえ。もうこっちでも似たようなのがあるんだなとかいうツッコミはしない。確か高位の精霊に呪いをかけられた状態だったか。呪いの程度によるが大体ひと月程度で体の弱い人間から死んでいく強力な呪いだ。名付けた奴は意地でも精霊に呪われるようなことをされたという事実を認めれないのか、病と名付けている辺りが良い。彼女のお仲間さんが一体何をしたのか気になるが、それより先に聞くことがあるな。
「その精霊に謝りにいけよ」
「そうしたいのは山々なのだが……。彼女がいる所は精霊の加護が必要らしく、私には精霊の加護は無いのだ……。前に投げられた時に、ステータスで貴方が持っているのだとは知っていた。私には貴方以外所有している人物を知らない」
意外だ、俺のステータスを見れるのか。実力はないが才能はあるんだろうか。てっきりレベル依存だと思っていたが、そうでもないらしい。
「仮にも勇者だろお前」
「……どうにも今の私には相応しくないらしい」
精霊は気紛れだが、勇者を好む。
なんとなくアンナが取得出来ない理由が分かったが、敢えて聞こう。
「一つ聞きたい事がある」
「なんだろうか。必要ならば私の身体を貪ってもいい。辱めて捨ててもいい」
「人をなんだと思ってんだ!? 」
アンナは気恥ずかしそうに身体を両手で抱える。その際にそれなりにある胸がむぎゅっと押しつぶされる。
めちゃくちゃ魅力的な提案じゃねえか! 考えさせて欲しい。ここで断るのが元勇者の筋だろう。だがこんな美味しいイベントあるだろうか? いや、無い。感覚的に例えるならよくある遭遇イベントだ。フラグはここじゃない。アニェラの場合は取り返しがつかないだろうが、こいつはなんとかなる。そんな予感がする。
『ゲーム脳じゃのう』
黙れクソガキもうちょい身体を育ててから言え。
『わ、し! ラスボス! 雑に扱うのはやめないのかの!? 』
考えておく。
『検討しておくくらい当てにならんのー』
「友達の為。結構な事だ。喜んで手伝ってやる。ただし条件付きだがな」
「ほ、本当か!? どんな条件でも飲める! 」
助けれると信じて感謝しているアンナ。ああ、そういう所だよ。きっと取得できない理由は。まるで、まるでな。
他人事なんだよ。
「―――勇者やめろ、お前」
「え……? 」
空気が固まり笑顔が途切れるのも分かっているが、俺は気にせず続ける。
「お前俺と同じ転移者なら分かるよな? いや分からないハズがないよな。同じ勇者だもんな。―――お前、絶望的に勇者向いてねえよ」
「ど、どうして」
同じような事を言われた事があるのだろう。彼女は予想以上に狼狽える。
「悪いな、一つ質問っていったけど変更させて貰うわ。お前さ、アニェラ恨んでる理由教えろよ。まさかさ、おんなじ理由みたいなので友達の一人が死んだとか、身内が死んだからって言わないよな」
「…………」
「ゲーム脳で結構。漫画脳で結構。ライトノベルに憧れるのもノープロブレム。それで世界が救えるのなら何一つ問題なんて無い。死んだ友人も育てて貰った師匠が敵の強烈なボスに殺されるのも受け入れられるなら、そういう下地だって必要なんだろうよ」
無条件で耐えがたい苦痛を受け入れられるのに、人はそう簡単に強くなれない。そうであれない。心の壁は誰にだって必要だ。自分の代わりに痛みを教えてくれるんだからな。
「ただし、それは受け入れられたならの話だ。目の前で斬り殺されて、理不尽に散らされて。怒りを持つのも正当だ。……それを、自分の思っていた未来と違うなんて押し付けるのだけはやめろ。ドラマと違う。小説と違う。違って当たり前だ。痛いのは自分自身だ。現実ってそういうもんだ。馬鹿を見るのも自分だ。自分の物語なんだから当然至極だろ? いつだって割の合わない目を見るのが現実だ」
そこまで言って、アンナを追い込んで、押しつぶして、ようやく俺は手を緩める。
本当に友達を助けたいなら俺に頼まず精霊に命を懸けてでも許しを請うべきだろう。だがアンナはなんとなく俺なら助けてくれるだろう。きっとどうにかなるはずと楽観視している。大方同じような感じで他の友達も死んでしまったのだろう。そうなってしまってから初めて、他者に憤った。その生き方が間違っているとは思わない。むしろ大多数がそうだ。だが、勇者としては致命的に向いていない。
――かつての俺のように。
「き、貴様に、貴様にッ! 貴様に何が分かるっ! 死んだのは私の友達だ!!! それを知ったような口を聞くなッ!! 」
アンナは泣いていた。最初あった時よりも別に意味できつく眉を結び、何とも言い難い怒りの表情で叫んでいた。
ですよね。俺もそう思うわ。初対面じゃないけど二回目にしてこんなん言われる筋合いは無い。あー、くそ。アニェラの時もだったが俺は余計な事を言いすぎる。もっと楽して進む事だって出来るのに、自分から面倒になる道を歩いている。
「ッ」
彼女は話すことはないと言わんばかりに町の方へと消えていった。
『らしくないのう』
俺もそう思うよ。らしくない。俺の予定では今頃いいことニャンニャンしてた筈だった。
『同情かの? 』
そうかもな。昔の俺に似てた。自分が勇者だと慢心して、それでもちっぽけだって理解して、どうしようもない八方ふさがりの頃の俺にな。あのままじゃきっと近い内に現実に押しつぶされて壊されるだろう。
アンナが勇者ではないと言わない。友達の為に怒り、間接的に殺した敵の身内かもしれない俺に助けを求めるのはきっと普通の人間には出来ない。勇者になれる理由はある。けれど勇者には向いてない。それだけの話。
『そういえばさっきかつての俺は勇者ではなかった風に言っておったが、十分今のお主も勇者ではないと思うのじゃが』
だから"元"勇者って言ってるだろ。わりに合わないし、可愛い女の子と遊んでる方がはるかに向いてる。
『かか! 好きな女の子の為に命を張れるのなら立派に勇者じゃと思うけどのう。なんにしてもこのシリアスな空気どうにかせぬか? 』
おう。その話で思い出したわ。とっくにクエスト終了時間過ぎてるんだわ。俺の晩飯分が。俺の、晩飯分がな。
『……実は、阿保? 』
認めよう。俺が阿保だという事実は。お前には阿保の天才と名付けてやるが。
今からでも追いかけて晩飯代たかれないだろうか。無理だよなあ……。いろいろと。
次回は温泉回です(半ギレ)




