■第6章 第1節:帰る(中)
道はゆるやかに続いていた。昨日来たときと同じはずなのに、足取りはまったく違う。来るときは“探す”ための歩き方だった。今は“戻る”ための歩き方だ。急ぐわけでもなく、止まるわけでもなく、ただ一定の速度で進んでいく。
シャーロットはミアを抱えたまま、腕の中の重さを確かめる。軽い。軽すぎるくらいだ。だが、その軽さは不安定ではない。呼吸は安定している。揺れにも耐えられている。腕にかかる重さは一定で、途中で崩れる気配はない。
「……大丈夫」
小さく呟く。
クロエが横で確認する。
「呼吸、安定。体温、微減。問題ありません」
「うん」
シャーロットは頷く。
リナは少し後ろを歩いている。距離は離れていないが、前にも出てこない。ミアの様子を見ながら、一定の距離を保っている。その歩き方は慎重で、無駄がない。
しばらく無言で進む。
風の音と、足音だけが続く。
途中で、シャーロットは一度立ち止まった。
「……少し休もう」
クロエがすぐに周囲を確認する。
「安全です」
シャーロットは近くの平らな場所を選び、ゆっくりと腰を下ろす。ミアを腕から膝へと移し、揺れを最小限に抑える。
「……リナも座って」
リナは少しだけ迷ってから、少し離れた場所に座る。
「……大丈夫」
と言いながらも、呼吸は少しだけ荒い。
シャーロットはそれを見て、少しだけ表情を緩める。
「大丈夫じゃなくてもいいよ」
リナは何も言わない。
ただ、視線をミアに戻す。
シャーロットは水を取り出す。
「少しだけ」
ミアの口元に運ぶ。
ほんの少し。
喉が動くのを確認して、止める。
「……いいね」
クロエが小さく言う。
「反応、良好です」
シャーロットは頷く。
リナにも水を差し出す。
「飲んで」
リナは一瞬だけ躊躇う。
「……あとで」
「今」
シャーロットは短く言う。
リナはシャーロットを見る。
少しだけ迷ってから、水を受け取る。
ゆっくりと飲む。
少量だけ。
「……それでいい」
シャーロットは言う。
リナは小さく頷く。
そのやり取りだけで、少しだけ空気が緩む。
しばらく休む。
時間にして数分。
長くは取らない。
ミアの状態を見ながら、動ける範囲で。
「……行こう」
シャーロットが言うと、リナはすぐに立ち上がる。
クロエも動く。
再び歩き出す。
道は少しだけ上りになる。
シャーロットはペースを落とす。
無理はしない。
リナもそれに合わせる。
「……遠い?」
リナがぽつりと聞く。
「もう半分くらい」
シャーロットが答える。
リナは少しだけ息を吐く。
「……うん」
それ以上は言わない。
でも、距離の感覚は掴めたらしい。
再び無言。
だが、さっきより重くない。
歩くことに集中している。
しばらくして、ミアがわずかに動く。
腕の中で、ほんの少しだけ体が揺れる。
シャーロットはすぐに視線を落とす。
「……ミア?」
小さく声をかける。
ミアの目が、わずかに開く。
完全ではない。
でも、確かに開いた。
「……」
声は出ない。
ただ、視線が揺れる。
シャーロットを見る。
リナを見る。
空を見る。
その動きは遅いが、はっきりしている。
「……起きた」
リナが小さく言う。
声が少しだけ震えている。
「うん」
シャーロットは頷く。
「大丈夫。揺らさないから」
ミアは何も言わない。
ただ、少しだけ呼吸が変わる。
シャーロットは歩みをさらに緩める。
「……少し休む?」
クロエが聞く。
シャーロットは首を振る。
「このままゆっくり行く」
止まるより、一定の揺れで進む方がいい。
ミアの反応を見ながら、ペースを調整する。
リナはミアの顔をずっと見ている。
「……大丈夫?」
小さく声をかける。
ミアはゆっくりと目を閉じる。
それが答えだった。
シャーロットはそのまま歩く。
一歩ずつ。
確実に。
時間はかかる。
でも、崩れない。
それが一番大事だ。
しばらくして、見慣れた景色が少しずつ現れる。
道の形。
木の配置。
地面の色。
「……近いね」
シャーロットが言う。
クロエが頷く。
「はい。残り距離、少量」
リナは周囲を見る。
初めての場所。
でも、少し安心したような顔をする。
「……ここ?」
「うん、もう少し」
シャーロットは答える。
リナは頷く。
歩く足が、少しだけ軽くなる。
それでも無理はしない。
シャーロットは最後までペースを崩さない。
焦らない。
急がない。
ただ、進む。
やがて、小さな建物が見える。
白い壁。
目立つわけではない。
でも、確かにそこにある。
「……あれ」
シャーロットが言う。
リナが視線を向ける。
「……あれが?」
「白花の薬屋」
リナは少しだけ目を見開く。
「……小さい」
「うん」
シャーロットは少し笑う。
「小さいよ」
それでいい。
大きくはない。
でも、戻る場所だ。
クロエが一歩前に出る。
「到着まで、問題なし」
シャーロットは頷く。
「うん」
最後の数歩。
ゆっくりと進む。
ミアの呼吸は安定している。
リナの足取りも崩れていない。
全員が繋がっている。
シャーロットは扉の前に立つ。
一度だけ息を整える。
ここからが次だ。
ただ帰るだけじゃない。
新しく始まる場所。
シャーロットは扉に手をかける。
「……帰ってきた」
小さく呟く。
その言葉は、少しだけ重くて、でも確かだった。




