表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/96

■第6章 第1節:帰る(中)

道はゆるやかに続いていた。昨日来たときと同じはずなのに、足取りはまったく違う。来るときは“探す”ための歩き方だった。今は“戻る”ための歩き方だ。急ぐわけでもなく、止まるわけでもなく、ただ一定の速度で進んでいく。


シャーロットはミアを抱えたまま、腕の中の重さを確かめる。軽い。軽すぎるくらいだ。だが、その軽さは不安定ではない。呼吸は安定している。揺れにも耐えられている。腕にかかる重さは一定で、途中で崩れる気配はない。


「……大丈夫」


小さく呟く。


クロエが横で確認する。


「呼吸、安定。体温、微減。問題ありません」


「うん」


シャーロットは頷く。


リナは少し後ろを歩いている。距離は離れていないが、前にも出てこない。ミアの様子を見ながら、一定の距離を保っている。その歩き方は慎重で、無駄がない。


しばらく無言で進む。


風の音と、足音だけが続く。


途中で、シャーロットは一度立ち止まった。


「……少し休もう」


クロエがすぐに周囲を確認する。


「安全です」


シャーロットは近くの平らな場所を選び、ゆっくりと腰を下ろす。ミアを腕から膝へと移し、揺れを最小限に抑える。


「……リナも座って」


リナは少しだけ迷ってから、少し離れた場所に座る。


「……大丈夫」


と言いながらも、呼吸は少しだけ荒い。


シャーロットはそれを見て、少しだけ表情を緩める。


「大丈夫じゃなくてもいいよ」


リナは何も言わない。


ただ、視線をミアに戻す。


シャーロットは水を取り出す。


「少しだけ」


ミアの口元に運ぶ。


ほんの少し。


喉が動くのを確認して、止める。


「……いいね」


クロエが小さく言う。


「反応、良好です」


シャーロットは頷く。


リナにも水を差し出す。


「飲んで」


リナは一瞬だけ躊躇う。


「……あとで」


「今」


シャーロットは短く言う。


リナはシャーロットを見る。


少しだけ迷ってから、水を受け取る。


ゆっくりと飲む。


少量だけ。


「……それでいい」


シャーロットは言う。


リナは小さく頷く。


そのやり取りだけで、少しだけ空気が緩む。


しばらく休む。


時間にして数分。


長くは取らない。


ミアの状態を見ながら、動ける範囲で。


「……行こう」


シャーロットが言うと、リナはすぐに立ち上がる。


クロエも動く。


再び歩き出す。


道は少しだけ上りになる。


シャーロットはペースを落とす。


無理はしない。


リナもそれに合わせる。


「……遠い?」


リナがぽつりと聞く。


「もう半分くらい」


シャーロットが答える。


リナは少しだけ息を吐く。


「……うん」


それ以上は言わない。


でも、距離の感覚は掴めたらしい。


再び無言。


だが、さっきより重くない。


歩くことに集中している。


しばらくして、ミアがわずかに動く。


腕の中で、ほんの少しだけ体が揺れる。


シャーロットはすぐに視線を落とす。


「……ミア?」


小さく声をかける。


ミアの目が、わずかに開く。


完全ではない。


でも、確かに開いた。


「……」


声は出ない。


ただ、視線が揺れる。


シャーロットを見る。


リナを見る。


空を見る。


その動きは遅いが、はっきりしている。


「……起きた」


リナが小さく言う。


声が少しだけ震えている。


「うん」


シャーロットは頷く。


「大丈夫。揺らさないから」


ミアは何も言わない。


ただ、少しだけ呼吸が変わる。


シャーロットは歩みをさらに緩める。


「……少し休む?」


クロエが聞く。


シャーロットは首を振る。


「このままゆっくり行く」


止まるより、一定の揺れで進む方がいい。


ミアの反応を見ながら、ペースを調整する。


リナはミアの顔をずっと見ている。


「……大丈夫?」


小さく声をかける。


ミアはゆっくりと目を閉じる。


それが答えだった。


シャーロットはそのまま歩く。


一歩ずつ。


確実に。


時間はかかる。


でも、崩れない。


それが一番大事だ。


しばらくして、見慣れた景色が少しずつ現れる。


道の形。


木の配置。


地面の色。


「……近いね」


シャーロットが言う。


クロエが頷く。


「はい。残り距離、少量」


リナは周囲を見る。


初めての場所。


でも、少し安心したような顔をする。


「……ここ?」


「うん、もう少し」


シャーロットは答える。


リナは頷く。


歩く足が、少しだけ軽くなる。


それでも無理はしない。


シャーロットは最後までペースを崩さない。


焦らない。


急がない。


ただ、進む。


やがて、小さな建物が見える。


白い壁。


目立つわけではない。


でも、確かにそこにある。


「……あれ」


シャーロットが言う。


リナが視線を向ける。


「……あれが?」


「白花の薬屋」


リナは少しだけ目を見開く。


「……小さい」


「うん」


シャーロットは少し笑う。


「小さいよ」


それでいい。


大きくはない。


でも、戻る場所だ。


クロエが一歩前に出る。


「到着まで、問題なし」


シャーロットは頷く。


「うん」


最後の数歩。


ゆっくりと進む。


ミアの呼吸は安定している。


リナの足取りも崩れていない。


全員が繋がっている。


シャーロットは扉の前に立つ。


一度だけ息を整える。


ここからが次だ。


ただ帰るだけじゃない。


新しく始まる場所。


シャーロットは扉に手をかける。


「……帰ってきた」


小さく呟く。


その言葉は、少しだけ重くて、でも確かだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ