帰れ
廊下は、さっきよりずっと静かだった。
さっきの部屋の余韻だけが、まだ足元に残っているみたいで。
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航は無意識に歩幅を小さくしていた。
(戻ったところで、どうすんだよ)
そんなことを考えた瞬間――
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「原田」
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低い声。
背筋が反射で伸びる。
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振り向くと、須藤がいた。
無駄のない立ち姿。いつも通りの無表情。
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「……なんすか」
少し遅れて、吐き捨てるみたいに声が出る。
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須藤は一瞬だけ視線を寄越して、すぐ外した。
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「お前」
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一拍。
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「今日は帰れ」
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「……は?」
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思わず出た声が、さっきより強くなる。
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「いや、まだ上がりじゃねぇっすけど」
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「いい」
被せるような声。
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いつも通り冷たいのに、どこかだけズレている。
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「今のお前がそこにいると、周りがやりづらい」
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航は眉をひそめる。
「……俺、別に普通ですけど」
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言った瞬間、自分でも引っかかる。
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「普通じゃない」
即答。
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航は言い返しかけて、やめる。
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須藤は小さく息を吐いた。
ため息っていうより、言葉を無理やり押し込んだみたいな音だった。
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「……目が」
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一度切る。
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「あいつと同じだ」
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航の呼吸が止まる。
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「……は?」
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須藤はそれ以上言わない。
言えない、の方が近い。
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「気にするな」
短く落とす。
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「今日は帰れ」
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命令口調。なのに押し切れてない。
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「それ、命令っすか」
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「命令だ」
即答。
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でも一瞬だけ、視線が揺れた。
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航はそれに気づく。
気づいたのに、わざと流す。
「……わかりましたよ」
少し遅れて、吐き捨てるように言う。
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「帰りゃいいんでしょ」
言い方が、明らかに雑だった。
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すれ違う瞬間。
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須藤が小さく付け足す。
「無理はするな」
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航の足が一瞬だけ止まりかける。
でも、止まらない。
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(……は?)
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振り返らないまま、喉の奥で笑うみたいに吐く。
「……っすわ」
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そのまま、返事になってない返事を落として歩き出した。




