■第7章 第4節:広がる気配(上)
朝の空気は、少しだけ軽かった。
昨日までと同じ村のはずなのに、どこか違う。
白花の薬屋の前を通る人の数が、ほんの少し増えている。
シャーロットはカウンターの奥から外を見る。
「……増えてる?」
ぽつりと呟く。
クロエが横で答える。
「往来数が上昇しています」
「やっぱり」
理由は分からない。
だが、感覚としては間違っていない。
リナは入口に立っている。
昨日よりも、姿勢が自然だ。
「来るね」
小さく言う。
ミアは棚の前にいる。
「いっぱいある!」
並んだコップを見て嬉しそうだ。
名前の書かれた板と一緒に、整然と並んでいる。
昨日よりも確実に増えている。
「ちゃんと戻すんだね」
シャーロットが言う。
「うん」
ミアが頷く。
「みんな置いてく」
それがもう当たり前になっている。
クロエが言う。
「定着しています」
「早いね」
「利便性が高いためです」
それだけ。
しばらくすると、扉が開く。
「おはようございます」
リナが声をかける。
入ってきたのは、見慣れない顔だった。
「……ここ、噂の」
少しだけ戸惑った様子。
シャーロットは首を傾げる。
「噂?」
男は軽く頷く。
「苦くない薬があるって」
リナが一瞬だけシャーロットを見る。
シャーロットは軽く頷く。
「あるよ」
男は少し安心したように息を吐く。
「助かる」
短い言葉。
だが、そのまま続く。
「子供が飲まなくてな」
昨日と同じような理由。
だが、今度は最初からそれを求めて来ている。
リナが対応する。
「味付きですね」
自然に言葉が出る。
「そう、それ」
男はすぐに頷く。
シャーロットは奥に入る。
(……もう決まってる)
甘い方か、さっぱりか。
子供なら甘い方。
迷わない。
クロエが言う。
「判断が早くなっています」
「選ぶ必要がないからね」
作る。
昨日よりも迷いがない。
だが――
(少し違う)
やはり完全には揃わない。
クロエが言う。
「再現性は依然として低いです」
「うん」
「しかし問題は顕在化していません」
「ならいいよ」
今は。
カップに入れて戻る。
「はい」
リナが渡す。
男はその場で飲む。
「……ああ、これだ」
一口で分かる。
「飲める」
それだけで十分だった。
「これなら続けられる」
その言葉が残る。
代金を置いて出ていく。
扉が閉まる。
リナが小さく言う。
「……噂、広がってるね」
「そうみたい」
シャーロットが答える。
クロエが言う。
「拡散が始まっています」
「拡散って」
「情報伝達です」
「なるほど」
シャーロットは軽く笑う。
そのとき、また別の客が入る。
今度は二人。
「ここで合ってる?」
「たぶん」
迷いながら入ってくる。
リナが対応する。
「いらっしゃいませ」
自然に出る。
二人は少し安心したように顔を見合わせる。
「苦くない薬、あるって聞いて」
「あります」
即答。
もう迷わない。
「あと、疲れが抜けるやつも」
「あります」
これも即答。
シャーロットは奥で作る。
今度は二種類。
甘いものと、軽い回復。
同時に。
クロエが言う。
「同時調合の精度が向上しています」
「慣れてきたからかな」
「可能性はあります」
シャーロットは気にせず作る。
渡す。
二人はそれぞれ飲む。
「……すごい」
「軽い」
ほぼ同時に声が出る。
そのまま少しだけ笑う。
「これ、いいね」
「うん」
短い会話。
だが、それで十分。
代金を置いて出ていく。
その背中を見て、ミアが言う。
「知らない人だね」
「うん」
シャーロットが答える。
「でも来た」
クロエが言う。
「外部からの流入です」
「外部って」
「村外です」
「へぇ」
少しだけ広がっている。
まだ大きくはない。
だが、確実に。
リナが言う。
「……増えそう」
「増えるね」
シャーロットも頷く。
そのとき、常連の木こりが入ってくる。
「お、今日は人多いな」
軽く言う。
「少しね」
シャーロットが答える。
男は棚を見る。
自分のコップを取る。
「これ、いいな」
ぽつりと呟く。
「持ってくる手間がない」
「そうでしょ」
ミアが嬉しそうに言う。
「便利!」
男は頷く。
「これ、他にも言っといた」
その一言。
リナが反応する。
「……言ったの?」
「ああ」
男は軽く笑う。
「いいもんは広めるだろ」
それだけ。
だが、それで十分だった。
クロエが小さく言う。
「口コミによる拡散です」
シャーロットは軽く笑う。
「なるほど」
理解はしていない。
だが、意味は分かる。
人が人を呼ぶ。
その流れができている。
店の中は、昨日よりも少しだけ賑やかだ。
だが、慌ただしくはない。
回っている。
それぞれが動いている。
リナが前。
ミアが中。
クロエが横。
シャーロットが奥。
その形が崩れない。
シャーロットはカウンターに手を置く。
(……広がってる)
感覚で分かる。
クロエが言う。
「拡張段階に入っています」
「そうなんだ」
シャーロットは軽く頷く。
外を見る。
見慣れない人が、少しだけ増えている。
白花の薬屋は、
静かに、
だが確実に、
村の外へと広がり始めていた。




