休暇4
キッチン。
音が続く。
トントン、と。
包丁の音。
規則的。
静かな家に、それだけが響く。
「……広いな」
航はぼそっと言う。
「今さらだ」
後ろから声。
「いやさ」
野菜を切りながら続ける。
「広いのは分かってたけど」
一拍。
「生活音がなさすぎる」
陸は壁にもたれたまま、見ている。
「必要ないからな」
「それ便利だな」
「事実だ」
「全部それで片付けんな」
少し笑う。
フライパンに火を入れる。
ジュッ、と音。
一気に空気が変わる。
「……いいなこれ」
「何がだ」
「音」
一拍。
「生きてる感じする」
陸は何も言わない。
ただ少しだけ視線を動かす。
⸻
しばらくして。
皿を並べる。
二人分。
それだけで、やけに“ちゃんとしてる感”が出る。
「できた」
「そうか」
向かい合って座る。
少しだけ間。
「いただきます」
航が言う。
陸は軽く頷く。
食べる。
静か。
音はある。
でも会話はない。
「……どうだ」
航が聞く。
陸は少しだけ咀嚼してから言う。
「問題ない」
「その評価やめろ」
「事実だ」
「もっとこう、あるだろ」
「十分だ」
「雑だなほんと」
でも少し笑う。
(まぁ、食ってるしな)
⸻
少しして。
「なぁ」
「なんだ」
航は箸を止める。
「お前さ」
一拍。
「こういうの、前からやってたのか?」
陸は動きを止めない。
「何をだ」
「誰かと飯食うとか」
沈黙。
ほんの少しだけ長い。
「ない」
「……マジで?」
「必要なかった」
「またそれ」
航は苦笑する。
「じゃあ初か」
「そうなる」
「光栄だな」
「そうか」
反応が薄い。
でも——
否定はしない。
⸻
また少し食べる。
静か。
でもさっきと違う。
沈黙が“重くない”。
「なぁ」
「なんだ」
「昨日の話だけどさ」
一拍。
「サクラ」
陸は少しだけ顔を上げる。
「入ることになったけど」
「そうだな」
「実感、ねぇわ」
正直な言葉。
陸は少し考える。
「必要ない」
「それ言うと思った」
「いずれ来る」
「何が」
「実感だ」
短い。
でも、少しだけ違う言い方。
航は箸を動かす。
「……来るかねぇ」
「来る」
「断言すんな」
「経験だ」
「重いな」
少し笑う。
⸻
食べ終わる。
皿を見下ろす。
空。
「……普通にうまかったな」
小さく言う。
陸は立ち上がる。
皿を持つ。
「洗う」
「は?」
「分担だ」
「急に人間味出すな」
「合理的だ」
「便利ワード変えただけだろ」
でも航は笑う。
「じゃあ任せる」
シンクに水の音。
ジャー、と流れる。
その音を聞きながら、航はソファに倒れる。
天井を見る。
高い。
静か。
でも——
さっきまでとは違う。
「……なぁ」
少し大きめに言う。
「なんだ」
キッチンから返ってくる。
「これさ」
一拍。
「悪くねぇな」
水の音が少しだけ止まる。
ほんの一瞬。
「そうか」
それだけ。
でも、その一言で十分だった。
航は目を閉じる。
静かで。
広くて。
何もないはずの場所なのに——
少しだけ、“居場所”っぽくなっていた。




