■第7章 第5節:町へ行こう(上)
翌朝、白花の薬屋はいつもより少しだけ早く動き出した。
店を閉めるわけではない。けれど、今日は午前だけの営業にする。午後から町へ行くためだ。
シャーロットはカウンターの上を整えながら、外に貼る紙を用意していた。
「……午前のみ営業、でいいかな」
クロエが横から答える。
「伝達としては十分です」
「うん」
紙を入口の横に貼る。
それだけで、少し特別な日になる。
リナは棚の前で、マイコップの並びを確認している。
「今日、午後に来る人いたらどうしよう」
「明日来てもらおう」
シャーロットが答える。
「うん……」
少しだけ不安そうだが、納得はしている。
ミアは朝から落ち着かない。
台所を覗き、棚を覗き、入口の方へ行き、また戻ってくる。
「町って、いっぱいお店ある?」
「あるよ」
「服も?」
「あると思う」
「リナのも?」
「もちろん」
その言葉に、ミアは嬉しそうにリナを見る。
「リナの買うんだって!」
リナは少し困った顔をした。
「……私はいいよ」
「よくない」
シャーロットは即答する。
リナが驚いたように顔を上げる。
「でも」
「必要なものは買う」
短く言う。
「これは生活費」
リナは少し黙る。
クロエが静かに補足する。
「現状、姉妹の所持品は不足しています」
「……そうだけど」
リナはまだ遠慮している。
シャーロットは軽く笑う。
「じゃあ、仕事に必要ってことで」
「仕事?」
「うん。店に立つなら、ちゃんと動きやすい服がいる」
リナは反論できず、少しだけ目を伏せる。
「……それなら」
「うん」
それでいい。
午前の営業が始まる。
最初に来たのは、昨日と同じ木こりの男だった。
「今日は午前だけか」
貼り紙を見ながら言う。
「午後から町に行くから」
シャーロットが答える。
「買い出しか」
「うん。少し」
男は棚から自分のコップを取る。
「じゃあ先にもらっとく」
「普段用?」
「いつもの」
もう完全に言い方が定着している。
リナが自然に受ける。
「はい、いつものですね」
シャーロットは奥で作る。
今日の分は少しだけ軽め。仕事前でも飲めるように。
クロエが言う。
「朝用に調整していますね」
「うん。帰りじゃないから」
「適切です」
カップに注ぐ。
男は飲む。
「……朝でもいいな」
短く言う。
「少し軽い」
「朝用だから」
「そんなのもあるのか」
「今できた」
シャーロットは普通に答える。
男は少し笑う。
「相変わらずだな」
代金を置いて出ていく。
リナが小さく呟く。
「朝用……」
クロエが言う。
「分類が増えました」
「増えちゃったね」
シャーロットは軽く笑う。
それからも午前中は、少しずつ人が来た。
午後に閉まると知って、先に寄る人。
マイコップを取りに来る人。
明日でもいいものを今日持ってきた人。
「午後閉まるなら、今のうちに」
そんな言葉が何度か聞こえた。
リナはそれに対応する。
ミアはカップを運ぶ。
クロエは全体を見ている。
そして、シャーロットは作る。
午前だけの営業でも、流れは崩れなかった。
やがて、昼が近づく。
最後の客を見送ったあと、シャーロットは入口の札を裏返した。
「……終わり」
リナが息を吐く。
「午前だけでも結構来たね」
「うん」
ミアは棚を見る。
「みんなちゃんと来た!」
クロエが言う。
「短縮営業の周知は機能しています」
「そういうことだね」
シャーロットは笑う。
片付けをする。
カップを洗い、棚を整え、残った薬草を確認する。
「町で買うもの、考えないとね」
リナが言う。
「服とか?」
ミアがすぐに言う。
「靴も!」
リナが困った顔をする。
「ミア、そんなに買わなくていいから」
「でもいるよ」
シャーロットが言う。
「歩くなら靴は大事」
クロエも続ける。
「足元の不備は行動効率を下げます」
「ほら!」
ミアが得意げに言う。
リナは小さく息を吐く。
「……分かった」
それで決まる。
シャーロットは代金箱を開ける。
材料費、生活費、返済用。
それぞれを分ける。
昨日から始めたばかりなのに、もう分ける動きは自然になっている。
「……これくらいなら大丈夫かな」
クロエが確認する。
「生活費を圧迫しない範囲です」
「うん」
リナが不安そうに見る。
「本当にいいの?」
「いいよ」
シャーロットは答える。
「二人のもの、ちゃんと必要だから」
ミアは嬉しそうに頷く。
リナは少しだけ目を伏せたあと、小さく言う。
「……ありがとう」
「うん」
それ以上は言わない。
町へ行く準備をする。
持っていくものは少ない。
代金、簡単な薬、念のための水。
クロエは最低限の荷物を確認する。
「問題ありません」
「じゃあ行こうか」
シャーロットが言う。
ミアがすぐに扉へ向かう。
「町!」
リナが慌てて追う。
「走らない」
「走ってない!」
「早い」
そのやり取りを見て、シャーロットは少し笑う。
クロエが隣に立つ。
「賑やかですね」
「うん」
シャーロットは頷く。
「悪くないね」
外に出る。
昼の光は明るく、道は乾いている。
白花の薬屋の扉を閉める。
今日の午後は休み。
でも、それは止まるためではない。
次に進むための休みだ。
四人は町へ向かって歩き出した。




