■第4章 第2節:買い物へ(中)
町の入口は、思っていたよりもあっさりしていた。門のようなものはあるが、厳重なものではなく、通ることを止めるためのものではない。形としてあるだけ、といった印象だった。左右に低い建物が並び、その間を通るように道が続いている。
シャーロットは少し足を緩めながら周囲を見る。「……思ってたより普通だね」ぽつりと呟く。
クロエが答える。「中規模の町です」
「中規模、か」
王都の感覚からすれば小さい。だが、村と比べれば明らかに違う。人の数、建物の密度、音の種類。どれも少しずつ多い。
人が行き交っている。荷物を運ぶ者、店の前で話をしている者、通りを歩くだけの者。どれも特別ではないが、その“普通”がこの場所の特徴だった。
「……ちょっと安心したかも」
シャーロットはそう言う。
「理由は」
「なんか、入りにくい感じじゃないから」
大きな街だと、どこか構えてしまう。ここは違う。自然に入っていける空気がある。
クロエは短く頷く。「排他性は低いです」
「そういう言い方するんだね」
シャーロットは少しだけ笑う。
通りを進む。道は村よりも整っている。石が敷かれている場所もあり、足元は安定している。両側には店が並び、それぞれに看板が出ている。
食料品、布、道具、雑貨。
見ているだけでも種類が多い。
(やっぱり違うな)
シャーロットはそう思う。
村にはなかったものが、ここにはある。
それだけで来た意味はあった。
「……とりあえず、道具だよね」
シャーロットが言う。
クロエが答える。「優先度は高いです」
「火と容器」
「はい」
目的ははっきりしている。
余計なものを見る必要はない。
そう思ってはいるが――
視線はどうしても動く。
見慣れないものが並んでいるからだ。
小さな金属の器具、形の違う容器、見たことのない加工がされた道具。
「……ちょっと見ていい?」
シャーロットが聞く。
「問題ありません」
クロエは特に制止しない。
シャーロットは一つの店の前で足を止める。木製の棚に様々な器具が並んでいる。鍋のようなもの、小さな瓶、金属製の道具。
「……これ、使えそう」
小さな金属の容器を手に取る。軽くて、熱にも強そうだ。
店の奥から男が出てくる。「見るだけか?」
少し低い声だった。
シャーロットは軽く頭を下げる。「はい、ちょっと道具を探してて」
男は特に気にした様子もなく言う。「壊さなきゃ好きに見ろ」
それだけだった。
(思ったより普通だな)
シャーロットはそう思う。
警戒されるかと思っていたが、そんなことはない。
容器を戻し、別のものを見る。
ガラスの瓶。
口の広いもの、細いもの。
蓋のあるもの。
「……これ、いいかも」
手に取る。
透明で、中の状態が見やすい。
クロエが言う。「管理しやすいです」
「だよね」
ただ――
シャーロットは少し考える。
「割れやすそう」
「その通りです」
メリットとデメリットがはっきりしている。
「うーん」
一度戻す。
次に目に入ったのは、少し厚みのある陶器の容器だった。重さはあるが、安定している。
「……これもありかも」
手に取る。
「耐久性は高いです」
クロエが言う。
「だよね。でも重いな」
運ぶことも考えなければならない。
一つ一つは小さいが、数が増えれば負担になる。
「……全部いいわけじゃないね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。「用途に応じて選ぶ必要があります」
「うん」
シャーロットは軽く頷く。
なんとなくで選ぶわけにはいかない。
使い方を考えた上で決める必要がある。
一度店を離れる。
すぐに買うのではなく、全体を見てから決める。
「他も見てみよ」
「はい」
通りを進む。
別の店。
さらに別の店。
似たようなものでも、微妙に違う。
形、重さ、材質、値段。
「……結構違うね」
シャーロットが言う。
「品質差があります」
クロエが答える。
「見た目じゃ分かりにくいけど」
「使用すると差が出ます」
「だよね」
シャーロットは少し考える。
安いものを買うか。
少し高くても良いものを買うか。
「……迷うね」
「基準を決めるべきです」
クロエの言葉は簡潔だった。
「基準、か」
シャーロットは立ち止まる。
考える。
何を優先するか。
「……壊れにくいの優先かな」
そう言う。
「安くてもすぐダメになると意味ないし」
「妥当です」
クロエは頷く。
「あと、扱いやすさ」
「はい」
重すぎず、軽すぎず。
安定していて、扱いやすい。
「それで選ぼう」
シャーロットは決める。
基準が決まると、見方が変わる。
ただ見るのではなく、選ぶために見る。
それだけで、判断が早くなる。
再び店を回る。
さっき見た容器をもう一度確認する。
金属、ガラス、陶器。
それぞれの特徴を思い出しながら比較する。
「……これと、これかな」
シャーロットは二つを選ぶ。
金属の小型容器と、厚めの陶器の容器。
「用途を分ける感じで」
クロエが言う。「合理的です」
「全部一つにしなくていいよね」
「はい」
シャーロットは軽く頷く。
一つで全部を解決する必要はない。
役割を分ければいい。
それで安定するなら、その方がいい。
次に見るのは火の道具だ。
少し奥の店に入る。
ここは少し雰囲気が違う。金属音が響き、熱気がある。
「……ここかな」
シャーロットが言う。
クロエが周囲を見る。「該当します」
店の中には、様々な器具が並んでいる。小さな炉のようなもの、火を調整するための道具、金属の台。
「……これ、使えそう」
シャーロットは一つの小型の火器具を見る。
調整ができそうな構造だ。
男が近づいてくる。「それか?」
「これ、火の強さ変えられます?」
「変えられる」
短い返事だった。
「安定します?」
「使い方次第だ」
その言い方は正直だった。
シャーロットは軽く頷く。
「……悪くないかも」
クロエが言う。「現状より改善されます」
「だよね」
今より良くなるなら、それで十分だ。
完璧は求めない。
まずは一段上。
それでいい。
シャーロットは一度全体を見渡す。
容器、火の道具。
必要なものは見えてきた。
「……これでいこうか」
小さく呟く。
クロエは頷く。「問題ありません」
まだ買ってはいない。
だが、選択はできている。
あとは決めるだけ。
白花の薬屋を整えるための道具。
その形が、少しずつ見えてきていた。




