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禁域の魔女と

 セルトゥーユ王国、王城の一間にて――――折り畳まれたセンスが椅子を突く音が響く。



「この舞踏会にお前を招いた記憶はないのだけれども。誰の許しを得てここにいるのかしら?」


「招かれていないからこそ、こちらから門戸を叩いたまでのこと。我ら隣国同士、偶には交流をとな!」



 そう豪快に言い放った男は、セルトゥーユ王国の隣国――――バリス公国を納め覇王と呼ばれる男、ガリオレ・A・バリスだ。

 常着している大剣を持ってして、一振りで山をも両断すると伝わる豪傑である。


 当然、そのような怪物に対して、座したままお前と呼ぶ女も只者ではない。

 

 白い髪と肌、それに反発するような黒のティアラとドレス――――鮮血をなじませたような瞳とルージュが、彼女の代名詞。

 腕を振るえば無限の氷原を築き、吐息と共にそれを焦土に変える爆炎を放つと恐れられ、いつしかついた名は禁域の魔女。


 彼女こそは、セルトゥーユ王国過去唯一の王であり、絶対の支配者、ソフィア・セルトゥーユである。



「ここがお前の国ならば、それも成り立ちはしたでしょう――――しかし、そこから一歩出たならばお前はただの男。敬うか、歩かせるか地を這わせるかすら、決めるのは私よ」


「そう邪険にするな! 我らまずは百年の安泰をと誓い合った仲。今日こそは――――」



 言いながらソフィアの側へと、中央舞台の階段を登り始めるガリオレ――――その足を止めたのは、一見ただ通りすがったような足取りで、二人の間に立ったメイドであった。



「ガリオレ国王陛下――――恐れながら、女王陛下は貴殿の接近をお許しになっておられません」


「…………我の道を遮るとは。お前、名は?」


(わたくし )は女王陛下専属のメイド、フィーナと申します」



 フィーナはロングスカートを掴み、静かに礼をする。


 限りなく黒に近い茶髪を三つ編みにして肩から垂らし、限りなく表情が薄く、クマのついた目にはメガネと、王城の煌びやかさとは対極的な存在であるフィーナに、会場の皆の視線は一斉に注がれた。

 

 覇王と禁域の魔女――――その合間に立ち入りたい生き物など、竜種を引き連れたとしても一存在するかどうか。


 命あるものならば、皆が絶命を悟るであろう一線に立つフィーナはと言えば、家名すら持たない庶民の娘だ。

 地位で止めるか、武力で止めるか。

 そのどちらも望み薄だと、当然誰もが考えた。



「フィーナか! 先ず、その気概は買おうか。だが退け――――そこは、我が覇道だ!」



 言い、ガリオレは背の大剣に手をかけた。

 

 場に緊張が走った――――抜くつもりである。

 戦場でも敵地ですらないこの地にて、読んで字が如く伝家の宝刀を。



(わたくし )に退けと命じられるのは、女王陛下ただ一人でございます」



 フィーナはゆっくりと左手を顔の前に運ぶと、小さく人差し指の関節を鳴らした。

 すると、その手の周りに微風が集う。


 瞬間、先に駆け出したのはガリオレだ。

 フィーナは静止、あくまで撃墜を狙う様子である。


 二人の距離は瞬く間に縮まり、その射程が重なり合おうと言うまさにその時――――放たれたのは必殺の一太刀でも、ましてや爆風でも無く。


 ただ向けられた意を形にしたような、停止の権化。


 まさに王権と呼ぶに相応しい、氷解であった。



「お前、私の城に無断で立ち入るは許そう。私の言葉に逆らうも許そう」


「これが…………! かの伝説に謳われる王権か! 成程動けん…………ッ!」



 腰より下が完全に氷に飲まれたガリオレが、冷や汗を流しながらも笑う。



「――――しかし、そのメイドに刃を向けたことは万死に値する」



 言いながら、ソフィアは王座から立ち上がる。

 ゆっくりと歩き出し、階段を下り、その途中に立つフィーナの元へと。

 深々と下げられた頭に、数秒前放った言葉の冷たさが嘘かのように優しく手を添える。



「あぁ、私のフィーナ。怪我はない?」


(わたくし )は無傷でございます。陛下のお手を煩わせてしまったこと、深くお詫び申し上げます」


「謝らないで。あなたが無事ならば、それ以上の喜びはないのだから」



 どこか温もりすら感じる声色で言ったソフィアが、フィーナを撫でる手はそのままに視線だけをガリオレに向ける。



「他国の王を敬うためのギロチンは持ち合わせていないの。普段使いのもので良いわね?」



 ガリオレと、会場に集っているセルトゥーユの貴族すらも戦慄する。

 あの女王は、一国の王を処刑するつもりだと。


 通常ならば、脅しでもそうそう使わない言葉。

 しかしそれを、この女王ならばやってのけてしまう。


 ただそれだけのことを、この世界では誰もが心得ている。



「恐れながら陛下、それには賛同いたしかねます。ここは一つ、寛容さをお示しになる時かと」


「…………フィーナ、あなたはあの男を許すの?」


(わたくし )の心は、陛下への忠誠のみで突き動かされるもの。(わたくし )個人の怒りなど、僅かばかりすら紛れてはおりません」



 それを聞いたソフィアは、呆れたように息を漏らす。

 それから少し考えた後に、視線で近衛騎士を呼ぶ。



「最低限拘束できるだけの氷を残して、あとは削りなさい。体は…………街壁の外に、これの家臣もろとも捨てなさい」


「他国の王を、そのような扱い…………本当によろしいのですか…………」


「私に二度、同じことを言わせるの?」


「も、申し訳ござません! 直ちに!」



 至極真っ当な言葉をねじ伏せると、後はガリオレに対して一切の興味も示さず。

 フィーナの腰に手を回し、共に王座まで戻る。



「あなたは私の隣にいなさい」


「御意。全ては、陛下の御心のままに」



 満足げに、ソフィアは口角を上げる。

 ともすれば、真横で見ていても気づけぬ程度だが――――しかし、確かに。


 


 ♡♡♡




「今日はご苦労だったわね」



 寝室にてソフィアが言う。

 ロングナイトドレスに着替え、天蓋付きのベッドに腰掛けたその姿は、彼女を照らす月の女神すらも嫉妬するほどに美しい。



「ご厚情、心より嬉しく思います」


「ねえフィーナ、本当に傷はないの?」


(わたくし )が陛下に偽りなど、申し上げる筈もございません」


「そうよね…………でも私、あなたが心配なの」



 その言葉に真意を込め、しかし少し楽しそうにソフィアは言う。

 その意図を理解したフィーナは、メイド服のボタンを外す。

 エプロン、ドレスと次第に床へと重ねて行き、すぐに下着姿へとなると、静かにソフィアの元まで歩いた。



「御心ゆくまで、隅々までご確認くださいませ。陛下の所持品には、僅かな傷もございません」


「いい子ね」


 

 ソフィアは両手を広げ、フィーナを受け入れる。

 腕の中に収まったフィーナの髪を撫でると、少し香りをかいで微笑んだ。



「良い香りね。何をしたの?」


「以前、陛下より下賜していただきました薔薇の香油を、今も身に纏っております」


「そう、嬉しいわ」



 ソフィアの真っ白な肌に、僅かな赤が混じる。

 鼓動を感じるために、フィーナの背で重ねられた手は、優しく素肌を撫でた。



「私のフィーナ。誰にも触れさせはしないわ」



 放った言葉に禁域の魔女の恐ろしさはない。

 ただ愛おしい、思い人に向けられた女の言葉だ。

読んでくださりありがとうございます!

もし面白いと思ってくださった方は、レビューや感想、ブクマなどもらえると嬉しいです!



(更新状況とか)

@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)


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