家族が消えた日
家族は、もういない。
家の前に、パトカーが並んでいた。
でも、誰も説明しない。
サイレンも鳴っていない。
静かなのに、うるさい
家の中は、妙に整っていた。
荒れていない。
争った形跡もない。
ただ、そこに“いない”だけだった。
靴が並んでいる。
明かりもついている。
食卓だけは終わっていなかった
皿の上も、そのままだった。
でも、そのときの俺はまだ知らなかった。
これが“事件”じゃないことを。
これが“始まり”だってことを。
俺の名前は、三内光。17歳。
年齢=彼女いない歴。
どこにでもいる普通の高校生——
……と言いたいところだけど。
家族構成だけは、少しだけ普通じゃない。
父親が一人。兄が一人。
それと——弟と妹が数名。
弟と妹は、似てないとよく言われる。
兄とはそっくりらしいけど。
でも、うるさくて、面倒で。
でも、ちゃんと家族で。
だから、深く考えなかった。
——考えなくていいと思っていた。
「……光」
名前を呼ばれて、目が覚めた。
「起きろ。遅刻するぞ」
「……は?」
目を開けて、思考が止まる。
親父だった。
枕元の時計。六時。
(……早すぎだろ)
「……なんで起きてんの?」
普段の親父は、七時半まで寝てる。
「たまにはな」
短い返事。
それだけ言って、視線を外した。
——ほんの一瞬、迷ったような顔をした。
「約束、あるんだろ」
(あ)
「……やば」
一気に意識が浮上する。
リビングに降りる。
「お、起きたか。遅ぇよ」
兄貴——三内遥。
…静かだった。
いつもなら、誰かしら騒いでいるのに。
「親父が起こしてきたんだけど」
「……へぇ」
一瞬だけ、間。
(?)
「世界、終わるかもな」
「うるせぇ」
軽く笑う。
いつも通りの朝——のはずなのに。
「ほら、朝飯。冷める前に食え」
テーブルを見る。
皿が並んでいる。
一人分じゃない。
——全員分
(……なんで)
いつもはバラバラだ。
誰かしら寝坊して、あとから食う。
こんな風に揃うことなんて、ほとんどない。
「今日、遅くなるから」
「友達と約束してる」
「……そっか」
遥の視線が落ちる。
その先。
——空いている椅子。
誰も座っていないのに、皿だけが8枚
「……なあ」
言いかけて、やめる。
なんか——聞いちゃいけない気がした。
「…。光。」
息を呑む音がした
「あんま遅くなるなよ」
珍しく、真面目な声。
親父は何も言わない。
ただ、こっちを見ている。
「……光」
「ん?」
一拍。
「今日は、早く帰ってこい」
「なんだよ急に」
「……なんとなくだ」
——嘘だ。
理由がある言い方だった。
玄関で靴を履く。
なぜか、振り返る。
親父と遥が、並んで立っていた。
少しだけ距離が近い。
「行ってきます」
返事はなかった。
ドアを閉める。
その瞬間だけ、音が消えた。
放課後。
「今日の杉Tマジでやばくない?」
「それはそう!あ、僕、家着いたわ。じゃあね!光!」
「おー!またなー!」
どうでもいいことで笑って、時間が溶ける。
(っ、やべ!)
スマホを見る。
思ったより遅い。
(急ぐか!)
家に近づく。
(……ん?)
人だかり。
その奥に、パトカー。
「この家の人、連れてかれたらしいよ」
「急に来て、そのまま——って」
「いい人だったのにねぇ……」
——誰の話だよ。
音が遠くなる。
気づけば、玄関の前に立っていた。
ドアノブに触れる。
冷たい。
開ける。
「親父?」
返事はない。
「……遥?」
静かすぎる。
「みんな?」
靴がある。朝のまま。
テーブルの上。
皿が並んだまま。
手がつけられていない。
——全部、そのまま。
「……おい」
一歩、踏み出す。
廊下。
部屋のドアを、一つずつ開ける。
誰もいない。
次。
誰もいない。
次。
——いない。
最後の部屋。
ドアが半開き。
電気だけがついている。
「……誰かいんのか」
押し開ける。
空っぽだった。
(……なんで)
(なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで )
喉が乾く。
心臓の音だけがうるさい。
そのとき——
「——おい」
振り向く。
知らない男。
スーツ。無表情。
その後ろ。
玄関の外に、同じような男が二人。
逃げ道がない。
——勝てない。
本能が、そう告げていた。
「この家の人間か?」
「……そうだけど」
声が遅れる。
「そうか」
淡々とした声。
「父親は、こちらで預かっている」
「……は?」
意味が、入ってこない。
「現在、外部との接触は遮断されている」
「……冗談だろ」
「冗談を言う理由がない」
一拍。
「昨日は違ったが」
「いや怖ぇよ!」
わずかに、口元が動いた気がした。
「……他は?」
「他の家族は?」
沈黙。
「——確認できていない」
「……そんなわけねぇだろ」
一歩、後ずさる。
頭に浮かぶ。
朝の光景。
揃った皿。
空いていた椅子。
親父の言葉。
——知ってたのか。
「お前には選択肢がある」
「一つ。何も知らずに終わる」
「もう一つ」
一歩、近づく。
「こっちに来る」
「意味わかんねぇよ」
「だろうな」
距離が縮まる。
「父親が何をしていたか——知りたくないか」
(知りたくない)
でも。
「……会えるんだな」
「結果次第だ」
息を吐く。
「……逃げる気はねぇ」
——終わった。
目を覚ます。
拘束されている。
目の前に、あの男。
「警視庁捜査二課、原田陸だ」
机の上に、俺の情報。
「家族は消えた」
一拍。
「——お前だけが残った」
喉が動かない。
「選べ。ここで終わるか」
一歩、近づく。
「続けるか」
「……なんで、俺なんだよ」
空気が、わずかに張り詰める。
「向いてるからだ」
「拒否権はない。もう決まってる」
逃げ道が、完全に消える。
「今日からお前は、俺の管理下に入る」
一拍。
「形式上はー息子だ。」
「ようこそ」
一拍。
「“こちら側”へ」
その言葉で——
全部、終わった。
そして同時に、
俺は戻れない側に立った




