■第10章 第2節:調査と判定
呼び出しから三日後。再び同じ部屋に通された。前回よりも空気は重い。廊下で待つ間、三人はほとんど言葉を交わさなかった。レオンは壁に寄りかかり、足先で床を叩いている。セリスはポーチの紐を何度も触り、ガルドは腕を組んだまま目を閉じていた。
「……入れ」
短い声。扉が開く。
中は変わらない。だが机の上の書類は増えていた。管理官の隣に、もう一人。記録係らしき職員が座っている。
「座りなさい」
三人は席に着く。椅子が軋む音だけが響く。
管理官は書類を一枚手に取る。
「前回の指示通り、記録を提出してもらいました」
机に軽く置く。
「戦闘経過、ポーション使用数、負傷箇所の記録」
視線が三人に向く。
「確認しました」
レオンが先に口を開く。
「で?」
短く、棘のある声。
管理官は感情を乗せない。
「結論から言います。現状のパーティー運用は不適切です」
言い切る。
セリスの指が止まる。
ガルドが低く聞く。
「どこがだ」
管理官は別の紙をめくる。
「戦闘開始から三分以内のポーション使用が平均四本。通常値の二倍以上」
淡々と読む。
「被弾回数は過去平均の1.7倍。回復タイミングは平均で0.8秒遅延」
数字が並ぶ。
「……細かすぎねぇか」
レオンが吐き捨てる。
「誤差だろ」
「誤差ではありません」
即答。
「遅延が積み重なり、被弾増加に繋がっています」
次の紙。
「連携指示の不一致。前衛の押し引き判断と後衛の詠唱タイミングが一致していません」
ガルドが眉をひそめる。
「合わせてる」
「一致していません」
重ねるように否定。
「記録上、指示と行動に最大で1.2秒の乖離が確認されています」
「そんなもん――」
レオンが言いかけて止まる。
「戦闘では致命的です」
静かな声。
セリスが小さく言う。
「……魔物の動きが速かった」
管理官は視線を向ける。
「対象個体の平均速度は基準内です」
一枚の紙を示す。
「速度変動は±5%以内。外的要因ではありません」
セリスの言葉が途切れる。
ガルドが口を開く。
「森の配置が悪かった」
「配置は前回と同一ルートです」
間髪入れずに返す。
「環境要因では説明できません」
レオンが舌打ちする。
「じゃあ全部俺らのせいかよ」
「現状ではそう判断します」
あっさりとした返答。
空気が冷える。
ガルドが低く言う。
「……調整中だと言ったはずだ」
「調整の結果が出ていません」
管理官は書類を閉じる。
「むしろ悪化しています」
その一言で、部屋が静まる。
レオンが机を軽く叩く。
「たまたまだろ」
「三日間の追加記録でも同様の傾向です」
記録係が横から紙を差し出す。
「改善は確認できません」
逃げ道がない。
セリスが視線を落とす。
ガルドは目を細める。
レオンは言葉を探すが、出てこない。
管理官が続ける。
「原因についての仮説はありますか」
問いかけ。
沈黙。
レオンが言う。
「連携が噛み合ってねぇ」
「理由は」
「……慣れてねぇだけだ」
管理官は小さく首を振る。
「“慣れ”で説明できる範囲を超えています」
ガルドが言う。
「一時的なものだ」
「一時的ではありません」
同じ言葉で切り返す。
セリスが小さく呟く。
「……回復のタイミングが、見えない」
自分でも驚くくらい、はっきりした声だった。
二人が一瞬だけセリスを見る。
管理官がその言葉を拾う。
「具体的に」
セリスは少し迷う。
「……前は、もう少し早くて……」
そこで止まる。
「誰が?」
管理官が問う。
セリスは口を閉じる。
答えは浮かんでいる。だが、言葉にしない。
レオンが横から言う。
「関係ねぇだろ」
遮るように。
「今の話だ」
管理官は数秒だけ三人を見た後、書類をまとめる。
「原因の特定は後回しにします」
淡々と。
「結果は出ています」
机の上に手を置く。
「依頼達成率の低下、資材消費の増加、負傷率の上昇」
一つずつ区切る。
「この状態での上位依頼継続は、ギルドとして許可できません」
言い切る。
レオンが歯を食いしばる。
「……だったらどうしろってんだ」
管理官は答える。
「運用の見直し、またはパーティー構成の再検討」
その言葉に、わずかな間が生まれる。
構成の再検討。
ガルドの視線が一瞬だけ揺れる。
だが、すぐに戻る。
「必要ねぇ」
低く言う。
「立て直す」
管理官は何も言わない。
ただ一言だけ。
「次の判断は、こちらで行います」
それで終わり。
会話は打ち切られる。
三人は席を立つ。
誰も何も言わないまま、部屋を出る。
廊下に出た瞬間、レオンが吐き捨てる。
「気にしすぎだろ」
「数字で全部決めやがって」
ガルドは答えない。
セリスも何も言わない。
だが、頭の中には残っている。
0.8秒の遅れ。
1.2秒の乖離。
小さな数字。
けれど、それが積み重なっている。
(……たまたまじゃない)
そう思う。
だが――
誰も、それを口にしない。
三人はそのまま歩き出す。
結論は出ている。
なのに、まだ認めていない。




