表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/145

■第8章 第4節:測るということ

夕方、店を閉めたあと。白花の薬屋の中は、いつもより少しだけ静かだった。今日一日の違和感が、そのまま残っている。味が違う、効きが違う、同じものが作れない。頭では分かっているのに、手はいつも通りに動いてしまう。そのズレが、はっきりと見えるようになっていた。


シャーロットはカウンターの上に本を広げていた。「基準配合」「抽出比率」「時間依存」――昼に読んだ言葉が並んでいる。理解はまだ浅い。けれど、一つだけはっきりしていることがあった。


「……量、か」


ぽつりと呟く。


クロエが横で答える。「はい。量の固定が最優先です」


「同じにすれば、近くなる?」


「誤差は大幅に減少します」


「……じゃあ、それからだね」


リナが少し不安そうに聞く。「どうやって同じにするの?」


シャーロットは少し考えてから言う。「測る」


ミアが首を傾げる。「はかる?」


「うん。目で見るんじゃなくて、ちゃんと」


今までやってこなかったこと。感覚で足りていた部分。でも、もう足りない。


「……作れるかな」


シャーロットは小さく呟く。


クロエが即答する。「作成可能です」


「ほんと?」


「素材と構造は単純です」


「じゃあ――」


少しだけ間を置く。


「頼もうか」


外はまだ完全には暗くなっていない。四人はそのまま店を出た。向かう先は一つ。元大工のおじいさんの家だ。


扉を軽く叩く。


「……はいよ」


中から声。扉が開く。


「おう、どうした」


おじいさんが顔を出す。


シャーロットは軽く頭を下げる。


「お願いがあって」


「珍しいな」


少しだけ笑う。


「何だ」


シャーロットは少しだけ言葉を選ぶ。


「同じ量を測りたい」


「量?」


「うん。毎回同じにしたい」


おじいさんは一瞬だけ黙る。それから、少しだけ目を細める。


「……今までどうしてた」


「目分量」


「はぁ」


小さくため息をつく。


「そりゃズレる」


短い一言。


「だよね」


シャーロットは素直に頷く。


おじいさんは腕を組む。


「で、どうしたい」


「測れるやつ、欲しい」


「秤か」


「たぶんそれ」


おじいさんは少しだけ考える。


「簡単なのでいいなら作れる」


「簡単でいい」


「正確じゃねえぞ」


「大体でいい」


そのやり取りで、話は決まった。


「待ってろ」


おじいさんは中に入る。しばらくして、木の板と紐、それから小さな皿のようなものを持って戻ってくる。


「これで組む」


その場で手を動かし始める。迷いがない。木を削り、紐を通し、左右に皿を吊るす。簡単な構造だが、形になっていく。


ミアが横で見ている。


「これで分かるの?」


「釣り合えば同じだ」


おじいさんが答える。


「違えば傾く」


クロエが言う。「重量差の可視化です」


「そういうことだ」


おじいさんが頷く。


やがて、形が完成する。小さな天秤。完璧ではない。少し歪んでいる。でも、機能はしている。


「ほら」


差し出す。


シャーロットはそれを受け取る。


「……軽い」


「持ち運べるようにな」


「ありがとう」


おじいさんは肩をすくめる。


「最初からそうしろって話だ」


その言葉に、シャーロットは少しだけ笑う。


「ほんとだね」


「ただな」


おじいさんが続ける。


「それで全部解決すると思うなよ」


「うん」


シャーロットは頷く。


「まずは一つ」


「それでいい」


短いやり取り。


それで十分だった。


店に戻る。


カウンターの上に天秤を置く。小さな木の道具。でも、それだけで空気が少し変わる。


「……使ってみる?」


リナが聞く。


「うん」


シャーロットは頷く。


薬草を一つ、皿に乗せる。反対側にも同じ量を乗せようとする。だが、少しずれる。傾く。


「……違う」


少しずつ足す。減らす。揺れる。止まる。


「……これか」


初めて“同じ量”が見える。


クロエが言う。「誤差が明確化されています」


「分かりやすいね」


シャーロットは小さく笑う。


水も同じように測る。時間はまだ測れない。順番もまだ曖昧。でも、量だけは揃えられる。


「やってみるね」


そのまま調合に入る。今までと同じ手順。でも、量だけは違う。同じにする。意識して。


完成したものを見つめる。


「……どうだろ」


リナに渡す。


「味見する?」


「うん」


一口飲む。


少し間。


「……さっきより揃ってる気がする」


「ほんと?」


「うん」


ミアも飲む。


「同じ!」


元気な声。


クロエが言う。「誤差が減少しています」


シャーロットは小さく息を吐く。


「……いけるかも」


完璧じゃない。まだズレる。でも、明らかに近づいている。


「明日、これでやろう」


リナが頷く。


「うん」


ミアも言う。


「いっぱい測る!」


クロエは短く答える。「運用可能です」


シャーロットは天秤を見る。


小さな木の道具。


でも、それは今までなかったもの。


(……これで、少しは同じにできる)


そう思った。


白花の薬屋は、また一歩だけ前に進んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ